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間者
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「わしは召抱えても良いなどとは言った覚えはない」
「申し訳もありません。もう一押しと思い、つい口に出てしまいました」
清光が頭を床に擦り付けている。
「白鳥に怨みを持つ者などを家来に出来るか」
「あそこは、そう言うしかありませんでした。状況としては最後の詰め、殺し文句をいう場面でした。あの一言で国口が承諾したようなもの」
「臨機応変と自画自賛でもしたいのだろうが、これは間違いなく暴走だ。其方の悪い癖だ。全くもって困った奴だ」
六郎左衛門が苦笑いを浮かべている。
「まあまあ殿、ご立腹は最もですが清光の気持ちも少しは汲んでも良いのでは。どうしても無理であれば断りに行けば良いだけの話。何のこれしきの事、このご時世では茶飯事です。しかし、鷹は手に入らなくなります。そこはご覚悟召され」
長久が唇を噛んだ。
「うむ、言ってしまったのなら致し方ない。覆水盆に帰らず。白鳥としても寛大な心を世に示す必要がある。二人の仕官を許そう。だがこのことで何か良からぬ事でもあったら、清光の責任大ということになるぞ」
「殿、そうであれば、ことが上手く運べば清光の功績大ということにもなります」
「それは認める」
「中条から白鳥への谷地の禅譲、我らにしては目論見どおりですが相手にしては確かに断腸の思い。今にして思えば反対派の理屈も最もと思われます。武士であるならあくまで御家の継続を追求するのが第一です。奴らも武士として筋を通したことになります」
清光が顔を上げた。
「骨のある面構えでしたから案外奴も使いようがあるかも知れません。そうであれば正に怪我の功名となることもあり得ます」
「どちらかといえば過ちの功名だ」
長久がムッとしてそう言い放つと六郎左衛門がボソッと言った。
「瓢箪から駒がしっくりときますか」
廊下をかけてくる足音がして入り口で止まった。
「最上に入り込んでいる間者よりの知らせが入りました」
「入れ」
六郎左衛門が叫ぶと襖が開いて若い侍が入ってきた。
「霞ヶ城に動きあり。馬廻役が総出で周辺から馬をかき集めている様子。同時にお抱えの鷹匠を方々に派遣して鷹を探している様子。以上でございます」
「ご苦労、下がって良い」
若い侍が去った。
「最上が動き出しましましたな」
「ついにというべきか、ようやくというべきか。我らが動いたのはこの夏。半年の差は大きい。これをより有利に使わねばならん」
「献上品はやはり出羽の馬と鷹、考える事は同じか。早急に手に入れたとしても準備に一月はかかります。その頃にはもう雪が降りましょう。最上が使者を派遣するのは早くても春かと思われます」
「そうだな。我らは数日後には鷹を献上するため上方に出発ができる。確か明日国口が持参するということだったな」
「はい」
奥では布姫にお付きの梅がお茶を運んできた。
「奥方様お茶をお持ちいたしました」
「おう、ありがたい。ちょうど喉が渇いたところだった」
「まだ熱ぅございます。冷ましてお飲みくだされ」
「わかっておる。早ぅこちらへ」
梅がお茶を布姫の前に置いた。
「如何でございますか、お体の方は」
「もう腹のややこが動きまわって、ほんに元気の良いこと。母親になるということは大変なものじゃのう」
「そうですか、そのように元気であれば男子でしょうか」
「それは判らぬ。姫でも元気なものが多い」
「奥方様もそうでした」
「何を申すか、ホホホ」
布姫がお茶をすすった。
「最上のお殿様はどちらをお望みでしょうか。やはり男子でしょうか」
「父にとってはどうでも良いことでしょう」
「何を申されますか、それはありません。ましてやご病気で床に伏せっておいでであれば殊の外お孫様の誕生に期待しておりますでしょう」
布姫がお茶を持つ手を止めた。
「父の体のこと、誰に聞いた」
「はい、先日氏家様がみえられたときに女中詰所に顔を出されて、その時に」
「そうか」
その日の夜、長久が奥を訪れていた。
「お梅が最上の間者だと」
「間違いございません」
「何故そう思う」
「守棟は、父は風邪で体調がすぐれないと言いましたが、床に伏せっているとは言っていません」
「うむ、確かに」
「お梅にだけ床に伏せっていると言ったのはいかにも不自然。更に、あの日守棟は女中詰所には行っていません。案内役の者と女中連中に聞いたが誰もが否定しました」
「なるほど」
「私が父のことを誰に聞いたか問うたら、一瞬だが明らかに慌てた表情を見せました。取り繕うために嘘を言ったに違いありません。無論、どこかでこっそり会ったのでしょうが」
「つまりは、守棟から義光公が風邪で体調を崩しやがて床に伏せるという筋書きを聞かされ、つい口を滑らせたという訳か。守棟が先日唐突に訪れた理由の一つは、間者に直接指示し話を聞くためだったのかも知れない。信長へ使者を出した事も知れたと思うべきだな」
「何と大胆なこと」
「いずれにしろ放っておけないな。間者である確たる証拠も無いが」
布姫が口元を緩めた。
「放っておきましょう。というよりも、泳がせておきながらこちらが良いように利用すればよろしいでしょう」
長久が感心するように頷いた。
「ほほう、その手があるか」
「最上に伝えたい事はお梅に話せば良いことになります。本当の事も、そうでない事も」
「さすがに義光公の娘だけあるな」
「褒め言葉と受け取ってよろしいですか」
「好きにしろ」
「申し訳もありません。もう一押しと思い、つい口に出てしまいました」
清光が頭を床に擦り付けている。
「白鳥に怨みを持つ者などを家来に出来るか」
「あそこは、そう言うしかありませんでした。状況としては最後の詰め、殺し文句をいう場面でした。あの一言で国口が承諾したようなもの」
「臨機応変と自画自賛でもしたいのだろうが、これは間違いなく暴走だ。其方の悪い癖だ。全くもって困った奴だ」
六郎左衛門が苦笑いを浮かべている。
「まあまあ殿、ご立腹は最もですが清光の気持ちも少しは汲んでも良いのでは。どうしても無理であれば断りに行けば良いだけの話。何のこれしきの事、このご時世では茶飯事です。しかし、鷹は手に入らなくなります。そこはご覚悟召され」
長久が唇を噛んだ。
「うむ、言ってしまったのなら致し方ない。覆水盆に帰らず。白鳥としても寛大な心を世に示す必要がある。二人の仕官を許そう。だがこのことで何か良からぬ事でもあったら、清光の責任大ということになるぞ」
「殿、そうであれば、ことが上手く運べば清光の功績大ということにもなります」
「それは認める」
「中条から白鳥への谷地の禅譲、我らにしては目論見どおりですが相手にしては確かに断腸の思い。今にして思えば反対派の理屈も最もと思われます。武士であるならあくまで御家の継続を追求するのが第一です。奴らも武士として筋を通したことになります」
清光が顔を上げた。
「骨のある面構えでしたから案外奴も使いようがあるかも知れません。そうであれば正に怪我の功名となることもあり得ます」
「どちらかといえば過ちの功名だ」
長久がムッとしてそう言い放つと六郎左衛門がボソッと言った。
「瓢箪から駒がしっくりときますか」
廊下をかけてくる足音がして入り口で止まった。
「最上に入り込んでいる間者よりの知らせが入りました」
「入れ」
六郎左衛門が叫ぶと襖が開いて若い侍が入ってきた。
「霞ヶ城に動きあり。馬廻役が総出で周辺から馬をかき集めている様子。同時にお抱えの鷹匠を方々に派遣して鷹を探している様子。以上でございます」
「ご苦労、下がって良い」
若い侍が去った。
「最上が動き出しましましたな」
「ついにというべきか、ようやくというべきか。我らが動いたのはこの夏。半年の差は大きい。これをより有利に使わねばならん」
「献上品はやはり出羽の馬と鷹、考える事は同じか。早急に手に入れたとしても準備に一月はかかります。その頃にはもう雪が降りましょう。最上が使者を派遣するのは早くても春かと思われます」
「そうだな。我らは数日後には鷹を献上するため上方に出発ができる。確か明日国口が持参するということだったな」
「はい」
奥では布姫にお付きの梅がお茶を運んできた。
「奥方様お茶をお持ちいたしました」
「おう、ありがたい。ちょうど喉が渇いたところだった」
「まだ熱ぅございます。冷ましてお飲みくだされ」
「わかっておる。早ぅこちらへ」
梅がお茶を布姫の前に置いた。
「如何でございますか、お体の方は」
「もう腹のややこが動きまわって、ほんに元気の良いこと。母親になるということは大変なものじゃのう」
「そうですか、そのように元気であれば男子でしょうか」
「それは判らぬ。姫でも元気なものが多い」
「奥方様もそうでした」
「何を申すか、ホホホ」
布姫がお茶をすすった。
「最上のお殿様はどちらをお望みでしょうか。やはり男子でしょうか」
「父にとってはどうでも良いことでしょう」
「何を申されますか、それはありません。ましてやご病気で床に伏せっておいでであれば殊の外お孫様の誕生に期待しておりますでしょう」
布姫がお茶を持つ手を止めた。
「父の体のこと、誰に聞いた」
「はい、先日氏家様がみえられたときに女中詰所に顔を出されて、その時に」
「そうか」
その日の夜、長久が奥を訪れていた。
「お梅が最上の間者だと」
「間違いございません」
「何故そう思う」
「守棟は、父は風邪で体調がすぐれないと言いましたが、床に伏せっているとは言っていません」
「うむ、確かに」
「お梅にだけ床に伏せっていると言ったのはいかにも不自然。更に、あの日守棟は女中詰所には行っていません。案内役の者と女中連中に聞いたが誰もが否定しました」
「なるほど」
「私が父のことを誰に聞いたか問うたら、一瞬だが明らかに慌てた表情を見せました。取り繕うために嘘を言ったに違いありません。無論、どこかでこっそり会ったのでしょうが」
「つまりは、守棟から義光公が風邪で体調を崩しやがて床に伏せるという筋書きを聞かされ、つい口を滑らせたという訳か。守棟が先日唐突に訪れた理由の一つは、間者に直接指示し話を聞くためだったのかも知れない。信長へ使者を出した事も知れたと思うべきだな」
「何と大胆なこと」
「いずれにしろ放っておけないな。間者である確たる証拠も無いが」
布姫が口元を緩めた。
「放っておきましょう。というよりも、泳がせておきながらこちらが良いように利用すればよろしいでしょう」
長久が感心するように頷いた。
「ほほう、その手があるか」
「最上に伝えたい事はお梅に話せば良いことになります。本当の事も、そうでない事も」
「さすがに義光公の娘だけあるな」
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