あのエピローグのつづきから 〜勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか〜

shirose

文字の大きさ
上 下
35 / 182
第一章 勇者殺しの勇者

第33話 波打ち際の独り言

しおりを挟む


 ここでフェイに話し掛ける勇気は残念ながら持ち合わせていなかった。あんな軽々と人を殺せる人物と会話なんてあまりしたくない。って人のことはあまり言えないか。

 まぁ、今はそっとしておくのが吉かな、とみんな思っているはずだ。あいつと話すの疲れるしね。

「おりゃあああああ」

 ニコがリアが抱きついて海水がばしゃーん、と飛び跳ねた。それをノウトはひらりと躱すが、シャルロットには当たりそうになる。しかし、その水しぶきをレンがシャルロットの前に出ることで全て受け止める。

「平気?」

「え、えぇ。大丈夫」

 シャルロットは軽く驚きながらも珍しく笑みを見せる。

 ニコは倒れ込んだリアからターゲットを変えて今度はフウカに向かってダイブした。
 だが、フウカはそれを華麗に横ステップで避ける。ニコは腹から水面にばしん、と叩きつけられる。

「ふふふっ。舐めてもらっちゃ困りますよ」

「お返しだー!」と今度はリアがニコに抱きつく。そのくんずほぐれつしている所に今度はカンナが飛び込む。

「うにゃあぁぁあぁああ」

 ばしゃーん、とまたしても水が飛び跳ねる。
 ジル、シャルロットとレンはちゃぷちゃぷと波打ち際を歩いていた。テオ、パトリツィア、カミル、ダーシュ、ナナセ、ミカエルは全力で海を泳いでいたり、エヴァとアイナはヴェッタの手を引いてリア達と混ざって海で遊んでいる。ウルバンは他のパーティの竜車騎手と談笑していた。

 みんな元気だな、なんて他人事のように思ってしまった。でも同時に、どこか幸せなものを感じてしまい、鼻の奥の方が熱くなって、思わず目頭を押さえた。

 ヴェロアはふよふよと漂うのをやめて、海に足を浸からして、膝を抱え込むように座った。
 その隣にノウトも同じように座り込む。尻が海水に浸かっていて一瞬、冷たさを感じたが慣れれば徐々に暖かく感じる。

『───ノウト』

(なに?)

『私は、助言をするためにこうやって莫大な魔力を借りてまで顕現しているのだが、……助言出来ることは存外多くないようだ』

(そんなことない。十分助かってるよ)

『いや、お前の誰も殺さずに成功させるという作戦においては何も助言出来ない。今の今まで勇者は倒すべきという既成概念に囚われていたからな』

(こっからだよ。ここから一緒に進んでけばいい。一緒に悩んで、一緒に笑って、そんな感じでいいと思う。大丈夫)

 大丈夫、なんて不確実性の権化みたいことをあまり言いたくはないけど、相手を安心させるのはこれが一番いい、とノウトは思っている。

『ノウトは相変わらず優しいな』

(俺なんか全然だよ。ただヴェロアが傍に居るだけで安心するから、それだけで俺は、助かってる)

『や、やめろ。惚れてしまうだろ』

(へ?)

『ジョークだ。魔皇ジョーク』

(そ、そう……)

 ヴェロアとの会話も途切れてしまって、はしゃいでる彼らをただ漠然と見ていると突然、隣に人の気配がした。
 ヴェロアの座る反対側、つまりノウトの左側だ。
 ばっと振り向くとがノウトと同じような格好で座っていた。〈幻〉の勇者である彼女をまだ自分は覚えているぞ、と誰に言うでもなく心の中で宣う。

「マ、マシロ……?」

「えっ、また見える?」

「う、うん」

「そっか」

 マシロは膝に顔をうずめてから少し笑ってから「嬉しい」という一言を漏らした。何が、とは当然聞かなかった。というか聞けなかった。

『そのマシロという女の子、相変わらず急に現れるな』

(あれ? あの時も見てたんだな)

『相変わらず傍観することしか出来なかったがな。フェイという輩の奇行も私は何も口出し出来なかった。不甲斐ない』

(そう、落ち込まないでって)

 時々、本当にこの人は魔皇なのかな、とも思ってしまう。頼りないとかそんなんじゃなく。
 ヴェロアがただの女の子に見えて仕方がないのだ。
 年齢は聞きにくいから問わないけど見た目的には自分とそう年の変わらない、同い年の女の子にしか見えない。普通の女の子と違うのは話し方と頭にあるその2本の漆黒の角だけだ。

「ねぇ」

 マシロがその双眸をこちらに向ける。なんか顔が近い。近くない?

「あなたの名前、聞いてなかったよね。教えて。知りたいの」

「えっと、俺はノウト。ノウト・キルシュタインって言うんだ」

「ノウト……。う~ん、なんかやっぱりしっくりこないな……」

 彼女はノウトにぎりぎり聞こえるか聞こえないくらいの声量で呟く。ノウトは聞き逃すことも出来たが、反射的に聞き返してしまった。

「えっ、何が?」

「……名前。あなた、ノウトって顔してないよ」

「そう、かな」

「うん。……ねぇあなたっぽい名前で呼んでいい?」

「別にいいけど」

「ん~。じゃあアヤ、ってどう?」

「ア、アヤ……? えっと……俺と何も関係なくない?」

「いや何かあなた、なよなよしてて女の子みたいだし」

「いやおい。普通に酷いぞ、それ」

「ふふっ。冗談」

「冗談って……」

『不思議な子だな』

「ほんと」

 あっ。口に出してから自分の失敗に気付く。
 ヴェロアとの頭の中での会話はもう慣れたものだと高を括っていたが、油断した時にこれだ。

「何がほんと?」

「いや、綺麗だなって」

「ありがとう」

「いや、君じゃなくて海が綺麗、って。もちろん君も綺麗だけど」

 ……ってやばい。
 墓穴掘りまくった。待て待て待て。君も綺麗だけど、とか突然何言ってんの、俺。普通そんなこと言わないじゃん、俺。
 今俺めっちゃ顔赤いかも知れない。

「ははははっ!」とマシロは腹を抱えて笑っていた。

「いや、そこまで笑わなくても」

「ふふっ。だって、だって。ぷっ……」

「……ったく。怒るぞ」

「くふふ」

 彼女はツボに入ったのか笑いを堪えようとはしていたが全然収まることはなく変な笑い方になっていた。
 笑い続けるマシロを見てると何だかこっちも笑えてきて、二人で大声で笑ってしまった。
 そんなノウトに気付いたのか、リアがこっちを見て驚く。彼女は口をぽかーんと開けている。
 そう言えばマシロはみんなには見えないんだっけか。やばい。
 ずっと俺独り言言ってたように見えてたって事?
 まぁそんなこと別にいいか。気にしなくて。
 マシロと話してて楽しかったし、ヴェロアと話してても楽しかった。

「ノウトくん……。もしかして隣に座ってるのってマシロちゃん?」

「えっ……? リアにも見えるのか……?」

「う、うん。見える。めっちゃ見える。えっ可愛い……やばい……」

 リアは手を口に当てて身悶えしてた。

「ほら、マシロちゃんも遊ぼっ。ノウトくんも!」

 リアはノウトとマシロの手を強引に引っ張っていく。ノウトはヴェロアの手を取る。
 ノウトはつんのめって転びそうになり、それを見たリアがふふっ、と悪戯っぽく笑う。
 マシロもさっきのことを思い出したのか吹き出す。
 ヴェロアもははっ、と笑った。ヴェロアが声を出して笑ったのなんて初めて見たような気がする。
 笑われたのを抗議するのもなんだか違うな、とそう思って、俺も一緒に笑うことにした。
 この時の幸せをただ噛み締めるように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

まさか転生? 

花菱
ファンタジー
気付いたら異世界?  しかも身体が? 一体どうなってるの… あれ?でも…… 滑舌かなり悪く、ご都合主義のお話。 初めてなので作者にも今後どうなっていくのか分からない……

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

幼馴染のチート竜,俺が竜騎士を目指すと伝えると何故かいちゃもんつけ始めたのだが?

モモ
ファンタジー
最下層のラトムが竜騎士になる事をチート幼馴染の竜に告げると急に彼女は急にいちゃもんをつけ始めた。しかし、後日協力してくれそうな雰囲気なのですが……

〈完結〉前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。

ごろごろみかん。
ファンタジー
「これは白い結婚だ」 夫となったばかりの彼がそう言った瞬間、私は前世の記憶を取り戻した──。 元華族の令嬢、高階花恋は前世で白い結婚を言い渡され、失意のうちに死んでしまった。それを、思い出したのだ。前世の記憶を持つ今のカレンは、強かだ。 "カーター家の出戻り娘カレンは、貴族でありながら離婚歴がある。よっぽど性格に難がある、厄介な女に違いない" 「……なーんて言われているのは知っているけど、もういいわ!だって、私のこれからの人生には関係ないもの」 白魔術師カレンとして、お仕事頑張って、愛猫とハッピーライフを楽しみます! ☆恋愛→ファンタジーに変更しました

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

処理中です...