あのエピローグのつづきから 〜勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか〜

shirose

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第一章 勇者殺しの勇者

第25話 存在しないドグマ

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「……おはよう少年。腹減ってないか?」

「いえ、大丈夫です。さっき食べたので」

 少年は毅然とした態度で応じた。ここまでしっかりしてると裏があるのではと疑ってしまいたくもなる。
 ノウトはレンの隣に座って彼に耳打ちする。

「こんな聞き分けの良さそうなやつだったか?」

「彼は彼で反省してるみたいだよ。──だよね?」

 レンは少年の方に顔を向けて確認する。

「は、はい。今思えばあそこで助けて貰えてなかったら今頃死んでいたので」

「私に感謝してよ~」

「もう、ほんと感謝してます。リアさんは命の恩人です。……あの時蹴っちゃって、ごめんなさい」

「許さない」

「ほ、ほんとうにごめんなさい」

「嘘。許す。きみのこと教えてくれたらね」

 リアが悪戯げに笑う。

「勇者様方、出発するので揺れにお気をつけ下さい」

 そこで御者台から声がした。ウルバンの声だ。

「分かりました~。今日もよろしくお願いします!」

 フウカがこれに応えて、竜車はゆっくりと動き出す。魔皇討伐の旅路へと再出発だ。さすがに冗談だけど。

「ぼくに答えられることがあれば、何でも答えます」

 少年はリアの方を真っ直ぐと見て話す。とても裏があるようには見えない。

「レンくんに聞いたけどコリーくん、だよね」

「は、はい。そうです」

「なんでミカくんを殺そうとしたの?」

 おい。いくら何でも単刀直入すぎるだろ、リア。

「あれは………」

 コリーは明らかに焦った様子を見せて一呼吸置いてから、

「復讐、です」

「復讐……?」

「ぼくの住んでいた村は11年前に勇者によって滅ぼされました。ぼくはその時1歳だったので何も覚えていないのですが、その時、父が殺されて……」

「勇者が人を殺した……だって……?」

「はい」

 ここでコリーをリアが助けた時にリアやジルが推測していたことを思い出す。彼女も過去の勇者が何か罪を犯し、その結果ヨハネス教は生まれた、とかなんとか。彼女達の推測は見事当たっていたということか。

「それでもミカくんは関係ないよね」

 リアがいつになく厳しい眼差しでコリーを見つめる。

「ぼくもそう思ってます。なんで、あんなことしてしまったんだろうって。言い訳みたいに聞こえると思うんですけど……その」

 コリーはまたしても言い淀んでから、

「教会の神父様に命令されたんです。勇者が召喚されたから殺せ、って」

「神父ってヨハネス教の?」

「ち、違います。女神アド様を信仰する王都の教会の神父です。ぼくはつい最近そこに出家して教会で過ごしていたんです」

「あなたはヨハネス教徒じゃないってこと?」

 シャルロットが怪訝そうな顔でコリーを見つめる。

「はい、───というか、そもそもそんな宗教存在しないと思います、多分。ヨハネス教なんて宗教の教会があるなんて聞いた事がありませんし」

 思わず自分の耳を疑った。

「……なぁ、レン達は誰からヨハネス教のことを聞いたんだ?」

「俺らは街を歩いていた人に道を聞いたあとにその人に『ヨハネス教っていう危ない奴らがいるから気を付けて』って感じのことを言われたんだ」

「そこからこっちがこの世界の宗教のことを詳しく教えてくれって頼んだんでしたよね」

「全て嘘だった、ということかしら」

「いや、嘘とは違うと思う。実際あの国の殆どの人々は勇者のことを神と同一視している様だったし」

「──つまりはヨハネス教なんてなくってアド教の中で勇者を慕う派閥とそうじゃない派閥が存在するってわけか」

「そういうことになりますね」

 そうすると様々な疑問が浮かんでくる。ヨハネス教の『ヨハネス』はどこから名付けられたのか。またどうして同じ神を信じる宗教内でそんな派閥が生まれるのか。

 そして11年前にも勇者は存在していた、ということは想像している以上に短いスパンで勇者は生まれてきてるってことか。もっと長いインターバルで、例えば100年に一度とかそんなかとばかり思っていた。その勇者は今も生きて、どこかにいるのだろうか。

「謎は深まるばかりですね」

「ごめんなさい。僕はそのヨハネス教について全く知らないので……その、あまり詳しくは説明出来ないです」

「いやいや。充分助かったよ。ありがとう、コリー」

 レンがコリーに笑顔を見せる。コリーは覚悟を決めたような面持ちになり、

「これもまた言い訳、みたいに聞こえるかも知れないんですけど、ぼく誤解してたんです。生まれた時から勇者は非道で外道だって教わっていたので。ぼくが刺してしまった人はまだ生きてるんですよね? 会って、謝りたい、です」

 彼はこの真面目さ故に幼い頃から信じていた勇者は殺すべきという命令や思想に染まってしまったんだろう。ここ数分の問答で痛いほど伝わってきた。

「そうだね。ミカくんも君に逢いたいんじゃないかな。彼なら事情をいえばきっと分かってくれるよ」

 コリーは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
 それも当然だ。自分が悪しき者と憎んでいた存在を殺しかけて、あまつさえその勇者に今はこうして助けられている。泣いても仕方ない。しかしコリーは泣かなかった。ぐっとその感情を抑えてノウト達に向き直る。

「シェバイアに向かってるんですよね」

「うん、そうだよ」

「図々しい話だとは思うんですけど、僕をフリュードで降ろしてくれませんか?」

「いや全然大丈夫だけど、そこから行くあてはあるの?」

「はい、フリュードの郊外に祖父母の家があるのでそこに向かおうかなって思ってます」

「ならよかった。今日中には着けるはずだから安心してよね」

 シャルロットが優しく話す。

「は、はい。何から何までありがとうございます。……勇者の全員が全員悪人ってわけじゃないってよく分かりました」

「わかればよろしい」

 リアが腕を組んで頷いた。

 ヨハネス教という得体の知れない宗教。
 俺達勇者を騙すだけでなくだけでなく国、または世界全体が騙されてるような、そんな考えも頭に浮かんだりもしたが、馬鹿な考えだと頭を振って自ら否定する。
 そもそもそんなことをする必要はあるのだろうか。
 思いを巡らしているとまたいつかと同じように強烈な頭痛に襲われたので、ノウトは目を閉じて眠ることにした。

 竜車は彼等のそれぞれの思いを推し量ろうともせずに魔皇のいる方へ向かって進み続けていた。
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