30 / 31
第30話 妹が叫びたがってるんだ。
しおりを挟む話し合う、なんて意気込んでみたはいいもののなかなか『みんながやりたいこと』が一致しない。
それもそうだ。ここにいる全員が趣味嗜好も全く異なるし、好きなことや嫌いなことも相容れない。
それでも何故かこの空間はとても私にとって暖かいというか、優しい感じがした。
話し合いは数分程度で停滞を迎えて一向に先に進まなくなった時に、灰咲先輩が口を開いた。
「今日はこれくらいにしましょうか。非常に不服だけれど七宮君がいないとスムーズに進まないわね」
なんだかんだ私達の橋渡し的な存在になっていたお兄さんなのだった。
「じゃあ、お兄さんが来たら帰ることにしましょうか」
「そうだな。それにしてもベルフェゴールのやつ遅くないか?」
「ほんとですね。もう来ててもおかしくないのに」
お兄さんの身に何かがあったのか。それを知る術は今の私は持ち合わせていない。
悪い予感が的中しなければいいのだけど……。
私達はお兄さんのことをそれぞれが好きなことをやりながら待つことにした。
灰咲先輩と永淵先輩は読書。もっとも、永淵先輩が読んでるのは漫画だから読書と言えるのか分からないけど。
私は携帯端末を操作していた。そして、その中で見つけたとある情報に目が留まる。
それは、こことそう遠くない場所で起こった事故についてのニュースだ。
工場廃墟が原因不明の出火によって全焼した事故と報道されていた。何から何まで曖昧模糊なそれは事故や災害と断言するには少し早計な気がした。
どこか事件めいたような、もしくは────
「………ん?」
一人熟考に浸っていると、須臾に感じた唐突な寒気。
なんだろ、と思い自らの身体を見下ろして、
「……っ!?」
絶句する。
そして驚きのあまりガタッと音を立てながら椅子から立ち上がった。
「え、な、なんで……?」
私の服が────
「「…………………ぇ」」
見ると灰咲先輩と永淵先輩は私の奇妙な変化に気付いて喫驚し、唖然としていた。
わずか数秒の沈黙がこの場を支配して、次に永淵先輩が口を開いた。
「七罪ちゃん……なんで……」
永淵先輩はあまりの戸惑いにキャラ崩壊が起きてしまっていた。
簡潔に、そして明瞭に結論を言葉にする。
「スク水、着てるの……?」
そう、さっきまで着ていた制服やその他もろもろはさっぱり消え去り、その代わりに今私はスクール水着を着ている。
大事なことなのでもう一度言うと、私は今スク水を着ています。
「え………いや、これは………」
ほんの一瞬だけ戸惑ってしまいましたが、私はすぐにこの現象の原因に辿り着くことが出来ました。
これはお兄さんの〈神技〉が暴走したゆえの結果。
おおかたスクール水着のことを想像し、私がスク水を着ている姿を妄想してしまったといったところでしょう。
今まで学校内ではこんなことなかったのに、ここに来て暴走してしまいましたね………。
(まぁ授業中とかじゃないだけマシですね、はい)
と自分に強く言い聞かせて何とかこの場を凌ぐ言い訳を考える。
今の私は突然目の前でスクール水着姿になった変態。変に取り繕ったりせずに、そう、冷静に対処しましょう。
「ちょっと暑かったので脱いじゃいました~。いやぁ暑いですね~ここ」
「そ、そう? ……いや、そういう問題ではないのでは………? 私は刹那的に着替えたことにびっくりしたんだけど……」
「こ、これは………そう! 私早着替えが特技で……あはは」
いやどこが冷静ですか私! 取り乱しすぎです! 女神の威厳を見せつけなくてはダメなのに!
……うぅ………正直言うと恥ずかしさで死んでしまいそうです。
……いや、お兄さんとお風呂に入った時を思い出してください、私。あの時以上に恥ずかしさを覚えた時はないです。あの時のことに比べれば知人の目の前でスク水姿になることなんて───
あああああああ逆効果だったああああ。
お兄さんと一緒にお風呂に入った時のことが頭にチラついて急に恥ずかしくなってきたあああああああ。
あの時なんで一緒にお風呂に入るなんて言ったんだろ私うわああああああ。
ふぅ……。
冷静になりましょう。心を落ち着かせるのです。
明鏡止水、虚心坦懐、泰然自若、光風霽月────
よし。
頭から邪念を消し去り、視線を前に戻すと灰咲先輩の視線と自分の視線が交差した。
あれ、何か灰咲先輩の様子がおかしいような───
「七罪ちゃん」
「は、はい」
「私を誘ってるの?」
「さそ……………え?」
今、灰咲先輩なんて言ったんだろ……。
私の聞き間違いじゃなければなんか変なことを言っていたような気がする。
灰咲先輩は目線を下に向けて、
「こんな可愛い娘と同棲してるなんてやっぱり七宮君は殺すべきね……羨ましくて吐きそう……」
と小さく呟いて口を抑えた。あまりに小さい声音だったため何一つ聞きとることは出来なかった。
改めて考えるとなにこの状況。
どう収集つければいいんだろうか。
私は自分の意思で脱いだみたいになってるし、そもそも服がなくなったから着直すこともできないし。
ああああぁぁあもうお兄さんのせいでとんでもない空気になってますよ!!
私がそう心の中で叫んだ、その瞬間。
ガラッ。
その音と共に部室の扉が開かれた。
そこにいたのは─────
◇◇◇
(あんな濃ゆい面々を今まで知らなかったとか俺どんだけ妹のいない世界に興味なかったんだよ……)
生徒会室から出た廊下を歩きながら脳内で独りごちる。
拉致されたことに対してはもっと怒ってもよかったかもな。でも誤解を与えたのは俺だし、別にことを大きくする必要は無いか。
俺には妹がいれば、七罪がいればそれでいいんだから。
廊下をただ歩き、改めて決意を固めたところで部室の前に辿り着いた。
俺は手を伸ばして扉を開ける─────
「なっ……!?」
中にいた七罪、ノア、灰咲の視線を全て感じつつも、その七罪の姿に驚愕する。
「な、なんでそんな格好してんの?」
俺がそう呟いたと同時にこちらに七罪が近づき、
「ちょ~~っと廊下出ましょうか~」
そう言って扉を後ろ手でぴしゃりと閉めた。
「早く制服着させてください」
七罪は頬をぷくーっと膨らませる。
かわいい。
「ごめん、いまいち状況が理解できないんだけど……」
「いいから」
七罪が顔をぐいっと近づけて命令する。
俺は《創妹》で七罪に制服を着させた。
それと同じ瞬間にあるひとつの推測が頭に浮かぶ。
はっ、と俺は息を呑み、結論に至った。
「もしかして、俺のせい?」
「そうですけど」
七罪は顔をそむけて、そっぽを向いた。
やばい。明らかに機嫌を損ねてる。
「本当にごめん。七罪のスク水姿は俺だけが見ていいやつなのにな」
「いやそこじゃないでしょ! ……まぁ、いいです。そのつもりがなかったなら、お兄さんのせいではないですしね」
くすっと笑い、七罪の頬が緩む。
しかしその直後、七罪は毅然とした表情になり、こちらをしっかりと見据えた。
「でも、一つだけ言っておきます。私がその能力を使っていいって言う以外その能力のことは意識しちゃダメですからね」
「了解した。でもさ俺が七罪のことを想ってないときなんてないから、必然的にその能力のことも結びついちゃうわけで───」
「よ、よく恥ずかしげもなくそんなこと言えますね」
二人でこそこそ話してると部室の扉が開かれて中からノアと灰咲が出てきた。
「二人で何やってるのかしら」
灰咲は腕を組んでこちらを見る。そういう意図はないのだろうけど腕で胸が強調されて視線がそこに移動せざるを得ないというかなんというか、と俺の頭が変な方向で混乱した。
俺は頭を振ってなんとか意識をここに戻す。
七罪は灰咲の質問に答えるように口を開いた。
「お兄さんが私の制服を持ってるので着させてもらったんですよ~」
「「「!?」」」
七罪を除いたここにいる全員がその言葉によって喫驚する。
灰咲もノアも完全に引いたような目線でこちらを見ていた。
突然何言ってんだこの妹!
七罪は俺の耳に口を当てるように耳打ちした。
(なんとか話を合わせてください。〈神技〉のこととかバレちゃダメですから)
な、なるほどそういう事か。てっきり俺が七罪の制服を肌身離さず持ってるのがバレたのかと……。いや今はそんなことどうでもいい。とにかく妹の要望に応えなくては。
「そうなんだよ~。七罪すぐにスク水になる癖があってさ。それで俺が替えの制服をいつも持ってるってわけなんだあはは」
「いや全くもって意味が分からないが……!?」
ノアは目を丸くして驚きを隠せないでいる。
「そもそも元の制服はどこ行ったのかとかどうやって瞬間的に着替えたのかとかツッコミどころしかないのだけれど」
灰咲は驚いた顔から一転して無表情で淡々と言葉を紡ぐ。
俺がそれに対しての言い訳を考えていると、灰咲が口を開いた。
「まぁそんなことどうでもいいわ。七宮君」
「な、なんだ?」
「死んで」
「直球だな!」
「そうね、死ぬだけじゃ生ぬるい。去勢するしかないわ」
「なんでそうなった!?」
「ナニを切り落とすって話だけれど」
「そういう意味じゃねぇよ!」
こいつほんと頭のねじが吹っ飛んでやがる。去勢されないように気をつけないと……。いや、万が一にもそんなに可能性ないんだけど。
「まぁ、お話はこの辺にしておいて帰りましょうか。お兄さんが来たら帰るって話だったので」
「えっそうなの? 俺何もしてないけど」
「今日の活動は終わったからいいのよ。それにあなたは十分仕事をしてくれたわ。あなたの去勢手術の日取りも先延ばしにしてあげる」
「もうそのネタはいいから! ていうか仕事って……俺、何かしたか?」
「ああ、ベルフェゴール。お前はよくやってくれたよ」
ノアが俺の肩にぽんっ、と手を置く。
「えっ、いや全然話が見えてこないんだけど」
「お兄さん、ファイトです」
七罪は両手を胸の前に上げてがんばるぞい的なポーズで応援した。かわいい。
みんなそう言って俺を置いて歩いていく。
「いやなになになに怖いんですが!」
俺はその背中を追いかけて駆けた。
のちに七罪の口から語られるのだが、俺が(仮)部の部長に決定したとのことらしい。
俺の了承なく部長にさせられるって鬼畜かよ……。
くっそ……俺があの部活動対抗戦に出るのか………めんどくせぇ……。
大きな溜息が俺の口から零れた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる