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懐柔
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長久が火鉢に手をかざしている。
「遅いなぁ国口は、約束の時刻をとうに過ぎているでは無いか」
六郎左衛門が腰を浮かしたり下ろしたり落ち着きがない。
「時刻を間違えているのか、それとも鷹が暴れてもいるのか、あるいは・・」
清光が血相を変えてかけて来た。
「国口が断ってきました。鷹は最上に譲り渡すと言って来ました」
長久と六郎左衛門が立ち上がった。
「何だと」
「最上はもうそこまで手を回したのか」
「ううむ、さすがは守棟、敵ながら天晴れだ」
「殿、感心している場合ではありませんぞ。ここは白鳥の一大事。早急に対応する必要があります」
清光が頷いた。
「国口に会って思い止まらせます。最上の勝手にはさせません」
清光が立ち去ろうとするのを長久が止めた。
「待て、清光」
清光が振り返えると長久が戻るよう手招きした。
「戻れ。ここは落ち着いて策を練るぞ。場当たりの対応やはったりを使った幸運はそう何度も続かない。対応を誤ると致命傷になりかねない場面だ。十分に協議する」
「しかし、早急に手を打たないことには、それこそ致命傷に」
「わかっておる。二日も三日も待てとは言わない。ほんの半刻ほどだ」
「はあ・・」
清光が渋々従った。
「我ら三人に布を加えて策を練る。六郎左衛門、呼んできてくれ」
「奥方様を加えられるのですか」
「そうだ。中々の策士であることがわかった。今更ながらではあるが」
六郎左衛門が戻って来た。
「奥方様は、腹の中でややこが暴れているそうで、落ち着くまでしばしお待ちを」
「そうか、元気の良い子のようだな」
清光がイラついて立ち上がった。
「何を悠長なことを。そんなことしている場合ではありません。もう待てません」
「待て、清光」
六郎左衛門が叫ぶと、長久が座ったまま清光を見た。
「落ち着け清光。確かに今は重大な局面。其方の気持ちは痛いほど分かる。ここで失敗したら出羽の覇権を白鳥が握ることが出来ないかも知れない。だが全ての結果はわしが全部背負う。誰のせいにもしない。だから、今はわしの指示に従ってくれ」
六郎左衛門が立ち上がって清光の肩に手をかけた。
「殿が覚悟を決めたのだ。我ら家臣は従うのみ。違うか清光」
清光が静かに座った。
「ああら、お待たせいたしました。もう、ややこが暴れて大変なのです。ほら、ここをお触りくだされ。動きがよくわかります。ほほほ、ほんに元気の良い子」
布姫がお腹をさすりながら場に加わった。
半刻ほどの協議を終えて清光が国口の元に急いだ。
「最上は氏家守棟が来たのか」
「まあ、そんな奴だったかな」
「白鳥と其方との交渉のことを、どうして最上が知ったのだ」
「敵に間者を放っているのはお互い様だろう」
「なるほど。それで、条件は白鳥よりも良いということか」
「同じようなものだ」
「では、何故最上に譲ることにした」
「最上に恨みは無い」
「やはりそこか。致し方ない」
清光が酒の入った徳利を差し出した。
「これは殿からだ。飲んでくれ」
「いいのか、鷹は渡さないのだぞ」
「構わない。だからといって持って帰るほど心は狭くない」
「なら遠慮なく」
国口が立ち上がって酒を受け取った。酒碗に注いで一気に飲み干した。更に碗に酒を注ぐと清光に差し出した。清光がそれを受け取って飲み干した。
「ほう、いける口だな」
「まあ、人並みには」
「ふん、その面構えでは大酒飲みだろう」
「否定はしない」
国口は清光が持った酒碗にまた酒を注いだ。清光が飲み干して碗を国口に渡した。
「結局は中条家への忠義を貫くということだな」
「武士であれば当然だろう。命を捧げると決めた中条家が亡くなったのだ。とって替わった白鳥を許せる訳がない。違うか」
「そうだな。わかる。拙者が其方の立場だったら同じことをしただろう」
国口が大きく頷いて酒をあおった。顔が赤くなっている。
「ふう、今日の酒は美味いな。このような気分は久しぶりだ」
「最上へ仕官したら毎日のように旨い酒が飲めるだろう」
「まあ、仕官の話はどうなるか」
「確約されていないのか」
「考えても良いという程度だ」
「それは勿体無い話だ。其方ほどの忠義を貫く武士をそのように扱うとは」
国口が清光を見た。
「白鳥は俺を抱えたらどうするつもりだったのだ」
清光が頷いた。
「白鳥の命運を、拙者とともに託されることとなっていた」
「何だと、どういうことだ」
「長久公は其方と拙者を、信長公に鷹を献上する使者にするおつもりだった」
カランと音がして国口の手から腕が落ちた。
「俺を、信長への使者にするだと、嘘だろう」
「今更嘘を言ってどうする」
「この俺が、天下の信長に鷹を献上する使者に・・。何故だ、何故俺などに」
「長久公は武士の義を最も大事にされる。中条氏への義を貫きながらも、白鳥のために鷹を譲ってくれるという其方の義に応えためには、白鳥の命運を託すほどに強く信頼を表すことが必要だと、そう仰せだ」
国口が目を見開いて清光を見た。
「もし、やはり白鳥に鷹を譲ると言ったら」
「無論、拙者とともに使者になってもらう」
「遅いなぁ国口は、約束の時刻をとうに過ぎているでは無いか」
六郎左衛門が腰を浮かしたり下ろしたり落ち着きがない。
「時刻を間違えているのか、それとも鷹が暴れてもいるのか、あるいは・・」
清光が血相を変えてかけて来た。
「国口が断ってきました。鷹は最上に譲り渡すと言って来ました」
長久と六郎左衛門が立ち上がった。
「何だと」
「最上はもうそこまで手を回したのか」
「ううむ、さすがは守棟、敵ながら天晴れだ」
「殿、感心している場合ではありませんぞ。ここは白鳥の一大事。早急に対応する必要があります」
清光が頷いた。
「国口に会って思い止まらせます。最上の勝手にはさせません」
清光が立ち去ろうとするのを長久が止めた。
「待て、清光」
清光が振り返えると長久が戻るよう手招きした。
「戻れ。ここは落ち着いて策を練るぞ。場当たりの対応やはったりを使った幸運はそう何度も続かない。対応を誤ると致命傷になりかねない場面だ。十分に協議する」
「しかし、早急に手を打たないことには、それこそ致命傷に」
「わかっておる。二日も三日も待てとは言わない。ほんの半刻ほどだ」
「はあ・・」
清光が渋々従った。
「我ら三人に布を加えて策を練る。六郎左衛門、呼んできてくれ」
「奥方様を加えられるのですか」
「そうだ。中々の策士であることがわかった。今更ながらではあるが」
六郎左衛門が戻って来た。
「奥方様は、腹の中でややこが暴れているそうで、落ち着くまでしばしお待ちを」
「そうか、元気の良い子のようだな」
清光がイラついて立ち上がった。
「何を悠長なことを。そんなことしている場合ではありません。もう待てません」
「待て、清光」
六郎左衛門が叫ぶと、長久が座ったまま清光を見た。
「落ち着け清光。確かに今は重大な局面。其方の気持ちは痛いほど分かる。ここで失敗したら出羽の覇権を白鳥が握ることが出来ないかも知れない。だが全ての結果はわしが全部背負う。誰のせいにもしない。だから、今はわしの指示に従ってくれ」
六郎左衛門が立ち上がって清光の肩に手をかけた。
「殿が覚悟を決めたのだ。我ら家臣は従うのみ。違うか清光」
清光が静かに座った。
「ああら、お待たせいたしました。もう、ややこが暴れて大変なのです。ほら、ここをお触りくだされ。動きがよくわかります。ほほほ、ほんに元気の良い子」
布姫がお腹をさすりながら場に加わった。
半刻ほどの協議を終えて清光が国口の元に急いだ。
「最上は氏家守棟が来たのか」
「まあ、そんな奴だったかな」
「白鳥と其方との交渉のことを、どうして最上が知ったのだ」
「敵に間者を放っているのはお互い様だろう」
「なるほど。それで、条件は白鳥よりも良いということか」
「同じようなものだ」
「では、何故最上に譲ることにした」
「最上に恨みは無い」
「やはりそこか。致し方ない」
清光が酒の入った徳利を差し出した。
「これは殿からだ。飲んでくれ」
「いいのか、鷹は渡さないのだぞ」
「構わない。だからといって持って帰るほど心は狭くない」
「なら遠慮なく」
国口が立ち上がって酒を受け取った。酒碗に注いで一気に飲み干した。更に碗に酒を注ぐと清光に差し出した。清光がそれを受け取って飲み干した。
「ほう、いける口だな」
「まあ、人並みには」
「ふん、その面構えでは大酒飲みだろう」
「否定はしない」
国口は清光が持った酒碗にまた酒を注いだ。清光が飲み干して碗を国口に渡した。
「結局は中条家への忠義を貫くということだな」
「武士であれば当然だろう。命を捧げると決めた中条家が亡くなったのだ。とって替わった白鳥を許せる訳がない。違うか」
「そうだな。わかる。拙者が其方の立場だったら同じことをしただろう」
国口が大きく頷いて酒をあおった。顔が赤くなっている。
「ふう、今日の酒は美味いな。このような気分は久しぶりだ」
「最上へ仕官したら毎日のように旨い酒が飲めるだろう」
「まあ、仕官の話はどうなるか」
「確約されていないのか」
「考えても良いという程度だ」
「それは勿体無い話だ。其方ほどの忠義を貫く武士をそのように扱うとは」
国口が清光を見た。
「白鳥は俺を抱えたらどうするつもりだったのだ」
清光が頷いた。
「白鳥の命運を、拙者とともに託されることとなっていた」
「何だと、どういうことだ」
「長久公は其方と拙者を、信長公に鷹を献上する使者にするおつもりだった」
カランと音がして国口の手から腕が落ちた。
「俺を、信長への使者にするだと、嘘だろう」
「今更嘘を言ってどうする」
「この俺が、天下の信長に鷹を献上する使者に・・。何故だ、何故俺などに」
「長久公は武士の義を最も大事にされる。中条氏への義を貫きながらも、白鳥のために鷹を譲ってくれるという其方の義に応えためには、白鳥の命運を託すほどに強く信頼を表すことが必要だと、そう仰せだ」
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