5 / 8
懐妊祝い
しおりを挟む
「殿、最上の氏家守棟殿が見えてございます」
「何、守棟が。何用だ」
「布姫様のご懐妊のお祝いとのこと」
「もう伝わったのか」
「お祝い事ですから城内でも特に秘匿しておりません」
「それにしても早い。わかった。布と一緒に会おう」
守棟が深々と頭を下げた。
「この度は誠におめでとうございます。朗報に接して義光様も大層なお喜びで、早速拙者にお祝いを述べに行くよう命じた次第」
「それはかたじけない。本来ならばこちらからご報告に伺うべきところ、御義父上にはよろしくお伝えくだされ」
「義光様にとっては御孫様。あまりの喜びように祝杯をあげ過ぎてお体に障るのではと我らが心配するほど」
「確かに気持ちは分かるが、体に障るほどとは」
「白鳥殿のご尽力により天童と和睦して気を楽にされたのか、先日より風邪を召されて体調が今ひとつでして。熱はさほどでもありませんが咳き込むことが多く」
「それは心配だな」
「この寒さです。体にこたえるようです」
「そうか。大事にされるようお伝えくだされ」
「はは、かたじけのうございます」
守棟が頭を下げた。
「これも是非伝えるように言われたのですが、無事御子がお誕生あそばされた折には、お顔をみたい故に布姫様とご一緒に御里帰りを御望みでございます」
布姫が口を開いた。
「私は帰るつもりなどありません」
「おや、そうでございますか。これは義光様が悲しまれるでしょう。孫の顔は誰でも見たいものです。誠に残念です」
長久が頷いた。
「まだ先の話、またその折に相談いたそう」
守棟が表情を崩して長久の顔をまじまじと見た。
「はい。是非にご再考願います。義光様としては、御孫様が名馬の白雲雀に跨って颯爽と会いに来てくれる事を願っております。凛々しいお姿が目に浮かぶようだと」
「生まれてくる子が男子であるか如何かは判らぬぞ」
「なるほど、左様でございます。いや、これは失礼。しかし、例え姫君でも布姫様のように御転婆であれば白雲雀でも乗りこなせるのではないのでしょうか、ははは」
「私が女らしく無いと言うか」
「いえいえ、御幼少の頃の話でございます。いずれにしろ御子は元気なほうがよろしいでしょう。馬にも乗れるくらいに」
守棟が帰った。
「あの守棟は父以上に曲者です」
「六郎左衛門からも聞いている。確かに顔は穏やかだが目付きが異様に鋭い。心に抱いている事柄が目に表れているのか」
「このご時世、白鳥と最上の関係からして私が里帰りなど出来るものですか。何を戯けた事を抜け抜けと」
「あれは白雲雀の事を持ち出すための方便だろう」
「それは、つまり・・」
「最上がまだ何も気付いていないとは考えられない。白鳥の動きは常に探っているはず。白雲雀が最近見えない事を知り探り入れる為に懐妊祝いと称して来たに違いない。そして何か馬と結びつける話題として里帰りの話をしたのだろう。最上に隠れて謀などするなという警告も含まれているかも知れない」
「どの程度知っているのでしょうか」
「判らぬが、流石に信長に使者を送ったとは気付いていないだろう。だが、鷹のことでゴタゴタが続けばいずれは知られる」
「父が風邪で体調がすぐれないとは信じられません。殿もお信じあそばされるな」
「うむ。病を装うことは敵を欺く常套手段だからな」
六郎左衛門が入って来た。
「いかがでございましたか」
「うむ。表向きは懐妊祝いであるが、最上も我らの動きに気付いて探りを入れに来たようだ。わざわざ白雲雀の名を出して何か知っているぞと言わんばかりの態度」
「なるほど。遅かれ早かれ知られることは覚悟のうえ。最上が本格的に動き出すまでに方をつけるか否かが勝負です。こちらの探りでは今のところ最上に上方に使者を向けるなどの動きはありません」
「警戒は怠るな。守棟が戻って最上が一気に動き出すかも知れない」
「は、心して」
長久が頷いた。
「それで、鷹の件は何かあったか」
「そのご報告に参りました。同じ中条の家臣で禅譲反対派の仲間でしたが今では国口と対立している者がおります。領地争いです。白鷹山付近の土地をお互いに自分のものと主張して折り合いがつきません。かれこれ五年ほど小競り合いが続いています」
「使えそうだな」
「はい。清光が相手の中里俊央に会いに行っています。中条への思い入れもさほどではなく金で動く男のようで、話がまとまればその足で再度国口に会いに行きます」
清光が中里との話を終えて国口の屋敷に居る。
「其方が中条氏の家臣であったことを知らずに配慮を欠いた申し出をしてすまなかった。しかしながら、白鳥として鷹が必要な事情は変わらない。再考をお願いしたく参った」
「怨みを晴らさせてくれるのか」
「気持ちはわかるが中々そうはいかない。それは其方も承知しているはず」
「では断る」
「怨みを晴らすのではなく他の方策で其方の気持ちを収めることならどうだ」
「他の方策だと」
「其方は中里と土地の領有を争っているとのこと。谷地を禅譲された経緯もあり、中条氏の元家臣の揉め事は我ら白鳥としても放って置けない。先ほど中里に会って話をしてきた。ことと次第によってはその土地を譲っても良いと言っている」
国口が前のめりになった。
「向こうの条件は何だ」
「其方の領地とはするが水源は自由に使える事。今後は一切嫌がらせをしない事。それらを証文で確約する事」
国口が体を起こしながら目を見開いて清光を見た。ゆっくりと口元が緩んだ。
「悪くない申し出だ」
「其方にとってこれ以上の良い話はないと思う」
「どうせ中里に金を払ったのだろう」
「想像に任せる」
清光と国口がお互いにニヤリとした。
「鷹を譲ってもらえるのならこれで話をつける。如何か」
国口の表情が硬くなった。その様子を伺いながら清光がゆっくりと口を開いた。
「長久公は、もし、其方も中里もその気があるのなら、白鳥が召し抱えても良いと仰せだ」
国口が驚きを隠さない表情で大きく頷いた。
「何、守棟が。何用だ」
「布姫様のご懐妊のお祝いとのこと」
「もう伝わったのか」
「お祝い事ですから城内でも特に秘匿しておりません」
「それにしても早い。わかった。布と一緒に会おう」
守棟が深々と頭を下げた。
「この度は誠におめでとうございます。朗報に接して義光様も大層なお喜びで、早速拙者にお祝いを述べに行くよう命じた次第」
「それはかたじけない。本来ならばこちらからご報告に伺うべきところ、御義父上にはよろしくお伝えくだされ」
「義光様にとっては御孫様。あまりの喜びように祝杯をあげ過ぎてお体に障るのではと我らが心配するほど」
「確かに気持ちは分かるが、体に障るほどとは」
「白鳥殿のご尽力により天童と和睦して気を楽にされたのか、先日より風邪を召されて体調が今ひとつでして。熱はさほどでもありませんが咳き込むことが多く」
「それは心配だな」
「この寒さです。体にこたえるようです」
「そうか。大事にされるようお伝えくだされ」
「はは、かたじけのうございます」
守棟が頭を下げた。
「これも是非伝えるように言われたのですが、無事御子がお誕生あそばされた折には、お顔をみたい故に布姫様とご一緒に御里帰りを御望みでございます」
布姫が口を開いた。
「私は帰るつもりなどありません」
「おや、そうでございますか。これは義光様が悲しまれるでしょう。孫の顔は誰でも見たいものです。誠に残念です」
長久が頷いた。
「まだ先の話、またその折に相談いたそう」
守棟が表情を崩して長久の顔をまじまじと見た。
「はい。是非にご再考願います。義光様としては、御孫様が名馬の白雲雀に跨って颯爽と会いに来てくれる事を願っております。凛々しいお姿が目に浮かぶようだと」
「生まれてくる子が男子であるか如何かは判らぬぞ」
「なるほど、左様でございます。いや、これは失礼。しかし、例え姫君でも布姫様のように御転婆であれば白雲雀でも乗りこなせるのではないのでしょうか、ははは」
「私が女らしく無いと言うか」
「いえいえ、御幼少の頃の話でございます。いずれにしろ御子は元気なほうがよろしいでしょう。馬にも乗れるくらいに」
守棟が帰った。
「あの守棟は父以上に曲者です」
「六郎左衛門からも聞いている。確かに顔は穏やかだが目付きが異様に鋭い。心に抱いている事柄が目に表れているのか」
「このご時世、白鳥と最上の関係からして私が里帰りなど出来るものですか。何を戯けた事を抜け抜けと」
「あれは白雲雀の事を持ち出すための方便だろう」
「それは、つまり・・」
「最上がまだ何も気付いていないとは考えられない。白鳥の動きは常に探っているはず。白雲雀が最近見えない事を知り探り入れる為に懐妊祝いと称して来たに違いない。そして何か馬と結びつける話題として里帰りの話をしたのだろう。最上に隠れて謀などするなという警告も含まれているかも知れない」
「どの程度知っているのでしょうか」
「判らぬが、流石に信長に使者を送ったとは気付いていないだろう。だが、鷹のことでゴタゴタが続けばいずれは知られる」
「父が風邪で体調がすぐれないとは信じられません。殿もお信じあそばされるな」
「うむ。病を装うことは敵を欺く常套手段だからな」
六郎左衛門が入って来た。
「いかがでございましたか」
「うむ。表向きは懐妊祝いであるが、最上も我らの動きに気付いて探りを入れに来たようだ。わざわざ白雲雀の名を出して何か知っているぞと言わんばかりの態度」
「なるほど。遅かれ早かれ知られることは覚悟のうえ。最上が本格的に動き出すまでに方をつけるか否かが勝負です。こちらの探りでは今のところ最上に上方に使者を向けるなどの動きはありません」
「警戒は怠るな。守棟が戻って最上が一気に動き出すかも知れない」
「は、心して」
長久が頷いた。
「それで、鷹の件は何かあったか」
「そのご報告に参りました。同じ中条の家臣で禅譲反対派の仲間でしたが今では国口と対立している者がおります。領地争いです。白鷹山付近の土地をお互いに自分のものと主張して折り合いがつきません。かれこれ五年ほど小競り合いが続いています」
「使えそうだな」
「はい。清光が相手の中里俊央に会いに行っています。中条への思い入れもさほどではなく金で動く男のようで、話がまとまればその足で再度国口に会いに行きます」
清光が中里との話を終えて国口の屋敷に居る。
「其方が中条氏の家臣であったことを知らずに配慮を欠いた申し出をしてすまなかった。しかしながら、白鳥として鷹が必要な事情は変わらない。再考をお願いしたく参った」
「怨みを晴らさせてくれるのか」
「気持ちはわかるが中々そうはいかない。それは其方も承知しているはず」
「では断る」
「怨みを晴らすのではなく他の方策で其方の気持ちを収めることならどうだ」
「他の方策だと」
「其方は中里と土地の領有を争っているとのこと。谷地を禅譲された経緯もあり、中条氏の元家臣の揉め事は我ら白鳥としても放って置けない。先ほど中里に会って話をしてきた。ことと次第によってはその土地を譲っても良いと言っている」
国口が前のめりになった。
「向こうの条件は何だ」
「其方の領地とはするが水源は自由に使える事。今後は一切嫌がらせをしない事。それらを証文で確約する事」
国口が体を起こしながら目を見開いて清光を見た。ゆっくりと口元が緩んだ。
「悪くない申し出だ」
「其方にとってこれ以上の良い話はないと思う」
「どうせ中里に金を払ったのだろう」
「想像に任せる」
清光と国口がお互いにニヤリとした。
「鷹を譲ってもらえるのならこれで話をつける。如何か」
国口の表情が硬くなった。その様子を伺いながら清光がゆっくりと口を開いた。
「長久公は、もし、其方も中里もその気があるのなら、白鳥が召し抱えても良いと仰せだ」
国口が驚きを隠さない表情で大きく頷いた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

猿の内政官の息子 ~小田原征伐~
橋本洋一
歴史・時代
※猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~という作品の外伝です。猿の内政官の息子の続編です。全十話です。
猿の内政官の息子、雨竜秀晴はある日、豊臣家から出兵命令を受けた。出陣先は関東。惣無事令を破った北条家討伐のための戦である。秀晴はこの戦で父である雲之介を超えられると信じていた。その戦の中でいろいろな『親子』の関係を知る。これは『親子の絆』の物語であり、『固執からの解放』の物語である。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――
黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。
一般には武田勝頼と記されることが多い。
……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。
信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。
つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。
一介の後見人の立場でしかない。
織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。
……これは、そんな悲運の名将のお話である。
【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵
【注意】……武田贔屓のお話です。
所説あります。
あくまでも一つのお話としてお楽しみください。

聞こえる
戸沢一平
歴史・時代
葉山藩庶務役平士の鹿山猪四郎は、貧弱な体で容姿もさえないことから劣等感に苛まれていた。
ある日、猪四郎は馬に頭を蹴られたことをきっかけに、馬の言葉がわかるようになる。にわかに信じられないことだが、そのことで、間一髪、裏山の崩壊から厩の馬達を救うことになる。
更に、猪四郎に不思議なことが起こっているのがわかった。人が心に思ったことも聞こえるようになったのだ。この能力により、猪四郎は、次第に周囲から出来る者として認められていく。
自分は特別な存在になったとばかり、貪欲になった猪四郎は名を上げようと必死になっていく。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

直刀の誓い――戦国唐人軍記(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)
牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)倭寇が明の女性(にょしょう)を犯した末に生まれた子供たちが存在した……
彼らは家族や集落の子供たちから虐(しいた)げられる辛い暮らしを送っていた。だが、兵法者の師を得たことで彼らの運命は変わる――悪童を蹴散らし、大人さえも恐れないようになる。
そして、師の疾走と漂流してきた倭寇との出会いなどを経て、彼らは日の本を目指すことを決める。武の極みを目指す、直刀(チータオ)の誓いのもと。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる