39 / 182
第一章 勇者殺しの勇者
第37話 灰を抱えた僕と
しおりを挟む海で時間を費やしてしまったが為に街での散策が全くと言っていいほど出来なかった。九割はフェイのせいだ。
今夜泊まるべき宿は白亜の街と足並みを揃えるように瀟洒で真っ白な外装だ。アプローチや装飾等も特に当たり障りなく、大きめな民家と言われても違和感はない。
唯一の相違点は宿の看板が備え付けられているところくらいだろう。
宿屋は勇者によって貸切になっているがひとパーティに一部屋与えられるといった具合で男女別で分けられるほどの部屋数はないようだ。まぁ野宿して一緒に隣で寝てたりするからもうそのへんは問題点ではないのは皆同じだ。
それとこれとは違うような気がしなくもないが、この際気にはしない。きちんと仕切りはあるし、ベッドもそれぞれにシングルベッドを置かれている。それでもパトリツィアやアイナ辺りはかなり揉めてそうだ。
予想通り、フョードルたちはこの宿にはいなかった。ウルバンや他の竜車騎手に聞いてもその行方は分からないの一点張りだった。
もしものことがあったらヤバいと思ってそのことは既にヴェロアに連絡してあり、きちんと対応すると言っていた。その場合はどちらかに死者が出るのは確実だろう。
ヴェロアの言っていた魔皇軍も前回の戦いでは勇者を討ったとは聞いているので別段そこまで不安ではない。その辺はもう信じるしかないよな。
ノウトは「どうすっかな……」とため息混じりにぼやく。何に対して言ったのかは自分自身よく分からない。特に意味は無いような気がする。
今、ノウトは一人湯船に使っていた。
なんとこの宿は部屋それぞれ風呂が取り付けられているのだ。人ひとりが足を伸ばして丁度反対側に届くくらいの狭さだがこれでも充分疲れは取れる。湯船からは塩の匂いがした。
風呂に入る順番はノウトが最後になった。シャルロットに色々なものを〈神技〉で造ってもらうためにノウト以外のパーティのみんなは先に街に出ていて、ノウトは留守番ならぬ部屋番を自ら申し出た。
そこに深い意味は特になかったが強いていえば一人になりたかった、ということがあった。
「……リアと話すのは深夜でもいいかなって思ってさ」
誰に言う訳でもなく独り言を呟く。
誰もいないと気楽だ。独り言を言っても誰も気にしないし。誰にも気を遣わなくていいし。
でも、ずっと一人はそれはそれで嫌だ。いや我儘かよ。ほんと。
上を向きながら目を瞑ってあーでもないこーでもないと意味の無い考え事をしていると、ふと足に違和感を感じた。湯船から湯が浴槽の外へと流れ落ちる音もした。目に当てたタオルを右手で剥がしてその違和感の原因を辿ろうとその方向を見ると、ヴェロアがそこにはいた。湯から顔だけを出してちょこんと湯船の反対側に座っている。
『よっ』
「って、えぇぇ!?」
ノウトは思わず立ち上がって驚く。湯がばしゃんと外に跳ねる。
『ははっ。過去最高に驚いてるじゃないか』
「いやそりゃ驚くだろ!」
『いやなんか常にノウトを見てるもんだからもう吹っ切れたんだ。もう一緒に風呂に浸かっても関係ないと』
「まぁ確かにそう言えなくもないけどさぁ」
『別にいいじゃないか。以前もこうやって風呂に入って共に背を流したりしたこともあったし』
「そんなことしてたのかよ……。ほんとどんな関係よ」
『とにかく座れ。大事なものが丸見えだぞ』
「ってああぁっ」
ヴェロアは手を目に当てて頬を赤らめていた。
ノウトは急いで湯船に肩まで浸かる。ヴェロアが声を出して笑う。
「……なんか珍しいな」
『なにがだ?』
「ヴェロアがそうやって声を出して笑うとこなんかあまり見ないからさ」
『そうか? 私はよく笑うぞ。ただ……そうだな、最近は少し思い詰めているかもしれん』
「……ごめん、いい言葉が上手く思い浮かばないけど、困ってることがあったら何でも俺に言って欲しい」
『それは……本来私が言うべきセリフだな。でもありがとう、ノウト』
「いえいえ」
そうして8秒ほどお互い黙ってしまって、「そういえば」と思いついたことを適当に口走ろうとするとヴェロアが突然立ち上がって、ノウトの上に太股の上に座る。
ノウトの胸板にヴェロアの真っ白な背中が触れる。ノウトと同じ向きに座っているので今ヴェロアがどんな表情をしているのかは分からなかった。ノウトは行き場の分からなくなった両手を上にあげて、なんとかヴェロアの珠肌に触れないように努力した。
身体を預けたの彼女だから別に肩に手を置いたり手を回したりしてもいいんじゃないか? いやいやいやいや、駄目に決まってるだろ、俺。なんとか理性を保つことに成功した。
「ヴェ、ヴェロアさん?」
彼女は震えていた。
『……私は、怖いんだ』
───それもそうだ。自分の心臓に向けられた刃が刻一刻と迫ってくるような感覚。今迄、気丈に振舞っていたことがおかしいくらいの異常な状況だ。
勇者は魔皇を殺すべき、魔皇は勇者を殺すべきという狂った常識がヴェロアの首を締め付けている。
ノウトはまたいつかと同じように、不確実性の権化の十八番『大丈夫』を彼女に言おうとした。しかしそれはヴェロアの声によって掻き消される。
『違う。そうじゃないんだ……。私が怖いのはお前が、死んでしまうことなんだ』
「俺……?」
予想外の回答に間抜けな反応をしてしまった。
『そもそもこの計画には私は反対していたのに。お前が私の制止を振り切って、あそこに飛び込んだんだ』
「……そう、だったのか」
『───私はノウトに死んで欲しくない。嫌なんだ。もう、誰にもいなくなって欲しくないんだ。母上や父上、兄上のように、ノウトもメフィもラウラもいなくなってしまったらなんて思うと……心が酷く、痛くなる。お前に、ノウトにずっと生きていて欲しい。ずっと隣にいて欲しいんだ』
ヴェロアは涙声だった。
どうするのが正解なのか分からなかった。
そもそもこの世界じゃ何が正義で何が悪かなんてなにも分からない。
勇者を殺すことが本当に悪なのか、魔皇を殺すことが果たして正義なのか。
それらを決めるのは俺だ。俺自身だ。
自然とノウトはヴェロアの身体に手を回していた。体温をお互いに交換し合う。ヴェロアのその身体が本物ではないと分かってはいても温もりを感じた。
『…………ずっと、こうして欲しかったんだ』
ヴェロアはノウトに聴こえるか聴こえないかの微かな、今にも消え入りそうな声でそう呟いた。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――


凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる