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第一章 勇者殺しの勇者

第23話 追憶の夢

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 一度手に掛けた、いや何度も殺してしまった彼女がこうして本当の意味で仲間になるなんてあの時は思ってもいなかった。
 手を握りあった後しばらく続いた夜の静寂。
 それを破るようにノウトが話を切り出す。

「──リア、ごめんな」

「え? 何が?」

「こっちの事情に巻き込んで」

「いやいやいや~。わたしが勝手に首突っ込んで勝手に巻き込まれただけだから」

「それもあるけど、昨日の晩、リアを何度も殺して、本当に、ごめん」

「いいよ、わたし不死身だし。何よりあの状況だったら誰だってそうするよ。そうするように仕向けた節はあるしね」

「……リアには敵わないな。俺より何手も上手だったとか、なんか恥ずいよ」

「ふふっ。頼りにしてるぜ、〈殺〉の勇者くん」

 リアは少し笑って、この平和的作戦に全く役に立たないであろうノウトの能力を茶化してみせる。ノウトは反論する気もなんだが起きなくて自然と笑ってしまった。

 彼女の神技スキルとその知恵。
 それを借りることが出来るなんて今後の展開は想像していたよりも容易くなるかもしれない。──なんて慢心していたら足元を掬われそうだ。
 絶望的なのは変わらない。
 勇者も殺さずに魔皇も殺させない。
 これを実現させるなんて言葉にするのは簡単だが完璧に実行するのは不可能かもしれない。

 それでも、やるしかないんだ。

「そう言えばさ、ヴェロアさんに相談しなくて良かったの?」

「そもそもお前が存在する時点で勇者を全員殺すなんて不可能だって分かるから、その先は自ずと察してくれるよ。ヴェロアも良い奴だし、大丈夫だと思う」

「それもそうだね。私が魔皇さんを倒そうと思う側じゃないことに感謝してよね」

「いやぁありがとうございますリアさん感謝ここに極まれりって感じです」

「ふふふっ。その調子で精進したまえよ、ノウトくん」

「任せてくれ」

 リアがノウトの肩に手を置いて、ぐっ、と親指を立てる。
 ノウトは精一杯の笑顔で答えてみせた。
 しかし、リアはノウトの表情を見て何処か悲しげな面持ちになる。

「でも、無理はしないでいいからね」

「分かってるよ」

「いつでも私を頼っていいから」

「……おう」

 またしても数秒の間、その場を静寂が支配する。

「……リア、服乾いた?」

「いや~、それが全然。少し寒いや」

「着替えた方が早いな」

 ノウトはポケットから懐中時計を取り出して微かな朝焼けの光を頼りにそれを見る。
 時刻は午前3時強。
 既にフウカが見張りをする時間になっていた。

「そろそろ見張り交換しに戻りに行こう」

「そうだね」

 リアはそう言って立ち上がった直後徐ろに服を脱ぎ始めた。
 彼女は一瞬で下着姿になる。薄暗くても見えるもんは見えてしまう。
 俺は自分の手で自分の目を隠して、

「っておい!」

「なに?」

「俺の目の前で着替えるなよ!」

「えぇ~。君の服、羽織ってるからいいでしょ~?」

 リアは俺が渡した外套を両手で掴んでひらひらと動かす。

「良くないわ! 前から丸見えなんだよ!」

「いや下着着てるからいいじゃん」

「いやそれでいいって言うならお前の感性を疑うんだが」

「一緒にベッドに入った仲でしょ?」

「言い方おかしいだろお前!」

「ふふふっ。やっぱ面白いなぁ、ノウトくんは」

「くっそ……」

「ほいっ」

 リアが脱いだ服をこちらに投げてくる。避ける訳にも行かないのでそれを仕方なくキャッチする。

「ごめん、干しといて」

「仕方ねぇな。やっとくよ」

「ありがとう、ノウトくん。おやすみ!」

 リアはレンたちの寝ている焚き火のある所に走っていって、彼女の荷物を漁り着替える。

「ったく……」

 リアは屈託のない笑顔で手を振ってから横になった。
 ノウトは今度は無視せずにちゃんと手を振って答えてみせた。
 ノウトはリアの服を竜車の窓枠に掛けてからフウカが寝ている所に歩いていく。
 彼女の肩を揺すりながら、

「フウカ、見張り交換だ。起きてくれ」

「……う、うにゃ………は、はい。了解です……」

 フウカは案外すんなり起きた。昨日は四時には起きてたって言ってたっけ。早起きなんだな。

「じゃあノウト、おやすみなさい。ゆっくり休んで下さいね」

「おう。フウカも無理しないで。おやすみ」

 フウカに手を振ってからノウトは自分の寝ていた場所にもう一度、横になる。
 地面と身体の間に一枚布を挟んでいるとはいえ、やはり寝心地は良くない。
 しかし目を閉じると、疲れていたからか直ぐに眠りに落ちることが出来た。



          ◇◇◇



 夢を見た。

 見渡す限りの草原。

 草いきれとそれを乗せて吹き続ける心地よい風。

 俺は猫耳の生えた少女と手を合わせていた。

 彼女の目にも止まらない殴打を俺はあろう事か全て受け止め、受け流す。

 彼女はやっとの思いで俺に攻撃を当てて俺は2、3メートル吹っ飛ぶ。彼女は疲れ果てて息切れを起こし、そして笑う。

 直後、彼女の左腕と両足を残してそれ以外がぱっ、と文字通り消える。
 残された腕と脚の断面から血が吹き出る。

 その血で視界は真紅に染まる。


 落涙と鮮血。



 暗転。



 薄暗い場所だ。

 鼻に来る刺激的な臭い。

 足元に散らばる紙を大股で跨いで、毛布に包まれた彼女の身体を揺する。

 彼女に何度も呼びかけるとやっと彼女は起きた。

 大きな角に小さい体躯。

 真っ白で雪のような肌。まるで人形のようだ。

 突如彼女は俺の左手を掴んでそれを舐める。

 舐められたその左手を引っ込めると彼女は急にその服を脱ぎ始めた。




「いや、なんで脱ぐんだよ!」

 俺はツッコミながら、ばっと飛び起きた。
 夢を見ていたようだ。
 漠然とだが内容は覚えてる。猫耳の少女と大きな角の生えた女の子。
 意味不明な夢だった。なんだったんだろう。

「ノ、ノウト? どうしたんだ?」

 目の前でレンが目を見開いて驚いていた。
 どうやら朝支度をしているようだ。

「い、いやなんでもない」

「びっくりしたよ。てっきり誰かが目の前で脱ぎだす夢を見たのかと」

「いやに察しいいなお前」

 レンは、ははっと笑った後、荷物を持って竜車に向かって歩いていった。
 リアやフウカがいないのを見ると俺が起きるのが一番最後だったようだ。ただ誰にも起こされなかったことからそんなに遅く起床した訳でもないことが分かる。出発は朝7時。懐中時計を確認したところあと20分くらい余裕がある。
 俺は軽く身支度を済ませて、野営用の寝具を畳んでからそれを方に担いで竜車へと向かう。ウルバンが走竜に丁度餌を与えていた。

「ウルバンさん、おはようございます。今日も宜しくお願いします」

「ノウト様おはようございます。はい、勅令全うさせていただきます」

 彼に挨拶をしてから客車の後ろに荷台に寝具を他の寝具と同じようにしまう。
 そこで他のパーティーの竜車に目を配る。
 ミカエルが丁度竜車に乗ろうと足を掛けている所で目が合っておはようと手を振り合う。
 竜車の数を数えると自分たちのを合わせてその数、四台。……………四台?

「なんだって……」

 思わず心の中で思ったことを口に出していた。

 竜車が、一台足りない。
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