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第一章 勇者殺しの勇者
第38話 瞳の中の宇宙
しおりを挟む風呂から上がったノウトは着替えてから自分の今夜のテリトリーであるベッドの上に胡座をかいて座った。
ヴェロアはふよふよと浮いたあと何の躊躇もなくノウトのベッドにすとん、と腰を下ろした。ノウトはヴェロアの目を見据えてから、
「ヴェロア、君のことがもっと知りたい。教えてくれ」
と単刀直入に訊いた。
ヴェロアは腕を組んで考える姿勢をとる。
『うーむ。そう言われてもどこから話せば良いか』
「何でもいいよ。とにかく君のことが知りたいんだ」
『うおお……。なんかむずむずするな……。お前がいつも以上に眩しく見える』
「そ、そうかな。前の俺と違ってたらごめん」
『いいや、お前の本質は変わってないよ。ただお前が負った精神的外傷も全て忘れてしまっているそのおかげなのかもしれないな。お前と初めて出会ってから半年くらいはずっと一緒にいたのに、お前は一切口を開かないで半分死人のようだったからな』
「……マジか」
『記憶が無くなったのも一概に悪いとは言えないのかもな』
「いや、それでも、……俺は記憶を取り戻したい。ヴェロアとの思い出もみんな大事だから」
またしても頭痛が始まった。これは勇者に掛けられた呪いなのかもしれない。
『これを言ったら怒られると思うのだが……メフィが早くお前に会いたいと言っていたぞ』
「メフィかぁ。俺も会ってみたいな」
『ふふっ』
ヴェロアが口に手を当てて笑う。
『会いたがってると言えば特にスピネがうるさくってなぁ』
「スピネ?」
『森人族の女の子なんだが、お前にべったりなんだ。元々はお前と仲の悪いユークとの橋渡しの為に来ていたのだが、そのうちお前のことをセンパイセンパイと呼ぶようになってな』
ヴェロアは呆れたような物言いで話す。
「いや全然思い出せないな。そんな子がいたのか」
『うむ。その子がここ数日うるさいのなんのって』
「早くそっちに戻れるように頑張るよ」
『ああ、私も助力するぞ』
ヴェロアはニカッと笑う。
「そう言えば……根本的なことを聞いてもいいか?」
『何でも聞いていいぞ』
「その魔皇ってのはどうやって決まるんだ? ヴェロアみたいな華奢な女の子が皇帝なんて妙だなって思って。いや別に見合ってないとか言ってるんじゃなくて」
『大丈夫だ。みなまで言うな。魔帝国の魔皇は先代の魔皇が死ぬと魔族の誰かの身体に“魔痕”が浮かび上がるんだ。丁度勇者の〈エムブレム〉とやらみたいにな』
「魔痕……? ってどこにあるんだ?」
ノウトはヴェロアの身体を見回す。相変わらず全裸に近いような格好だ。隠れるべき場所のみが白い布で隠れている。その魔痕とやらがあったらすぐ分かりそうだが……。
『まさか気付いてなかったのか』
「えっ、どこどこ」
『ここだ』
ヴェロアは顔をぐいっと鼻同士が触れそうなほど近付けてきて自らの目を指さす。
目を凝らしてその綺麗な紅桔梗色をした瞳を覗くと、その瞳が一瞬輝き、光った。ノウトはその眩しさから思わず目を瞑った。
そのあとにもう一度目を開けて見るとヴェロアの瞳の中で形容し難い幾何学模様が渦巻いているのが分かった。
虹彩の内側で幾重にも重なる朧げな光沢を帯びた正方形がヴェロアの瞳の中で回転と停止を繰り返していた。そのえも言われぬ美しさに無意識に見入ってしまう。
綺麗だ。永遠と見ていられる。そんな気がした。
暫く眺めているとヴェロアが瞬きをぱちぱちと数回して、それは見えなくなってしまった。
「す、凄いな。なんかずっと見ていたかった」
『ふふふ。言わずとも分かるぞ。なんせお前の心の中は常に私に筒抜けなのだからな』
「……参ったな。ほんと綺麗だったよ」
『語彙力が低下してるぞ。そう、これが魔皇の証である魔痕だ。基本魔痕は顔のどこかに浮かぶのだが、私の場合それが眼だったわけだな。この魔痕があったおかげで神機《輪廻六芒魔術陣》が使用できたってわけだ』
「ふむふむ。その魔痕が浮かび上がる対象はランダムなのか?」
『いや、実はそうではなくて比較的魔力の高い者に浮かび上がる。私が小さい頃は神童だなんだと持て囃されたものだ』
「じゃあ、実力がある人が必然的に魔皇になるように出来てるんだな。どんな原理かは分かんないけどそこそこ理には適ってるシステムだと思う。実力がなくて血筋だけで王になるとか俺は良くないと思うし」
『皇帝としての責務と魔力の素質があるかどうかは関連付けられるものじゃないとは思うがな』
「でも実際ヴェロアは良くやってるよ。ヴェロアがその神機を使わなかったら今頃みんな死んでるってことだろ?」
『お前の助力あってのことだ。ノウトには本当に感謝してるよ』
「その記憶が無いから、……何とも言えない気分だな」
『……早く、記憶を取り戻さないとな』
「ああ、そうだね」
そこでノウトはヴェロアの姿が霞がかるように薄くなっていることに気が付いた。ジジジ、と奇妙な音を発しながらその身体が徐々に見えなくなっていく。
『今日顕現出来るのもこれまでのようだ』
「ヴェロア……」
『大丈夫。私の姿は見えずともお前の姿は常に私が見ている。本当に何かあったら助けるからな』
「分かった。……じゃあ、また」
『うむ。……ノウト、無理はするなよ』
ヴェロアはそう言って完全にその姿が見えなくなってしまった。出てくる時は突然で居なくなる時も唐突だ。
さっき浴槽に浸かりながら独りがいいなんて思ってしまったことを軽く後悔する。彼女が隣にいるだけでどんなに安心かがよく分かった。
ノウトは気持ちを切り替えて、遂に行動を起こそうかとベッドから立ち上がる。
預かったこの部屋の鍵を片手に部屋から出ようとすると、コンコン、と軽めのノックがドアの反対側から聴こえた。
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