あのエピローグのつづきから 〜勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか〜

shirose

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第一章 勇者殺しの勇者

第45話 魔王

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「お前……、……何でここにいるんだよ……」

「言ったよね? おれは〈運命〉の勇者だってさ。この世の事象はなんでもお見通しなのさ」

 フェイだった。

 フェイがそこに立ってたんだ。
 いつも通りへらへらとした笑みを浮かべている。
 意味が分からない。
 頭が上手く追いつかない。さっきこいつベッドで寝てなかったか?
 ハプニングには慣れたつもりだったのに、想定外の状況に心の城壁が壊される。

「そうじゃないだろ。俺は手段じゃなくて目的を聞いてんだよ。……そうだ、リアはどこだ…? ここにいたんじゃないのか?」

「まぁまぁ、そんなことより聞いてよノウト君。おれはね」

「ふざけるなっ!! リアはどこだって聞いてるだろ! 答えろ!!」

 ノウトは冷静さを欠いていた。
 リアと情報を共有するための密会をこの場でする予定だったのに、その場所にリアは居なくて代わりにフェイがいる。異常以外の何ものでもない。

「どこか、だって?」

 フェイは顔に貼り付けられた笑みを一切崩すことなく話す。この夜の真っ暗な中、その顔は不気味としか思えなかった。

「人に聞いてばっかじゃあなくってさ。少しは自分で考えてみてはどうなの? ねぇ」

「………フェイ。お前のくだらない戯れ言に付き合ってられるほど俺は余裕がある人間じゃない。……リアがどこか、教えてくれ」

「ははははっ。いいねいいね。カッコイイこと言うね。リアさんか、リアさん」

 フェイはそう言って桟橋に片膝をついて座り込んだ。……何やってんだ?
 彼はおもむろに右手を地につけた。するとどんどんその手が地に呑みこまれていく。橋の硬さとかそんなの関係なしに腕は呑まれる。
 暗くてよく見えないが、そうとしか表現出来ない。
 フェイは今どう見ても人智を超えたことをしている。これは〈神技スキル〉だ。
 しかし、フェイの〈神技スキル〉は《運命フェイト》という『選択肢から運命を選べる能力』と《新世界ラグナロク》という『選ばなかった運命、所謂平行世界にいる自分のいる場所に跳べる能力』。この二つだと言っていた。断じて物理法則を無視して地に腕を突っ込めるようになる能力なんて持ってないはずだ。

 フェイの腕は肘まで橋に呑み込まれた。そこでフェイは一瞬だけ動きを止めて、呑み込まれた腕をまたゆっくりと引っ張り上げた。
 上げられたフェイの手にはさっきまではここになかった、何かが鷲掴みにされていた。
 暗くてよく見えない。分からない。
 ……いや、ただそれが何なのか理解したくないだけなのかもしれない。本当は分かってる。分かりたくないんだ。
 それはリアの頭だった。目を瞑って、眠っているような顔をしているリアの頭だけをフェイが抱えている。
 リアは不死身だ。なのにどうして再生しないんだ……? いや、今はそうじゃないだろ。
 フェイ、お前は殺す。殺すしかない。リアに危害を加えるなんて、停戦協定やらなんやら約束していたじゃないか。

「意外に重いなぁ。人の頭って」

「───殺す」

 ノウトはなりふり構わずにフェイに向かって全力で走り出した。
 触れれば勝ちだ。一瞬でも触れることが出来ればノウトは絶対に相手を殺すことが出来る。
 あと一歩だ、もう少し。

「動くな」

 だがしかし、フェイがその言葉を発した途端、ノウトの身体は一切動くことが出来なくなった。
 指先を少し動かすことも瞬きすることも出来なかった。呼吸すらもできない。
 心臓が、頭が、どんどん痛みを増していく。

「呼吸と瞬きだけはしていいよ」

 フェイがそう口にすると呼吸が出来るようになり、ぜぇはぁと息切れを起こす。
 なんだこれ。意味不明だ。フェイの言葉に身体が絶対に従ってしまう。
 これもフェイの〈神技スキル〉だって言うのか。ふざけるな。くそ、くそ。
 リア。今すぐにでも救けたいのに。

「意味が分からないって顔してるね」

 フェイはリアの頭を抱えたまま顔を左手で覆い隠す。左手甲に浮かび上がる五芒星、〈エムブレム〉が宵闇の中で朧気に光る。

「あっはははははははは!!! ………はぁ、おれはね、その顔が見たくてここまで隠してきたんだよ。ははっ」

 笑いをどうしても堪えられないと言った様子で肩を上下に揺らしながら話す。
 だめだ。俺はまだ、呼吸と瞬きしか出来ない。

「声を出してもいいよ」

 フェイがそう言うと舌が上手く回るようになり、口が使えるようになった。

「なんなんだよ、お前……! 何がしたいんだよ……。リアを、リアを離せ……ッ!」

「ノウト君。聞いておくれよ、ここからが本題だ」

 聞くしかないという概念に囚われる。耳を塞ぎたくても塞げない。

「…………っ」

「魔皇っているよね。そう魔皇。おれたちが倒せって言われてるそれは数百年前までは人間達を蹂躙していたなんて言われてるけど、ここ数十年は〈封魔結界〉に阻まれて何もしてないっていうじゃないか。で、民たちは〈封魔結界〉がいつ壊されるか分からない恐怖に常に怯えてるんだってさ。ハハハッ。バカバカしいにもほどがあるね。この世界の人間はみんな平和ボケしてる。人間同士の戦争も特になし。そんな話どこでも聞いたこともないだろ? ねぇ、どこかおかしいと思わないかい? 魔人にヘイトを向けさせてるとはいえ、人間同士の争いや事件一つさえないなんておかしすぎる。いや、例外がひとつあったね。コリー君だ。彼はミカエル君の背にナイフを突き立てた例外だ。おれが調べたところ、宗主国アトルの傷害事件はここ何年も起きてない。コリー君が何年かぶりに起こしてしまったんだ。何か、どこかに答えがあるはずなんだ。あははっ。でもね、おれはそんな答えとか真理とかそんなのはどうだっていいんだ」

 フェイはつらつらと捲し立てた後、にへらと口角を上げた。

「茶番はここまでさ。おれはこの平和ボケした世界に一石を投じる」

 フェイが左手を上に掲げる。
 〈エムブレム〉の五芒星が夜空に浮かぶ星と重なり合う。


「おれは魔王になるよ」


「お前、何言って」

「それでさ、ノウト君には最前席でおれの魔王への、第一歩を見てて欲しいんだ」

「……は?」

 ノウトの身体は完全に動けるようになった。
 次の瞬間、地が揺れた。違う。桟橋が動いてるんだ。ノウトはその揺れに耐えきれなくなって手を床につける。
 桟橋が空を飛んでいた。海がどんどんと離れていく。7メートル近く高いところまで来たところで桟橋が止まった。潮風が頬を強く撫でる。
 好機チャンスだ。ノウトはまたしてもフェイを殺そうと手を伸ばす。

「執念だね」

 しかし、フェイの目と鼻の先で手が止まる。それ以上先に手が進めない。
 なんだこれ。半透明な────

「…………壁……?」

「おれはまだ死なないよ」

「……くそ………ッ!」

 フェイを取り囲むように半透明な壁があった。また、宙に浮かぶ桟橋もこの壁で囲まれていた。完全に透明ではない。仄かに、ただ微かに金色に光っていた。

 何度もその金色の壁を殴る。
 殴る、殴る。
 しかし、何度それを殴っても壊れない。拳から血が流れる。構うかよ。壊せ、ぶち壊せ。
 フェイを、フェイを殺さないと。
 リアを救わないと。

「ハハハッ。これはノウト君が殴ったくらいじゃ壊れないよ。まぁどんな手段を持っても壊れないと思うけど。なんたって〈盾〉のだからね」

「はぁ……っ、はぁ………っ。……なんだよ、お前……。まさか《運命フェイト》とかいう運命を選べる能力、思い描いた運命を何でも実現出来るのか……?」

「はははははははははっ。そんな大層なもんじゃないよ。ていうかさ、それが出来たらもう神様だよね。ねぇ」

 ノウトは透明な壁に両手をつけながら、足から崩れ落ちた。じゃあ、なんだって言うんだよ。ノウトは声を出す気力も既に落ち合わせてなかった。フェイはリアの頭を床にことりと、置く。
 リア、どうしたんだ。なんで、生き返らないんだよ。
 あんなに俺が殺して、その度に君は生き返ったのに。
 本当に死んじゃったのかな。ごめん、リア。ごめん。ごめんな。もう、救けられそうにない。
 俺は、無力だ。

「さて、ノウト君、リアさん。準備はいいかい?」

 フェイは両手を広げて、冷酷に微笑んだ。

「さぁ、始めよう。おれらの新世界を」
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