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しおりを挟む「魔皇様! お怪我はないですか!?」
「それはこっちの台詞だ! お前っ、全身血だらけじゃないか!」
「俺のことなんて今はどうでもいいでしょう!」
「何を言ってるんだ!! お前達無しじゃ、この世界に……生きてる意味なんてないだろうが!」
「今、言うことですか!?」
「知るか!」
くそ。どうしてこうなった。なんで。なんで。頭の中を後悔と寂寥が支配する。
ああ、俺はまた───
「……………ラウラはどうした?」
「彼女は………殺されました……。申し訳ありません、また守れなかった」
「……くそっ、はぁ………はぁ……うぐっ」
今は《暗殺》で魔皇様ごと気配を消せてはいるが、いつ彼奴等が俺らを見つけるか分からない。
怪我を負っているため〈神技〉の行使が安定しない。
切断された左手は死ぬほど痛いし、口の中は血に染まっていて言葉を発する毎に血反吐を吐いてしまう。
だが、俺は高揚感と緊張により今は痛さよりも先にこれからどうするべきかを熟考していた。
「……私はもうだめだ。勇者に魔術を……完全に封じられてしまった。あんな奴がいるなんて、予想できなかった……」
「奴ら強いのは分かってはいるつもりでしたが、なにより早すぎます。人数は前回の何倍もいますし……やはり何かがおかしい」
「考察してる場合じゃないぞ。ほら、急げ!」
「もう少しで着くので急かさないで下さい! 俺が死んだら作戦も困難になりますから!」
「───お互い、傷だらけになってしまったな。無理させてすまない」
「……いえ、魔皇様が生きててくれればそれだけで充分ですよ」
「そう言うこと真顔で言うな。恥ずいわ」
「はいはい」
魔皇様と二人三脚で目的地まで何とか辿り着けそうだ。魔帝国にいた民達ももう俺と魔皇様以外全員殺されてしまった。
国民は避難はさせておいたが、奴らは見境無しに殺し尽くしたのだ。まさか、帝都も襲われるとは思わなかった。
ラウラ。ロス先輩。メフィ。ユーク。シファナ。チナチナ。みんな、みんな……もうこの世にはいない。
ここで失敗は出来ない。
これは一種の賭けだ。その賭けに勝つ確率は一割もないだろう。だがやらなくては、ここで終わる。
「……魔皇様」
「なんだ?」
「また、お会いしましょう」
◇◇◇
「ここから先には……行かせぬぞ……っ!!」
血だらけの少女が叫んだ。年端のいかない幼気な女だ。その少女には角が生えている。それが滅ぶべき種族、魔人である証明だ。
全ての魔人を駆逐するべく俺らは地を駆けていた。多くの仲間を喪って、遂にここまで来た。魔皇城の入口前。城下町は全て焼け野原と化していた。
「悪いけどな、そういう訳にもいかねぇんだ」
フョードルが上衣のポケットに手を突っ込んだまま宣う。彼の後方からは幾万の兵士が付き従えていた。その先頭には、先程死線をくぐったのちに従えさせたヴァンパイアが立っていた。
「ロストガンっっ!!」
魔人の少女が片腕を抑えて、その名前を叫ぶ。
「貴様ら……ロストガンに何を……っ」
俺が右手を赤く染まった空へと向けた。
「もういい」そして、手のひらを少女へと翳す。「眠れ」
手のひらの内で光が収斂して、瞬き、次の瞬間には目の前の名も知れぬ魔人の少女は空気中に霧散して、存在ごと消え去っていた。
「……あっけねーな」
フョードルが頭の後ろを搔いた。俺はその言葉に何も返さずに歩を進めた。重厚な扉を消し飛ばし、暗く澱んだ通路へと視線をやる。
「アル……こっちは……終わったよ」
ふいに、後ろから声がかかって、俺はその声のした方に振り返った。
「ヴェッタ、怪我はないか」
「うん………だいじょうぶ……」
ヴェッタは風を纏い、ゆっくりと降下して、床に着地した。俺はヴェッタの頭に手を伸ばし《軌跡》を発動させた。
「けがなんてないのに……なんのため……?」
「念の為だ」
俺はヴェッタの頭から手を離して、そして前を向いた。
「ここまでよー、長かったよな」
フョードルは自らの従えた兵士を先に行かせながら言った。
「──ああ、本当に」
俺は声を振り絞るようにして言葉を零した。時間として見ればあっという間だったかもしれない。だが、ここまでやってきたこと、やられてきたことを精算すれば、とてもあっという間なんて言葉では形容は出来ない。
「セルカ……」
フョードルが震えるような声で呟いた。
「レティもジークも……それからシメオンも……みんな……死んじまったんだよな…」
「……全て、俺のせいだ。初めから俺だけが無理をすれば」
「アルのせいじゃ……ない」
ヴェッタが小さな声を、その小さく開いた口から発した。
「みんな……がんばったから、だから、今ここにあたしたちがいる。あたしたちが、生きてる」
「ヴェッタ、いいこと言うじゃねぇか」
フョードルがにっ、と笑ってみせた。
「俺達はどれだけ失っても進まなきゃいけない。魂を、記憶を──自分を取り戻す為に」
俺が毅然とした声で言うと、ヴェッタとフョードルがこちらを見て、然と頷いた。
「なぁ、アルバート」フョードルが俺の肩に手を添えた。「俺、お前に着いてきてマジで良かったって思ってる」
「らしくないこと言うなよ」
俺は笑ってフョードルの背中を軽く叩いた。
「こんな恥ずいこと言うのもこれで最後だからな」
「……ああ、そうだな」
最後。そう、最後だ。これで俺たちは最後を迎える。ここまで来た俺らならば、魔皇も倒せないことはないだろう。魔皇の首を持ち帰って、俺らは取り戻さなくては行けない。
左手の甲に浮かび上がる勇者の紋章へと目をやる。その一部は黒く歪んでいた。
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「やはり、この城の中には魔皇はいないか」
「そうみてーだな」フョードルが《王命》で従えた兵士を手許へと戻す。「さて、どこにいんのかねぇ」
フョードルがそう言った直後だった。眩い閃光が辺りを迸り、大地を駆けた。俺は咄嗟に目を瞑ってしまった。それが間違いだった。
ドンッッッッッッッッッッ!!!!!
耳を聾するような轟音が背後から鳴り響き、果てしない衝撃波が───
「づっっ!!」
俺は咄嗟に《聖盾》を張ってヴェッタとフョードルごと守った。
「大丈夫か!?」
「ああ、なんとかな」「うん」
二人の声がした。良かった。見ると、立っていた大地ごと穿たれていて、大きなクレーターが俺らを中心に生まれていた。フョードルの従えた兵士は全員爆散してしまったようだ。どこからだ。どこから。この衝撃を起こした相手を探ろうと辺りを見回す。
「この馬鹿みてぇなパワー……魔皇か?」
フョードルが地面に《王命》を使って俺らを囲むように小さな要塞を作り出した。
「あたしがさがす」
ヴェッタが言うと、突然、霧が辺りを包んだ。ヴェッタはこの霧の中にいる対象を全て把握することが出来る。効果範囲はざっと半径一キロメートルあたりだろう。やろうと思えばまだ範囲を広げることは出来るだろう。ヴェッタの神技は強力過ぎるのだ。
「この感じ」ヴェッタが目を細めた。「……地下……かな」
「見えねぇ場所からとは……卑怯な野郎だぜ」フョードルが鼻を鳴らした。「アルバート、上からドカンとやっちまうか?」
「神技の同時使用は不安定だ。お前らまで巻き込む可能性がある」
「そういうところだよなー、お前」フョードルが肩をすくめる。
「それに、頭を持ってかえらないといけないから、派手にころすのは、だめ」
「ヴェッタの言う通りだ。俺たちはその為にここまで来たんだからな」
言うとフョードルが手を合わせて、ポキポキと鳴らした。
「さて、最後にふさわしい戦いにカチ込むとするか」
ヴェッタがすたすたと歩いて、地下に続く坑道へと歩いていった。
「ここから、入れそう」
先程作られた巨大なクレーターの端に埋もれるように穴が空いている。中は暗く、灯りの類いがぽつぽつと点在している。何故か、
「俺が先頭を進む。殿はフョードル、頼むぞ」
「はいよ」
フョードルが頷く。
俺は《焔罪》で辺りを照らしながら先へ進んだ。
「まって」ヴェッタが小さな声をあげた。「そこを右に曲がったところに……」
いる。魔皇がそこにいるのだ。俺は右手を口の前に持っていき、人差し指を立てた。足音を殺して、ゆっくり、ゆっくりと歩いていく。角から頭を出して、魔皇の姿を捕捉する。
───二人……?
魔皇だけじゃない。角の生えていない何者かがいる。角が生えた方を魔皇と仮定するなら、もう一人は誰だ。黒い翼が背中から生えている。魔皇に肩を貸して、徐ろに歩いていた。まだ生き残りが居たのか。だが、関係の無い話だ。殺すだけ。先に肩を貸している奴を殺そう。俺は手を向けて、照準を合わせ───《黎明の光》を放った。
おそらく、瞬きをしたんだと思う。その刹那、さっきまで奴らがいた所には何者も立っていなかった。
「……やったのか!?」
「いや、まだだ。奴らどこに消えた……?」
「アル!!」
ヴェッタが叫んだ。俺は《鐡刃》で手に馴染む剣を作り出して《剣聖》を身に纏い、《永劫》で世界の時を止めた。この世界で思考だけが加速する。今のヴェッタの言い様からして、俺の真後ろに敵がいるようだ。《永劫》を解除し、剣を構えて後ろに跳んだ。
「……今の見切れるとか、何者だよ」
背中に黒い翼を生やした少年が、肩で息をしながら言った。
「魔皇はどこだ」
俺が言うと目の前の少年は見据えるようにこちらを見た。
「教える義理はないよ」
「そうか」ゆっくりと顎を引いて、手を翳す。「なら、静謐に眠ってくれ」
《虚儚》と《弑逆》を纏った光の線が須臾の間に少年へと飛んでいく。
だが。どうしてだ。
「いやいや、あんた、強すぎるだろ」
喘鳴を奏でる少年は、さも当然のようにそこに立っていた。
「──お前、なぜ生きている……?」
「……あんたらを先に進ませるわけにはいかないんでね」
と言うと、その姿がゆらりとゆらめいて、その場にもともといなかったが如く姿が見えなくなった。消えたのだ。
「今……アルバートの攻撃当たったよな?」
「……ああ」
確実に命中したはずだ。それなのに、どうして奴は生きている。
落ち着け。勝てない相手ではない。
《強欲》で奪うべきだったか。それとも不安定だが一撃必殺の《空断》を使うべきだったか。くそ。相手の力を見誤った。少なからず驕っていたは確かだ。少し冷静になれ、俺。俺の攻撃を防ぐなんて、どう考えても今までで一番の強敵だ。
「ヴェッタ、奴はどこに」
「どんどんはなれてる。あっち」
坑道の奥へと視線を向けた。ごくりと息を呑む。俺が恐れているのか。次は確実に《強欲》を使ってやる。
地下道では、こつこつと靴が石床を叩く音のみが反響していた。変に静かだ。いつ襲ってくるかも分からないのが非常にストレスだ。後ろを振り返る。ヴェッタが首を振った。つまり、この先から魔皇と先程の黒い翼の男は動いていないということ。ここで決着をつける。
「この部屋のなかに……」
ヴェッタが呟く。小さく深呼吸をして、そして扉を《虚儚》で消し去った。人影を目視した瞬間に《強欲》を行使する。自分の内に力が溢れて来るのが分かった。
───勝った。
勝ちを確信した俺はどんな顔をしているんだろうか。自分では分からない。笑っているのか。疲れた顔をしているのか。それとも、泣きそうな顔をしているのか。
「よくここまで辿り着いたな、勇者たちよ」
魔皇が振り返った。同じ歳くらいの女の子だった。怪我をしていて、片手で肩を抑えている。だが、角が生えている。魔人だ。殺さなくては。
「余は魔帝国皇帝ゼノヴェロア・マギカ=ジーガナウトだ」
俺は息を呑んだ。目の前の魔皇を名乗る真っ白な少女は、死を前にしてその目は死んでいなかった。依然、魔皇としての威光をその瞳から迸らせている。一瞬、ほんの一瞬だけ威圧感で骨が震えるような錯覚に陥った。
黒い翼を生やした少年が魔皇の前に立った。彼もまた、傷だらけだ。何も出来ないのに、魔皇を未だ護ろうとするその心意気には関心せざるを得ない。
しかし───何をしたとしても、死は平等に訪れる。
「最期に、何か言うことはあるか?」
俺の口からそんな言葉が漏れた。不思議だった。今までどんな相手も一撃で殺して来たのに、死に際の一言にこんなに興味が湧くなんて。
「そうだな」
魔皇は顎に手をやって、それから壁にもたれかかった。
「君は、その様子では勝ちを確信しているようだが」にっ、と口角をあげて、魔皇が言い放つ。「きっと、私たちに勝つことはできないよ」
「──そうか」
……最後まで強がるか。聞いた俺が馬鹿だったな。
俺は手を掲げて、魔皇から奪い取った技を本人へと構える。
右手の中心に光が溢れんばかりに輝いて、瞬き、煌めいた。星辰の如き閃きが辺りを白妙に染める。そして、その場を光輝のみが支配して─────
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