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第二章 蹉跌の涙と君の体温
第2話 不帰則スタートライン
しおりを挟む「……………森?」
そう、結界を通る前とほぼ同じ景色。木々の生い茂るそれは、明らかに、どう見たって森だ。
「おいこれって、結界通れたんだよな?」
「俺達は真っ直ぐ歩いたんだから、当然そのはずだが……。それに、さっきとは木々の配置も明らかに違う」
「あ、あんまり……魔人領……って感じじゃないね」
「魔瘴が漂ってる、とか王様言ってたわよね?」
「ああ。……もっと禍々しいのを予想してたが、……こりゃあどういうこった」
バチッ。
突然、背後から何かが破裂したような音が鳴った。
その音を聞き振り返ると、シメオンが背後の〈封魔結界〉に近付いていた。
「いって……」
彼は小声で右手の痛みを憂いている。
「……あ? ………シメオンお前、何やった?」
「待て待て待て」
シメオンが〈封魔結界〉に今度は左手で触れる。すると、バチバチッと電光が走るような様子を見せて、シメオンがそれから手を離した。
「………おい……これ、もしかして……」
「お前、何言って────」
バチッ。
ジークが〈封魔結界〉を通ろうとすると、先ほどと同じような音と共に黄金色の光が放たれた。
「……なんだと………まさか、そんな……馬鹿な話が…………」
ジークが歯切れ悪く呟く。
「おいおいおいおい嘘だろ。いやいや流石にな。そんなわけ」
オレは〈封魔結界〉に手を伸ばす。指先が金色の霧の一粒に触れたその瞬間に、バチッという激しい音と身体に電流が流れたような痛みが走る。手は水と油のように〈封魔結界〉に弾かれた。
「いってぇ!」
後遺症が残るほど強い電流ではないが、痛みを感じるレベルでは痛い。
なんだよ、これは。
なんなんだよ、おい。
「嘘、でしょ……?」
レティシアやセルカが触れても同様に〈封魔結界〉に弾かれる。
────戻れねぇ、……ってことかよ、なぁ。
セルカは膝から崩れ落ち、ジークは顔を片手で覆っている。
オレはもう一度〈封魔結界〉に手を伸ばし、今度は《王命》を使った。
「通させろよ、おい!!」
金色の光が辺りに迸り身体に痛みが走る。
それのみだ。
「ここを通せよ!!」
だが────
「オレらを通せ!!」
辺り構わぬ発せられた大きな声は、森の中に寂しく響くのみで、〈封魔結界〉には何も変化はなかった。
「────何が………」
オレは───
「何が、魔皇の首を持って来いだ……」
オレ達は────
「何が、記憶を戻してやるだ……」
何の為に────
「………何が、……勇者だよ……」
記憶を消されて、ここにいるんだ───
「……ハナから帰すつもりなんてねぇじゃねえか」
何故、オレらは─────
「………全部、嘘だったのかよ」
オレはとにかく、『一番』が好きだった。
記憶が無くても感覚で分かった。本能で分かった。
一番、それのみを身体が欲していた。魔皇を倒せと言われた時、至極どうでもいいと思った。なんで俺らがそんな事をしなきゃいけねぇ、そう思った。
魔皇退治の報酬の内容を聞かされても、ふーん、それがどうした、と心の底から思った。
だが、徒党を組んで、一番初めに魔皇を倒したやつにのみ報酬を与えると聞かされた時、心臓がドクンと高鳴った。
一番。
それだけがオレの心を満たしてくれる。それが分かった。それがオレの背中を押してくれた。記憶が失くなって空虚になったオレの心をただ埋めてくれた。
他の勇者を出し抜いて一番になるという目標。それが俺の生きがいだった。
だが……これは、なんだ……?
オレ達は人間領に帰れない。
つまり、魔皇を殺すことに本当の意味はない。
オレらは閉じ込められたんだ、魔人領に。
魔皇すらもこの結界を通ることは不可能なはずだ。
今から魔皇を殺しに行く……?
いや、それは違う。
殺してどうなる。その後は?
人間領には戻れない。報酬も貰えない。オレらを一番だと褒賞する人間もどこにもいない。倒してオレらに利点があるとは到底思えない。
振り向けば、この状況に絶望する仲間たちの姿があった。
それもそのはずだ。
宗主国アトルの国王の魔皇を倒せという勅令に黙って従い、オレのめちゃくちゃな作戦にものこのこ着いてきて、その結果がこれ。
人間領には帰れない。
自分の記憶が戻ることも無い。
魔人領は敵だらけ。
オレらの目的は不明瞭。
考えうる最悪の状況だ。こんなもの、想定していなかった。〈封魔結界〉は一方通行だったのだ。決して戻ることは許されない。
オレらが項垂れていると、ふいにガサッと背後から音がした。オレらはその音の方に反射的に顔を向けた。
「な、何……?」
「しっ……」
シメオンが口の前に人差し指を当てる。オレ達は息を殺して姿勢を低くし、音のした方を喰い入るように見詰めた。
獣……?
それとも風で草が靡いただけか……?
もしくは────
ヒュッッッッ。
何かが風を切り、オレの肩にブチ当たった。
そして────
「ぃッッでぇ!!」
激痛。
そんな軽い言葉では言い表すことすら出来ないような痛みが右肩に走った。
「フョードル……!?」
ジークが叫ぶ。
矢だ。オレの右肩に矢が刺さっている。どこから狙われた。探せ。探せ。
「フョードルくん……っ!」
セルカがオレの名を呼ぶ。
あれ、矢って抜いていいんだっけ……? なんかダメとかどっかで聞いたような、でも記憶が無いから定かではない。やべー、頭回んねぇ。何が正解だ。考えろ考えろ。考えろ。
────やるしか、ないか。
右肩に刺さったそれを左手で思いっきり抜き取る。
「ぐっ……ぁ…ッ!!」
血と肉、その他諸々を巻き込みながらも矢が引き抜かれる。
痛い痛い痛い。いやくそ痛てぇ!! 軽く死ねるわマジで!! クソ!!
「……ハァッ………!! ……セルカ、頼む…っ」
「う、うん!」
そう言って彼女はオレの身体に触れ、《純慈》を発動させる。柔らかい色の光と共に俺の肩が治癒されていく。
痛みは徐々に引いていき、血の巡りも良くなる。
すると、右前方の低木から人型の何かが奇声と共に飛び出してきた。
「ウギャアギャア!!」
「な、なんだこいつ!?」
シメオンが叫ぶ。その瞬間にジークが手を前に突き出して、光を掌に収斂し、放つ。あれはジークの神技、《黎明の光》だ。高熱を帯びた光の線がそのバケモノを貫通する。
断末魔と共に緑の肌をしたバケモノは、胴体にぽっかりと大きな穴を開けられたことで事切れた。小さい体躯に、その手には木の棍棒。顔は酷く醜い。人ではないのは明らかだ。
これが────
「魔物………」
レティシアが呟いた。そう、人間領では一切見ることのなかった存在だ。それとこんなにも早く遭遇するなんて。
「くくくっ………」
おもしれぇ。これだ、これこそオレの求めていたもの。オレは誰にも聞こえないような小さな声で笑い、その後、目配せした。
「お前ら、油断すんな。まだゴブリンは他にいる。弓持ったやつが木の上にいるだろ」
オレを狙いやがって。ぜってー許さねェ。
───あれ……?
今オレ、なんて言った? ゴブ、リン……?
そうだ。そう、こいつはゴブリンだ。なんで今まで分からなかったのだろうか。
「分かってる。俺がやる」
シメオンが矢の飛んできた方へ向かって歩を進めると同時に空気中に水の槍を形成する。
シメオンは〈水〉の勇者だ。
あいつは無から水を作り出し、水を自在に操る。正直クソつえぇ。シメオンが槍を飛ばすような動作をすると同時に水の槍がとてつもないスピードで飛んでいった。命中した木は鈍い音を立てながら、ひしゃげる。水なのにこのパワーとか、初見だと絶対にビビる。
「やったか?」
「まだだ。でも木からは引きづり落とした」
見ると粉々になった木の下にゴブリンが倒れていた。弓を手に持ち、地面にへたり込んでいる。
「ウギャアアァアアアギャア!!」
そいつは聞くに耐えないような高音を出している。
右腕は吹っ飛んでるが、まだ息はしていた。トドメは、刺さないと駄目だよな。
オレは10センチ大の石を拾い上げて《王命》を発動する。
「心臓を貫け」
オレが言霊を発したと同時に石がひとりでに動き、目にも見えないような速度で一直線にゴブリンの胸を貫通した。ゴブリンは心臓を潰されたあとも藻掻いて、しばらくしてから完全に絶命した。
「………二匹だけか?」
「そうみたい、だな」
仲間の顔を見回す。
皆、呼吸を荒くしている。今の現状をあまり冷静に判断出来てない状態にあるのは見て分かった。
相手は魔物。人ではない。
それでも、命を奪ったのは確かだ。相手は最期まで生きようとしていた。殺らなきゃ殺されていた。心にずしりと来る罪悪感。
しかし、それを上回る高揚感がオレの胸を高鳴らせた。
「ここを離れようぜ。この騒ぎで駆けつけられたら困る」
「了解」「わ、分かった……」
シメオンとセルカが返事を返し、ジークとレティは静かに頷いた。
オレは〈封魔結界〉を背にして、森の中へ進んで行った。まず、奴らの集落の場所を知りてぇな。それから飯───は〈神技〉でなんとかなるか。
やべぇ、なんだ、これ。流れ変わってきたじゃねーかオイ。人間領に帰れねぇとかもう、どうでもいい。記憶が戻らないのもどうでもいい。
オレ達はただ生きよう。生き延びてやろう。
他の勇者より一番長く生き延びてやるよ。
オレは矢が刺さっていた肩に触れる。セルカの《純慈》によって癒された肩の傷は完全に治っていた。
一歩、また一歩と森の中へと進み出す。
ここが、ここからが────
オレ達のスタートラインだ。
────────────────────────
〈支配〉の勇者
名前:フョードル・ディーレオン
年齢:18歳
【〈神技〉一覧】
《◢█》:█◢▟█◣◤█◢◤▖
《王命》:触れたものに絶対的な命令を下す能力。
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