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第二章 蹉跌の涙と君の体温
第1話 王命フォワード
しおりを挟む【これまでのあらすじ】
魔皇を討伐する為、女神によって召喚させられた25人の勇者たち。
しかし、その中には勇者を全滅させんとする魔皇の手先、ノウトがいた。
ノウトは苦悩の末、勇者の一人であるリアをその手にかける。だが、リアは一度命を落としたにもかかわらず立ち上がり、息を吹き返した。そう、彼女は不死の存在だったのだ。
不死身の勇者がいることで勇者の全滅が不可能だと感じたノウトは勇者を殺すのではなく、全員説得してみせると表明する。
そして、目覚めてから三日目の夜、それは起こった。
勇者の一人であるフェイが白亜の都フリュードを崩壊させたのだ。彼は『他の勇者全員の能力を使える』勇者だった。フェイ曰く、フリュードを崩壊させたのはノウトに負荷を与えることで、ノウトに宿る女神を顕現させるためだという。
ノウトの手によってフェイは討たれたが、今度はフェイが起こした災厄がノウトの仕業だと他の勇者に勘違いされてしまう。
弁明が不可能だと感じたノウトはリアを人質に取って、宵の空へと飛び去った。
その一方、ノウト達とは別行動を取っていたとあるパーティはというと────
◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣
山。
山だ。山。
山としか形容できない山。
ただひたすらに竜車を《王命》で動かしてオレらはそれを越えていた。
だがしかし、ずっと動かし続けたからであろう。竜車は耐久度がゼロに達して暴走。そして、谷底に落ちてぶっ壊れた。車輪とかその他もろもろがもうな、バラバラよバラバラ。
走竜も竜車騎手のユネーリオもニールヴルトの町に置いてきたしここにはいねぇ。もう正真正銘オレらだけ。
くそ。足痛てぇ。
どんだけ歩いてんだよ、オレら。もう見上げればずっと〈封魔結界〉は見えてんのに、どれだけ歩いてもそれに近づいてる気がしねぇ。
疲れたしキツい。
でも、弱音は吐かない。それがオレ。
何たってこのパーティのリーダーだからな。
絶対に弱音なんか吐かない。弱音とか生まれてこの方吐いたことねーわ。
弱音は吐かないけど、白い息は吐いてしまう。
標高は銀嶺の都ロークラントよりは低くはなってるが、依然寒いままだ。寒さはレティのおかげでなんとかなる。
でも、さすがに足腰はキツイな。ちょっとみんなに気ィ遣ってやるとするか。オレ、リーダーだしな。
「おう、お前らちょっと休憩すっか」
「さっき休んだばかりだろう」
「はぁ~? ジークお前、ちょっとは気遣えよ。女の子がパーティにいるんだぞ~。なぁ、セルカ、レティ。疲れただろ?」
「アタシは全然大丈夫だけど」
「わ、私も」
あちゃ~。参ったな。困ったぞ、おい。休めねぇな、オレこれ。休む口実消えちまったな、おい。弱音は吐けねぇからな、仕方ねぇな、これは。
よし、歩くか。
見渡す限りの岩、森、谷、木、草、石………地面?
いい加減ウンザリしてきたな、この光景も。早く魔人領に着いてこの普遍的な世界から脱出してぇ……。
「フョードル。水、飲むか?」
「おっサンキュー、シメオン」
そう言ってシメオンは空中に水の塊を創り出す。オレはそれにダイヴするように顔を近付けて、ごくりと水を飲んだ。
水は美味い。美味いんだけど、そうじゃない。水分補給したって足腰の痛みが治るわけじゃねぇ。水分補給してこの肺の痛みが抑えられるわけじゃねぇ。
オレらのパーティは完全無欠だ。攻守サポート全てに適した〈神技〉をみんなが持っている。
ただ、あれだな。オレ以外真面目すぎんな、これ。まぁ、そこが良い部分でもあるけどよ。みんな文句のひとつも言わずにオレに着いてきやがる。……文句は言ってたか。
オレ様のパーフェクトプランをあいつらに聞かした時とかはとにかく意味不明だ、おかしいのかと言われたが、結局はこうだ。他のパーティが馬鹿みたいに足並み揃えてる所でオレらはもう封魔結界前にもうついてる。
他の勇者を出し抜く作戦もなかなかに順調。他の勇者にゃお気の毒だが、仕方あるまい。オレらが先に行く為だ。
そう、魔皇を倒すのはオレらだからな。
「あれ、もうちょっとじゃない?」
ふいにレティシアが呟いた。
真っ赤に燃えるような赤髪の仲間が指さす方を見上げると〈封魔結界〉がそこまで近づいてるのが分かった。
いやもうデカすぎてそれが近くなのか遠くなのかすら分からない。〈封魔結界〉は金色の光を放った巨大な壁だ。壁と形容はしたがもちろん通り抜けることは出来るはずだ。魔人の人間領への侵入を防いでるというこの結界。
聞いたところによると何百年前に一人の勇者がこの結界を張ったのだという。その勇者の死後もこの結界が残っていることには驚きを隠せない。
「本当だな。あと少しのようだ。ほら、見てみろ。見あげなくても木々の向こうに光が見えるぞ」
ジークの言う通り、すでに前方に金色の光を放つ壁がそびえ立っているのが分かる。
「なんか、あれだな」
「……あれ…って?」
「圧巻というか、壮観というか、こう、来るもんがあんな」
「ふふっ、確かに……うん、あれ……だね」
セルカが小さく笑った。長い長い道程だった。ここまでオレらは半日ほどずっと歩き続けてきた。全ては一番になるために。他のパーティを出し抜く為にだ。
一番に着いてやった。その優越感が心を満たしていく。
オレは今、満足してるか?
後悔はないか?
自分を信じているか?
この道を信じているか?
答えはイエスだ。
オーケー。オレらなら、いける。
よし、覚悟を改めて決めたところで早速、あれするか。
「ふははははっ!!! オレが一番に結界についてやるぜ!! 全勇者最速の男、その名はフョードル様だ!!!」
オレは駆け出した。疲れなんて知らねぇ。すぐそこにオレらのスタートラインが広がっているからな。
「ちょっ、待て!! じゃあアタシも行く!!」
レティシアが後ろを走る。しかし、初速も加速度も違う。俺には追いつけまい。
「俺も、走るか」
シメオンが走り出す。
「おい待てお前ら!! 谷に落ちたらどうするんだ走るんじゃない!!」
そう言いながらもジークはオレらを追いかけて走っていた。
「えっ、あっ、じゃあ、私も……!」
セルカも走り出す。
さすがに誰もオレには追いつけねぇだろ。
オレは一番だ。一番になるべく生まれた男。一番になるために選ばれた勇者。そう一番=オレ。
同じパーティメンバーの誰にも〈封魔結界〉に一番に辿り着くという座を渡したくねぇ。
ふと後ろを振り向くと近い位置にレティがいた。彼我の距離は5~8メートルくらい。まだまだ余裕はあるが、これ以上距離を詰められると面倒だ。
オレは走りながら木に右手で触れた後に、大きく口を開いて命じた。
「あいつらを足止めしろ!!」
すると、木に意思が生まれたかのように動き出す。枝がレティの身体を絡めとる。彼女の足をに巻き付き、木の上に木が持ち上げた。
「きゃっ! おいフョードルてめぇ!!」
「『きゃっ!!』とか女の子かよ!! ぷはははは!」
「くっそフョードルぅ!! ぜってぇ許さん!!」
彼女はご自慢の炎で枝を器用に焼き切り、一瞬でその木の足止めを突破する。まぁ、予想してたことだけどなっ。
オレは走る。とにかく走る。その道中のあらゆるものに《王命》で命令してやった。
オレの勝ちはこうなったら必然的だ。オレの〈神技〉は最強、ゆえに最強。力こそパワー。
《王命》は生物、無生物問わずどんなものにも絶対的な命令を下す〈神技〉。
対象は触れたことのあるもの全てだ。
オレの声が届く範囲ならどんな命令も反映される。オレの命令は絶対だ。絶対に背くことは出来ない。まさに神。一番。オレにこそ相応しい最強の能力。
オレはそのまま首位をキープしたまま〈封魔結界〉の真ん前まで辿り着いた。
よっし、オレが一番だ。勝った。
ちょうど腰をかけられる程度の平たい岩があったので腰を下ろした。ぜぇはぁと息を荒くして、呼吸を整える。額に滲む汗を拭いながら、後ろに着いてきてるであろう哀れな仲間たちを確認するために、背後を振り向いた。
「って誰も着いてきてねぇじゃねーか!」
そう、誰もオレの後をつけて走っているものおらず、ここから50メートルくらい離れたところで彼らはのんびり仲良く四人で歩いていた。ノリ悪ぃな、おい。オレだけはしゃいでんのかよ、おい。
オレはめちゃくちゃ疲れたので岩の上で仰向けになった。
マジで疲れた。ほんともうこれでかってくらい疲れた。これ以上疲れることなんてこれから先絶対ないと言いきれるレベルで疲れた。
「はぁ~あ……」
ただぼんやりと〈封魔結界〉と空の境界線を眺める。どこまでも果てしなく続いているように見えるこの結界。横にも縦にも、果てなく広がっている。
どんな勇者がこの結界を張ったのだろう、と少し考えるも意味のない推測なのでやめた。オレにはもっと凄いことが出来る。そのはずだ。
「お疲れ様」
空を仰いでいると、セルカが顔を覗かせた。後ろに手を組んでオレを見下ろしている。
オレは「まぁなっ」と言いながら、彼女の頭に頭突きするように身体を起こす。
しかし、オレの頭突きはセルカに命中することなく、何も無い虚無にヒット。セルカは謎の反射神経でオレの頭突きを避けた。くそ、もう少し勢いが足りなかったか。
「速かったじゃん、フョードル」
レティシアがオレを見てにやけている。
「うっせえ! この赤髪野郎、ちゃんと走って着いてこいや!!」
「野郎じゃないです~、女です~。見なさいこのイケてるスタイルを。どう見ても女でしょーが」
「うっせえ揉みしだくぞオイ!」
「うわアンタ最低」
「最低……」
レティシアだけじゃなくセルカまでもオレに軽蔑の目を向ける。ハッ、そんなの屁でもねぇ。全くこれっぽっちもキツくないね。鋼鉄のハート、オレ。
「お前らそれ〈封魔結界〉の前でやるやりとりじゃないだろ」
シメオンが苦言を呈す。
その言葉に誘導されるように視線を結界へと向けた。
そこには相変わらずオレらを見下すように聳え立つ金色の壁があった。壁と言うより、かなり密度の高い靄のようだった。向こう側は辛うじて見えない。
ごくりと息を呑み込む。
この向こうに魔人領が広がっている。
その事実が確かな緊張となって背中の方から這い寄って来る。
「テメェら、準備はいいか」
「え、も、もう行くの?」
「なんだよビビってんのか?」
「ビ、ビビってないわよ」
そう言いつつもレティシアの声音には確かに恐怖心が伺えた。
「で、でも、怖いのは……確か、だよね」
セルカが小声で意見を口にする。
「あそこを通れば直ぐに敵の敷地内ということだからな。覚悟は決めなければならない」
「俺は出来てるから、お前ら次第だ」
次にジークとシメオンが口を開いた。
俺は彼らの顔をひとりひとり見渡してから、
「ま、安心しろよ。なんかあったら戻りゃいいんだからよ」
「確かに、それもそうね」
オレの言葉にレティシアが顔色を少し良くした。
「じゃあ、オレが先に入るから。お前らはあとに続け」
「わ、分かった」
レティシアが返事をして、他のメンバーは全員がこくりと頷いた。
ふーっ、と深い呼吸をする。
オレが一番に魔人領に着く。それを一つの指針としてここまでやってきた。オレとしたことが手汗がやばい。緊張してるのか、このオレが? 馬鹿な、ありえない。オレは最強だ。口だけじゃない。確固たる自信がある。力がある。
大丈夫だ。
足の震えをなんとか抑えて一歩、また一歩と〈封魔結界〉に近付く。
金色の濃い霧に右手を突っ込む。何ら感触はない。違和感もない。空気に触れているのとほぼ同じ感覚だ。
オレは振り返ることなく、金色の霧に足を踏み入れた。視界が金色に染まる。ぼんやりと真正面に見える光を頼りに歩を進めた。
その中をただ歩く。歩く。
「───なぁおい、みんないるか?」
「いるぞ、心配するな」
「……い、いるよ」
「これ、向こうにつけるのよね?」
「着けるだろ、流石に」
「長くね?」
「………長い、ね……」
「レティ、いるか?」
「い、いるって! あっこれシメオンか」
「気は抜くなよ」
「分かってるわよ」
金色の靄の中を俺らの声だけが支配していた。
誰かがオレの服の裾を掴んでいる。位置的にセルカだろう。
ただ真正面に歩いていく。
十秒ほど歩いた所だろうか。そろそろ向こう側の景色がはっきりと見えるようになってきた。
「そろそろ……抜けるんじゃないか?」
「うおおお……」
そこに広がっていたのは────
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