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第一章 勇者殺しの勇者
第48話 終焉の勇者
しおりを挟む目の前に広がる街々だった何かからは硝煙が立ち上がり、元の姿はほんの一割も保っていない状態にあった。生き残っている人がいたら奇跡だ。そんなことすらも考えてしまう。ああ。どうしてこんなことに。フェイ。フェイ。お前、何をやったのか、分かってるのかよ、なぁ。
「はははっ。もう終末には飽きただろう? お二人さん」
「五月蝿い……黙れ、お前はもう口を開くな」
倒れかけるノウトの肩をリアが抱いた。
「ノウトくん、大丈夫……っ?」
「ああ大丈夫だ。リア、俺は大丈夫だよ、いつだって。フェイ、絶対に……お前は殺す」
「大丈夫じゃないよノウトくん! 正面から行ったって勝てっこない。二人で協力しないと!」
「いい。俺一人でやる……。リア、君は俺が守る。君が傷付いたらいけないから」
ノウトは肩に置かれたリアの手を払い除ける。ノウトの頭には今、フェイを殺すことしかなかった。
「こいつは、……俺が殺らないと」
「そんな考え無しに突っ込むなんてノウトくんらしくないよ……?」
「リアが……君が!!俺の何を知ってるって言うんだよ……っ!!」
そう言ってノウトは全力でフェイに向かって駆けた。
まただ。また姿を目の前で消しやがった。
どこからともなくフェイの声がする。
「ああ、ノウト君。キミは何をしてるんだい? ねぇ。どうしてキミをここで生かしてると思ってるの? ねぇ」
「知るか……ッ!!」
「じゃあ、こうしよう」
「……っ?」
ふと見渡すとフェイの姿が見えた。相も変わらずにまにまと笑っている。ほんの二メートル先だ。なんだ、もうそんな近くにいるのか。この距離なら殺せる。
俺の名を呼ぶ彼女の声がした。
大丈夫だよ、リア。今度こそ君は俺が守る。もうすぐでこいつを殺せるんだ。いける。
ノウトは一歩、歩を進めて右手を伸ばした。
……あれ? 俺は右手を伸ばしたんだ。頭でちゃんと思い描いたんだ。なのに、右手、どこだよ。感覚的に目線を腕に下ろす。すると、そこに右手は存在してなかった。肘から先が綺麗さっぱり無くなっていたのだ。
出番を待ちかねていたように鮮血が盛大に吹き出す。そして、想像を絶する痛みがノウトを襲った。
「があ゛あぁっ……ッッ!!」
痛い、痛いよ。何だよ、これ。
絶対に殺す。フェイ、殺してやる。
リアが瞬時にノウトに近付いて〈神技〉を使い、腕を元に戻す。
「……ありがとう、リア。次は上手く殺るよ」
ノウトがそう言うと、また彼女の声が聞こえた。何て言ってるのかはもう分からない。
リアの声。そう、声だ。ああ、何だろう。聞いてるだけで安心する。本能がそう告げている。
ノウトはフェイに向かって駆ける。駆ける。しかし、その度にフェイは目の前から消えた。
「やる気あるのかい、ノウト君? しょうがない、あまりこれはやりたくなかったんだけど」
フェイは左手をノウト……ではなくリアに向ける。
次の瞬間、その手から真紅の炎が生まれ、地を這った。そのあまりの熱さにノウトは思わず仰け反る。塩と砂の焦げる臭いがした。
フェイの向けた手の先にいたリアは一瞬にして炎に包まれる。
彼女の叫び声。ああ、聞こえる。声だ。脳裏を引っ掻く、その声。
そうだ。その炎は駄目だ。駄目なんだ。
リアは踠き苦しみ、叫んでいる。炎は一向に収まる気配がない。
「おれが死ぬまでその炎は消えないよ。面白いだろ? ノウトくん、真剣勝負といこうじゃないか。あははははっ」
リアは再生と破壊をその身で循環し、叫び踠きを何度も繰り返す。
ノウトは膝を地につけ、両手を砂に叩きつける。
──あぁ。
終わりだ。何もかも。
──頭の中で何かが。
──終わる音がした。
殺意で身体が、心が満たされる。
ノウトの中で何かが消滅した。
それは理性かそれとも──……
いやそんなことは、死ぬ程どうだっていい。
殺す。殺す。殺す。
──彼女が灰になる前に。
「ははっ……はっ……。ノ、ノウト君……っ! キミのそれは、やっぱりそうだ!! やった……ッ! やったぞついに貴女に会えた……!」
フェイは今までにないくらいに恍惚な表情で目を輝かせてみせた。
頭の中に浮かぶ〈ステイタス〉がジジジッ───と雑音を奏でて変化するのが分かった。
────────────────────────
〈殺戮〉の勇者
名前:ノウト・キルシュタイン
年齢:▟█歳
【〈神技〉一覧】
《弑逆》:触れたものを殺す能力。
《殺陣》:◢い█殺す能力。
《暗殺》:息を殺す能◢▟
《█殺し》:《異█》を閉じる能力。
────────────────────────
ノウトは翼をはためかせて、フェイに向かって勢い良く飛翔する。
その首を掴んで殺してやる。
フェイはその身を翻すようにしてノウトの手を避ける。
「やっとだ……! やっと、やっと貴女に会えたんだ! 美しい、美しいよ、貴女は本当に!」
フェイは街の方向に瞬間移動しながら手招きをする。
「貴女にとって最高の舞台を用意したよ」
ノウトはそれを無視してリアの方へ振り向く。そこには変わり果てた彼女の姿があった。
全身は黒く爛れ、もはや彼女の原型を留めていなかった。
ノウトは止むことの無い炎によって燃え続けるリアを抱く。熱い。熱くて痛いがそんなの関係ない。彼女はこれ以上に痛い思いをしているんだ。
不思議なことにノウトの火傷が負ったと同時に治っていく。こんな状況だって言うのにリアが治しているのか。
「今度こそ、君を守るから」
ノウトはリアを抱きかかえたまま翼を広げ、飛ぶ。フェイはどこだ。街を空から見下ろすとその中心、瓦礫の上で大きく両手を振っているあいつの姿が見えた。
殺す。
ノウトは《暗殺》で息を殺して、姿を隠した。闇に隠れ、滑空してフェイに突っ込む。幸いこちらが見えていないようだ。
殺してやる。
あと数センチといったところでフェイの前に半透明な金色の壁が突然現れる。ノウトはそれをブチ殺して、ブチ破る。
「あははははっ! 凄いな、凄いよ、貴女は! まるで天使────いや女神だね!! 期待以上だ! もっとおれを楽しませてくれ!!」
壁が壊れた瞬間、フェイが腕を振り上げると彼の眼前に数多の刃が生まれる。
切っ先をこちらに向けて空中に浮いていた。刃一つ一つが星灯を反射して煌めいていた。刃がノウトを取り囲むように展開されるとフェイが腕を振り下げる。
刃は一斉にリアを抱きかかえたノウトに向かって収束していく。
ノウトは翼を最小限まで縮めて、身を固める。そして全身に《弑逆》を纏う。その後に《殺陣》で刃全てを、まるで小虫を手で払い除けるように叩き落とす。
翼をはためかせ、フェイの首に手を伸ばす。
フェイは予定調和のように姿を消す。それと同時にノウトも《暗殺》で身を隠した。
視界の稜線にフェイの姿を見つけるとその方角に向かって飛翔する。フェイは金色の壁で守りを固めて空に浮かんでいた。ノウトはその壁を同じように殺して破る。
壊れたと同時にフェイは瞬間移動する。ノウトの背後、20メートル先に浮かんでいる。
「その完全に気配を消す技、どうやってやってるんだい? まるでマシロさんみたいだ」
「黙れ」
フェイが宙に浮きながらこちらに手を翳している。その手の中心からちかっ、と光が溢れ出す。
光の線だ。それはノウトの右肩を音もなく貫通し、その後何処までも伸びていく。肉の焦げた臭いが一瞬だけ周囲を漂った。しかし、フェイの負わせたノウトの傷はリアによって瞬時に治癒される。
フェイはノウトがどうなろうとお構い無しに光線をその手から迸らせる。それはノウトの身体中を穿ち、貫き、灼いていく。
回避を試みてはいるが光の速度には目視してからじゃ当然間に合わない。ノウトは回避することを捨ててフェイに攻撃することしか考えないようにした。
「やっぱり、そうくるよね……っ。ならこうだ……ッ」
フェイは両手を前に突き出して、掌に力を込めた。
金色の光がその手の中央で瞬き、煌めく。
溢れんばかりの光が両手の間に収斂して、その刹那─────
ドンッッッッッッッッッッッ!!!!
耳を聾するような轟音が辺りに鳴り響く。
雷だ。
轟音の正体がノウトの右肩を吹き飛ばした。血が右眼に掛かり、拭う。燃え続けるリアにも飛び散り、血の焼ける臭いが漂う。
ノウトが傷付くとすぐにリアが〈神技〉で完全回復させた。
ノウトは自らが傷を負うのを顧みず、加速していく。右手を前に突き出し、手を開き突き進む。
───だが、手がフェイに届く前に奴は目の前から消える。
駄目だ。このままじゃ、あいつには勝てない。あいつを殺せない。このままじゃ、リアが────
「ノウト君、戦いも佳境の迫ってきたところで」
ノウトは背後に浮かぶフェイの元へ翔び、手を伸ばすが、またしても瞬間移動されてしまう。
「ここで全部君に、ネタばらししちゃおうかな」
手を伸ばす。
フェイはいつもその瞬間に消える。
「おれはね、本当は〈運命〉の勇者なんて大それたものじゃないんだ」
フェイの言葉を無視してノウトは彼に手を伸ばす。
───ダメだ、届かない。
「おれは〈世界〉の勇者なんだよ」
フェイは話しながらノウトの猛攻を瞬間移動で交わしていく。
「おれの使える〈神技〉はただ一つ。《異扉》だけ。《運命》も《新世界》も存在しやしない。おれの創り出した、想像上の能力なんだ。嘘なのさ、全部。全てが嘘。おれは目覚めてから嘘を吐き続けた。自分でも何が本当で何が嘘か分からなくなるくらいにね」
フェイに向かって伸ばした手はいつも虚空を掴む。
「だから、これから先に言うことも全部嘘かもしれない。それを頭に置いて、聞いて欲しいな。あはは」
ノウトの手は、フェイには届かない。届かない。駄目だ。でも、殺るしかない。殺るんだ。
「まず、おれの能力、《異扉》について教えようか。《異扉》の能力は要約すれば至って単純──────」
フェイはにやっと口角を上げて、不敵な笑みを零した。
「他の勇者全員の能力が使えるのさ」
そいつはきっぱりと言い切った。
だが、そんなの関係ない。
「あれ? 案外驚かないんだね」
「ああ、俺はお前を殺すだけだ」
「あはっ。やっぱり君は最高だ。うんうん、おれの見立て通りだね。君を初めて見た時からおれは、君に、いや貴女に会いたくて仕方がなかったんだ。ノウト君の女神様にね」
「何言ってんだ、お前」
「あはは。君には見えないよね。そりゃそうだ。これはおれにだけ与えられた能力───〈神技〉だ」
俺が伸ばす手に触れる前に奴は消え、現れる。
「そうだ、君にいいことを一つ教えるよ。〈神技〉の仕組みについてさ。例えばさ、ノウト君。マッチあるだろ? そう、火をつけるマッチさ」
目の前のこいつは消えては────
「人はマッチなしに素手で火をつけることは出来ない。でも、マッチがあれば火をつけられる。これが〈神技〉の仕組みさ」
────現れる。
「あははっ。ごめん、例えが下手くそだったね。おれ、話すの苦手でね。結論から言うとおれら勇者は他世界から力を分けて貰って〈神技〉を使っているんだ。便宜的に言えば〈神の世界〉から、と表すことができるかな」
「それが、どうした?」
「どうやって力を分けて貰ってると思う? まぁ、答えは聞かないんだけど。おれらはみんなひとりひとりに女神様がついているんだ。そう、女神。彼女らから〈神技〉を分け与えて貰ってるって訳さ。普段は見えないんだけどうおおっと危ない。あははっ、危うく殺されるところだった」
もう少しだった、もう少しでこいつを殺せた。
「女神様はそれこそ八百万の数だけいて、いろいろなモノを司る女神様がそれぞれいるんだ」
フェイは顔に張り付いた笑顔を崩さずに語り続ける。
「それでね、おれはその『女神様から勇者に能力を送る力を司る能力』を持っているのさ。少し紛らわしいよね、あはっ。おれは《異扉》でみんなの女神様から力を少しだけ分けてもらってるんだ。それでみんなの能力が使えるってわけさ。その逆も然りで、みんなおれの───というかおれの女神様の《異扉》を使って〈神技〉を使ってるってことも言えるんだ」
心底どうでもいい、ノウトはそうとしか思っていなかった。
彼の頭にあるのはフェイを殺すという殺意とリアを助けるという意思しかなかった。
「さっき言った通り、普通女神様は見えないんだ。でも、貴女は違った。ノウト君、キミは女神様との同調率が高過ぎるんだ。普通の女神様じゃそこまで顕現出来ない。でもおれにはずっと、キミの女神様が見えていた。《異扉》が使えるおれだからこそ見えたんだ」
ノウトの高まる殺意と反比例してフェイの機嫌は更に良くなる。ノウトの腕の中では今もリアが燃えては再生するを繰り返していた。
「貴女を初めて見た時から、ずっとずっと、ずっと会いたいと思ってたんだ。だからおれはキミに、ちょっかいをかけ続けた。それが、ようやく……ようやく………っ!! あっはははははははは!!!」
彼は一頻り高笑いした後、ノウトを見下ろして、言った。
「勇者全員の能力を使えるおれと女神との同調率が頗る高いキミ。そのどちらが強いかここで決着を付けようじゃないか」
フェイは音もなく消え去り、ノウトの背後に飛んだ。瞬間移動だ。ノウトはそれに反応し、振り向き手を伸ばすが、それよりも早くフェイが手を翳して、
「どん」
フェイの手の中心から透明の切っ先が現れ、ノウトに向かって引っ張られていく。ノウトはそれを《殺陣》で受け止めて握りつぶした。氷の破片はリアから立ち上る炎で昇華する。
「前から不思議に思ってたんだけど、ノウト君のその〈神技〉、少し妙だ。おれらと何かが違うような……ちょ、ちょっと危ないなもう」
もう少しだ。もう少しで奴の懐に《弑逆》をブチ込める。
フェイは身を翻してノウトの伸ばす手を避けた。
おかしなことにさっきからフェイはお得意の瞬間移動をしていない。今は風を身に纏うことで空を飛ぶのみだ。
「〈剣〉も〈光〉も〈雷〉も〈力〉も〈鉄〉も〈風〉も〈樹〉も〈水〉も〈闇〉も」
フェイが小声で何かを呟く。この距離では聞こえない。それに、どうでもいい、そんなこと。
ノウトが翼をはためかせてフェイに近づくと彼は金色の壁を作り出して距離を置き、そこから攻撃に転じた。
「〈熱〉も〈時〉も〈盾〉も〈音〉も〈支配〉も〈愛〉も〈天〉も。あははっ。全部おれのものなんだ」
鉄の刃を幾百と生成して、それらすべてをノウトに向ける。鉄の刃はそれぞれがぶつかり合い、絹を引き裂くような音と共に風を切る。
ノウトはリアと自らの身体を翼で一瞬だけ包み込んで、全身を《殺陣》で固め、全ての刃を無傷で受け止めた。
「はっ、ははっ。なんだそれ、やっぱりおかしいな。キミは人を殺す力しか持ってないはずなんだけど」
受け止めた刃の二つを手に取り、フェイに向かって投擲する。フェイはそれを半透明の金色の壁でガードする。
しかし、鉄の刃が金色の壁に当たった瞬間にノウトもまたその壁に触れていた。
そして、ノウトはその壁を、ブチ殺した。
壁の向こうにいるフェイに向かって手を伸ばす。
殺す。殺す。殺す。
フェイは心底嬉しそうな笑顔を見せて、言葉を紡いだ。
「動くな」
フェイが満面の笑みをこちらに向けて言った。最期まで笑ってんじゃねぇよ。
「殺す」
その言葉を、殺した。
彼我の距離が10センチメートルまで縮まったところでフェイはノウトの手を払い除けた。
だが、それが終戦の合図となった。
ノウトの《弑逆》でフェイは殺されたのだ。
フェイはあたかも翼を失った鳥のように頭から落下していく。瓦礫の山に落ち、砂埃を辺りに舞い散らす。
フェイを殺した瞬間にリアの身体を灯していた炎も無事消えていた。
彼女はノウトの腕の中で目を瞑り、美しいその顔を無防備に曝け出しながら眠っていた。痛みと〈神技〉の行使で相当疲弊したのだろう。
ノウトはゆっくりと降下していき地に足をつける。リアを優しく地面に降ろして、ぼろぼろに血塗れた服を脱いで被せる。
そして、かつてフェイだったそれに近付く。頭から落ちたからか、彼は彼の様相を呈していなかった。顎から上は無惨にぐちゃぐちゃになり、原型を留めていない。
フェイは脳漿と脳髄を無様にブチまけて、醜態を晒して転がっている。
ノウトはフェイの死体の首を掴み、力を込める。そして、
「俺の勝ちだ。糞野郎」
握り潰す。
温かくて、紅くて、穢らしい何かが俺の顔を塗りたくったのでかつてフェイだった何かを蹴り飛ばして、それを拭う。
気持ちいい。
殺すってこんなに気持ちいいのかよ。ははっ。
生を蔑ろにするこの行為。楽しくて気持ち良くて最高かよ。
俺は両手を大きく広げて、身体が波を打ったように笑った。
「くくくっ……。あはははは!! はははははは!!! 勝ったよ、リア!! 俺、君のことを護れたんだっ!!」
「だ、誰……?」
「あ?」
誰だよ。こんな気持ちいい時に。邪魔すんじゃねぇよ。
ノウトの背後の瓦礫のその向こうから声がした。何人もの人の足音がする。
俺が振り向くと、その正体が顔を覗かせた。
「うわぁっ!!」「きゃぁっ!!」
俺の顔を見るなり、二人が驚いて腰をついた。片方はつんつんした髪の男、もう片方はセミロングの女だ。
「な、な、な、な……」
壊れた機械のように同じ言葉を連呼している。
「……悪魔だ」
他の一人が口を開けて呟いた。白い髪の少年だ。
「悪魔だァ? 失礼な奴らだな。俺は……そう、ノウトだよ、ノウト」
「ノウ、ト……?」
菫色をした髪の少女が首を傾げる。
「ノウトって………君は、本当にノウトなの?」
白髪の少年が赤い双眸でこちらを見つめた。
「ああ、見たら分かるだろ?」
「あ、あ、あ、あんたがやったんすか!? ノウト!!」
「え? あ、あぁ、俺が殺ったんだ」
「こ、このクソ野郎……ッ!!」
つんつん頭の男がこちらに向かって殴りかかって来た。ノウトはその拳を《殺陣》で受け止めて払い除ける。
「ど、どうしたんだよ。みんな、俺がみんなを守ったんだ」
その時、ふと視線の端に見えた自分の両手に違和感があった。両手を顔の前に持ち上げる。
─────なんだ、これ。
手の甲には黒い、何か、そう羽根だ。黒くて硬い羽根が生えていた。そして手のひらは血で真っ赤に染まっている。
顔に触れる。顔も黒い羽根が覆っていた。背にも翼がある。ばさばさと動かせる。
……あれ? おかしい。こんなの、こんなの、俺じゃない。俺は、こんな。
目の前にいるのはミカエル、スクード、エヴァ、ジルだ。どうして、さっきまで分からなかったんだろう。
「スクード! 落ち着いて!」
ミカエルがスクードの肩を掴んで制止させる。
「こいつがッ! こいつのせいで!!」
「何も策なしに突っ込むなんて馬鹿がやることだ! 僕だって臓腑が煮えくり返る程怒ってるから、ね」
「く、くそ…………。くそぉ……」
スクードが両膝を地面につける。
更に物陰から複数人が顔を見せた。ニコ、ダーシュの二人だ。
「きゃあああっ!」
ニコがノウトの姿を見るなり悲鳴を上げ、腰を抜かしてぺたりと地に倒れ込み、失禁する。
ダーシュはノウトの姿を確認するなり、片手を上げて刃を展開してノウトを襲った。ノウトは反応出来ずにそれを避けられず、全て喰らってしまう。
「がぁっ……ッ!!」
四本の刃がそれぞれノウトの右肩、下腹部、右足、右腕に突き刺さる。痛い、痛い、痛い。ノウトはあまりの痛さに膝をつく。
「………お、おい、やめ、ろ」
「こいつだよな。殺そう」
ダーシュは間合いを詰めてノウトにその手を翳して呟いた。ダーシュ以外の奴等も全員ノウトに敵意の篭った視線を向けていた。
このままだと、殺される。なんで、なんで、殺されるんだ。俺が何をしたって言うんだ。
あぁ、畜生、分かったぞ。この異形の姿を見て、この災害を起こしたのが俺だと思ってるのか。くそ。フェイだよ。
多くの人を意味もなく殺して笑っていたのはあいつだ。そう弁明したい。
だが、このダメージでは喋ることも正直ままならないし、喋ったところで弁解出来る自信はない。
俺のこの姿を形容するならば、そう、それは悪魔だ。悪魔。ははっ。ここまで来ると笑っちゃうよな。最初にミカエルにも言われてたし。なんでこんな姿になってんだよ、俺。
いや、今はそんな事考えてる場合じゃない。
生きないと。
『生きて』って彼女に言われただろ?
絶対に生きて、生きて、生き延びてやる。
ノウトは最後の力を振り絞って翼を大きく広げて風を起こした。隙を作るための起点だ。ダーシュは運良くよろめいて体勢を崩してくれた。
ノウトは身を翻して背後に飛んだ。そして、瓦礫に身体を預け倒れているリアを抱き上げた。
「全員動くな。動いたら、殺す」
ノウトは言った。右肩に刺さった刃を引き抜き、未だ動くことの無いリアの身体に腕を回して彼女の首元にその刃を当てる。ここにいる誰もノウトの能力は知らないだろう。
ならばやることはその視覚に訴えることだ。刃はこの状況を作り出すことに最も適していると言っても過言ではない。刃を引き抜いた肩から血が溢れ出るが、羽根を動かして出血を抑える。
彼らは凍りついたように動きを止めた。
「……下手な真似はするなよ」
ノウトは最後に捨て台詞を吐いてから、リアを抱いたまま翼をはためかせて夜空へと飛んで行く。
「勇者殺しが……」
ダーシュが小さく呟いたそれは宵の闇に溶けて消えて、無くなった。
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