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第四話
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この日、下城の触れ太鼓が鳴ると、猪四郎は急ぎ城門を出て大手前の通りを茶屋町に向かった。大通りとはいえ、地方の小藩でもあり人通りは多くはない。
猪四郎は、ある茶屋の前まで来ると、周囲に目を配りながらサッと路地に入った。そこで身を隠しながら、人が通る気配がすると顔だけ出してそれを確かめた。
やがて、通りの向こうから娘が歩いてくるのが見えた。みをという猪四郎が心惹かれている娘だ。何か稽古事の帰りなのだろう、この時刻に見かけることが多く、一度だけ言葉を交わしたことがある。
風の強い日で、みをが目に入った埃を拭おうと手拭いを出したところ、それが風に飛ばされた。飛んでいく手拭いを居合せた猪四郎が必死に追いかけて捕まえ、みをに手渡したのだ。お礼の言葉の後に名前を聞かれ名乗った。そして、一言二言だが話をした。
それ以来、すれ違う度にみをは笑顔で会釈してくれるようになった。ぽっちゃりとした色白で、切れ長の目と小さな口が愛らしい。自分には高嶺の花だとは思っているが、やはり心の中が知りたかった。
猪四郎はおもむろに通りに出て、背筋を伸ばし、胸を張って歩き出した。みをが次第に近づいて来た。不安と期待が交互に胸を襲いそれらが増していった。みをが視線を向けた。
「・・あ、猪四郎様だ。今日は何だかぎこちない変な歩き方だわ・・」
猪四郎は肩の力を抜いて手と足の動きに神経を集中させた。
「・・最近、機転をきかせて馬を救ったらしいわね。殿様より直々にお褒めの言葉を受けたなんて凄いわ・・」
みをは極上の笑顔で会釈をした。
「・・人は見かけによらないわね、全くうだつの上がらない方だと思っていたのに・・」
横を通り過ぎて行く。
「・・それほど出来る方だったのね。もう少し・・」
みをの声が小さくなり、やがて聞こえなくなった。
猪四郎は立ち止まった。もう少し何だったのか、その先が聞きたかったからだ。振り返って追いかけようかとも思ったが、人通りもあり、さすがに躊躇した。この動揺が自分の動きを不自然にしてしまったようだ。風呂敷包みを抱えた商人が通り過ぎ際にチラリと視線を送って来たのだ。猪四郎は諦め切れない思いを残してまた歩き出した。
それでも、軽い驚きが心に起こっていた。例の件で自分を見直したようであり、しかも、「出来る方」とまで言ったのだ。自分の容姿についての聞くに耐えない侮りも覚悟していただけに、願っても無い結果とも思えた。
ふと、自分が気にするほど、女にとっては男の容姿は気にならないのかもしれないという思いを持った。むしろ、仕事が出来るか否かが大きく物を言うのだとも。容姿端麗の相手と所帯を持ったのは良いが食うに困る生活を送るか、多少容姿に難があっても出世した相手の元で優雅な生活を送るか。どのような女であれ答えは一緒だろう。
もう少しみをの言葉が聞きたかったと悔やまれる気持ちが残っているが、それよりも、と猪四郎は気持ちを切り替えた。このまま、庶務役の平士で終わる訳にはいかないという思いが起きていた。
猪四郎は、ある茶屋の前まで来ると、周囲に目を配りながらサッと路地に入った。そこで身を隠しながら、人が通る気配がすると顔だけ出してそれを確かめた。
やがて、通りの向こうから娘が歩いてくるのが見えた。みをという猪四郎が心惹かれている娘だ。何か稽古事の帰りなのだろう、この時刻に見かけることが多く、一度だけ言葉を交わしたことがある。
風の強い日で、みをが目に入った埃を拭おうと手拭いを出したところ、それが風に飛ばされた。飛んでいく手拭いを居合せた猪四郎が必死に追いかけて捕まえ、みをに手渡したのだ。お礼の言葉の後に名前を聞かれ名乗った。そして、一言二言だが話をした。
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猪四郎はおもむろに通りに出て、背筋を伸ばし、胸を張って歩き出した。みをが次第に近づいて来た。不安と期待が交互に胸を襲いそれらが増していった。みをが視線を向けた。
「・・あ、猪四郎様だ。今日は何だかぎこちない変な歩き方だわ・・」
猪四郎は肩の力を抜いて手と足の動きに神経を集中させた。
「・・最近、機転をきかせて馬を救ったらしいわね。殿様より直々にお褒めの言葉を受けたなんて凄いわ・・」
みをは極上の笑顔で会釈をした。
「・・人は見かけによらないわね、全くうだつの上がらない方だと思っていたのに・・」
横を通り過ぎて行く。
「・・それほど出来る方だったのね。もう少し・・」
みをの声が小さくなり、やがて聞こえなくなった。
猪四郎は立ち止まった。もう少し何だったのか、その先が聞きたかったからだ。振り返って追いかけようかとも思ったが、人通りもあり、さすがに躊躇した。この動揺が自分の動きを不自然にしてしまったようだ。風呂敷包みを抱えた商人が通り過ぎ際にチラリと視線を送って来たのだ。猪四郎は諦め切れない思いを残してまた歩き出した。
それでも、軽い驚きが心に起こっていた。例の件で自分を見直したようであり、しかも、「出来る方」とまで言ったのだ。自分の容姿についての聞くに耐えない侮りも覚悟していただけに、願っても無い結果とも思えた。
ふと、自分が気にするほど、女にとっては男の容姿は気にならないのかもしれないという思いを持った。むしろ、仕事が出来るか否かが大きく物を言うのだとも。容姿端麗の相手と所帯を持ったのは良いが食うに困る生活を送るか、多少容姿に難があっても出世した相手の元で優雅な生活を送るか。どのような女であれ答えは一緒だろう。
もう少しみをの言葉が聞きたかったと悔やまれる気持ちが残っているが、それよりも、と猪四郎は気持ちを切り替えた。このまま、庶務役の平士で終わる訳にはいかないという思いが起きていた。
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