3 / 8
ご懐妊
しおりを挟む
「何だと。喋っただと」
「も、申し訳ございません・・」
「このわしには言うなと言っておきながら、お前は布にベラベラと喋ったのか、六郎左衛門。ことと次第によっては許さんぞ」
「殿、面目もありません」
六郎左衛門が頭を床に擦り付けている。
しばらく前
「家老、奥方様がお呼びです」
「わしをか。わかった、すぐに行く」
六郎左衛門が奥に急いだ。
「奥方様、お呼びでございますか」
「おう、六郎左衛門、ささ、こちらに来てたまう」
「いかが致しました」
六郎左衛門が座ると布姫がジリっと近づき、口に手を当てて声を潜めた。
「私にやや子が出来たようじゃ」
六郎左衛門が飛び上がった。
「な、何と、こ、これはおめでとうございます」
「よく聞く子が出来たときの女の体の変わり様に、このところの私が同じと気づいた」
「早速医者を呼びましょう。あるいは既に誰かに命じておりますか」
「いえ、まだ誰にも話してはいない。其方が最初だ」
「というと、つまり、拙者が最初に聞いている訳ですか」
布姫がゆっくりと頷いた。
「ほう、何故でございますか」
「其方を信頼しての事」
「信頼、拙者を・・」
布姫がまたジリっと六郎左衛門に近づいた。
「私が最上から輿入れした故に、白鳥の世継ぎを生んだ時のことを心配しているであろう。私の父はあらゆる策略を用いると天下に知れ渡っている最上義光」
「はあ・・」
「白鳥の世継ぎが、最上義光の血もひいているという事になるのです」
「確かに・・」
「対立する国の世継ぎが自分の孫ともなれば、父はあらゆる手段を駆使して謀略を仕掛けて来るでしょう。それが最上義光です。これは、白鳥としても対応を練らねばならないと思ったのじゃ。違うか」
六郎左衛門が腕を組んだ。
「ご推察の通り、このことは口外してはいないものの重臣の間では幾度となく話題に上っております。さすがに殿には話してはおりませんが、奥方様がご懐妊されたからには殿を交えて協議致します」
六郎左衛門が腕をといて頭を下げた。
「お心遣いありがとうございます。早速に対応いたします」
六郎左衛門が立ち上がろうとすると、その袖を布姫がギュッと握った。
「お待ち」
「まだ何か」
「私が秘密を打ち明けたのじゃ」
「はい・・」
「其方も打ち明けて欲しい」
六郎左衛門が困惑した様に座り直した。
「拙者が打ち明けるとは、つまり、何を・・」
「何か殿に口止めしていることは無いか。この私に話すなと」
「あ、いや、その・・」
「昨晩殿に今何が起きているのかを聞いたのですが、何でも無いとか、たいしたことでは無いとか誤魔化すだけ。言葉とは裏腹に顔には重大な事態を招いていると書いてあるでは無いですか。ほんとうに芝居が下手な方。問い詰めるのもかわいそうになり聞くのをやめました」
「はあ・・」
「これは、其方に口止めされているに違いないと思った次第。違いますか」
「・・・」
「先日槇清光が旅から戻ってからの動きは何かあると誰でも思う。槇は数ヶ月前に白雲雀を連れ出しているが連れて帰ってはいない。つまり誰かに差し上げたに違いない。しかも、今は大慌てで多くの鷹匠に何かを聞き回っているというではないか」
六郎左衛門がゴクンと唾を飲み込んだ。
「正直に言ってくれるでしょうねぇ、六郎左衛門」
布姫がグイッと顔を近づけた。
六郎左衛門が力なく頷いた。
「という訳でございます」
長久が力なく肩を落とした。
「なるほど、それで喋ったという訳か」
「左様でございます」
「わしは芝居が下手か」
「はい。あ、いや、その、最上義光公の娘である奥方様から見ればとうことではないでしょうか。何と言いますか血は争えないというか、この親にしてこの娘というか。悪い意味ではございません。良い意味でもないですが」
「正直な気持ち、布に本気で問い詰められたら逃げきれないと思う。情けないことだ」
「今日、拙者もつくづくそう思いました。まあしかし、それは、敵にしたら手強いですが味方にしたら心強いということ。奥方様は既に味方です。そう割り切れば良いでしょう」
「なるほど」
六郎左衛門が姿勢を正して座り直し頭を下げた。
「この六郎左衛門が間違っておりました。今後は、白鳥の大事については常に奥方様にもご相談差し上げます。特に最上に対しての事柄は」
「それは賢明な考えだ。其方にしては珍しく柔軟な対応でもある」
「お褒めに預かり恐悦至極。いずれにしても奥方様がご懐妊された訳です。男子か否かは分かりませんが、早急に対応を協議せねばなりません」
「わしに男子は二人いる」
「しかし、太郎丸様も次郎丸様も側室の御子、この度は正室の御子でありますからそこは分けて考えねばなりません」
「最上の血を引く子でもあるからな」
「しかも、義光公の孫でございます」
即座に側近が集められた。
「これはめでたい。白鳥も安泰でござる。早速、安産を祈願した行事を行いましょう」
「めでたいのは確かではあるが、そのために皆に集まってもらった訳ではない」
「如何にして無事元服するまでお守りするか、という事ですかな」
「左様、この時代対立する他国の干渉を排除して白鳥家を存続させることが何よりも優先される。特に、最上は何を仕掛けて来るかわからん」
「義光公は最上家の家督争いでの父上義守公との戦いでは、劣勢の状況を奇策と奇襲を駆使してあれよあれよという間に有利に和議を結んでいます。恐ろしい方だ」
「いくら警戒しても警戒しすぎる相手ではありません」
「その最上とこの出羽の覇権を争うからには、何としてでもお世継ぎを無事に育てねばならん」
「太郎丸様と次郎丸様は表向き病弱としております。次の御子も病弱としてはいかがか。世継ぎが皆病弱となればさすがに最上も警戒を怠りましょう」
「三人の御子が病弱とは、如何にも取って付けた様な言い訳ですなあ。逆に疑われはしませんか。白鳥は何か企んでいると」
「元気な子でも病気にならない訳ではない。逆に病弱な子であっても立派に元服した例はよく聞きます。病弱と表向き公言する策自体が果たして効果があるのやらも危ういですぞ」
「確かに、良い策とは思えませんな」
場が沈黙した。六郎左衛門が長久を見た。
「殿はどの様に思われますか」
長久が集まった家臣を見回した。
「そもそも、生まれてくる子が男子と決まった訳ではない」
六郎左衛門が怪訝な顔をした。
「無論です。ですから、男子であった場合の対策を協議している訳です」
「姫ならばなんら問題が無い訳だ。姫であるかも知れない」
「はい。かも知れません」
長久がニヤリとして布姫を見た。
「布、どうじゃ」
布姫が頷いた。
「私が姫を産んだことにすれば良いことでしょう」
「も、申し訳ございません・・」
「このわしには言うなと言っておきながら、お前は布にベラベラと喋ったのか、六郎左衛門。ことと次第によっては許さんぞ」
「殿、面目もありません」
六郎左衛門が頭を床に擦り付けている。
しばらく前
「家老、奥方様がお呼びです」
「わしをか。わかった、すぐに行く」
六郎左衛門が奥に急いだ。
「奥方様、お呼びでございますか」
「おう、六郎左衛門、ささ、こちらに来てたまう」
「いかが致しました」
六郎左衛門が座ると布姫がジリっと近づき、口に手を当てて声を潜めた。
「私にやや子が出来たようじゃ」
六郎左衛門が飛び上がった。
「な、何と、こ、これはおめでとうございます」
「よく聞く子が出来たときの女の体の変わり様に、このところの私が同じと気づいた」
「早速医者を呼びましょう。あるいは既に誰かに命じておりますか」
「いえ、まだ誰にも話してはいない。其方が最初だ」
「というと、つまり、拙者が最初に聞いている訳ですか」
布姫がゆっくりと頷いた。
「ほう、何故でございますか」
「其方を信頼しての事」
「信頼、拙者を・・」
布姫がまたジリっと六郎左衛門に近づいた。
「私が最上から輿入れした故に、白鳥の世継ぎを生んだ時のことを心配しているであろう。私の父はあらゆる策略を用いると天下に知れ渡っている最上義光」
「はあ・・」
「白鳥の世継ぎが、最上義光の血もひいているという事になるのです」
「確かに・・」
「対立する国の世継ぎが自分の孫ともなれば、父はあらゆる手段を駆使して謀略を仕掛けて来るでしょう。それが最上義光です。これは、白鳥としても対応を練らねばならないと思ったのじゃ。違うか」
六郎左衛門が腕を組んだ。
「ご推察の通り、このことは口外してはいないものの重臣の間では幾度となく話題に上っております。さすがに殿には話してはおりませんが、奥方様がご懐妊されたからには殿を交えて協議致します」
六郎左衛門が腕をといて頭を下げた。
「お心遣いありがとうございます。早速に対応いたします」
六郎左衛門が立ち上がろうとすると、その袖を布姫がギュッと握った。
「お待ち」
「まだ何か」
「私が秘密を打ち明けたのじゃ」
「はい・・」
「其方も打ち明けて欲しい」
六郎左衛門が困惑した様に座り直した。
「拙者が打ち明けるとは、つまり、何を・・」
「何か殿に口止めしていることは無いか。この私に話すなと」
「あ、いや、その・・」
「昨晩殿に今何が起きているのかを聞いたのですが、何でも無いとか、たいしたことでは無いとか誤魔化すだけ。言葉とは裏腹に顔には重大な事態を招いていると書いてあるでは無いですか。ほんとうに芝居が下手な方。問い詰めるのもかわいそうになり聞くのをやめました」
「はあ・・」
「これは、其方に口止めされているに違いないと思った次第。違いますか」
「・・・」
「先日槇清光が旅から戻ってからの動きは何かあると誰でも思う。槇は数ヶ月前に白雲雀を連れ出しているが連れて帰ってはいない。つまり誰かに差し上げたに違いない。しかも、今は大慌てで多くの鷹匠に何かを聞き回っているというではないか」
六郎左衛門がゴクンと唾を飲み込んだ。
「正直に言ってくれるでしょうねぇ、六郎左衛門」
布姫がグイッと顔を近づけた。
六郎左衛門が力なく頷いた。
「という訳でございます」
長久が力なく肩を落とした。
「なるほど、それで喋ったという訳か」
「左様でございます」
「わしは芝居が下手か」
「はい。あ、いや、その、最上義光公の娘である奥方様から見ればとうことではないでしょうか。何と言いますか血は争えないというか、この親にしてこの娘というか。悪い意味ではございません。良い意味でもないですが」
「正直な気持ち、布に本気で問い詰められたら逃げきれないと思う。情けないことだ」
「今日、拙者もつくづくそう思いました。まあしかし、それは、敵にしたら手強いですが味方にしたら心強いということ。奥方様は既に味方です。そう割り切れば良いでしょう」
「なるほど」
六郎左衛門が姿勢を正して座り直し頭を下げた。
「この六郎左衛門が間違っておりました。今後は、白鳥の大事については常に奥方様にもご相談差し上げます。特に最上に対しての事柄は」
「それは賢明な考えだ。其方にしては珍しく柔軟な対応でもある」
「お褒めに預かり恐悦至極。いずれにしても奥方様がご懐妊された訳です。男子か否かは分かりませんが、早急に対応を協議せねばなりません」
「わしに男子は二人いる」
「しかし、太郎丸様も次郎丸様も側室の御子、この度は正室の御子でありますからそこは分けて考えねばなりません」
「最上の血を引く子でもあるからな」
「しかも、義光公の孫でございます」
即座に側近が集められた。
「これはめでたい。白鳥も安泰でござる。早速、安産を祈願した行事を行いましょう」
「めでたいのは確かではあるが、そのために皆に集まってもらった訳ではない」
「如何にして無事元服するまでお守りするか、という事ですかな」
「左様、この時代対立する他国の干渉を排除して白鳥家を存続させることが何よりも優先される。特に、最上は何を仕掛けて来るかわからん」
「義光公は最上家の家督争いでの父上義守公との戦いでは、劣勢の状況を奇策と奇襲を駆使してあれよあれよという間に有利に和議を結んでいます。恐ろしい方だ」
「いくら警戒しても警戒しすぎる相手ではありません」
「その最上とこの出羽の覇権を争うからには、何としてでもお世継ぎを無事に育てねばならん」
「太郎丸様と次郎丸様は表向き病弱としております。次の御子も病弱としてはいかがか。世継ぎが皆病弱となればさすがに最上も警戒を怠りましょう」
「三人の御子が病弱とは、如何にも取って付けた様な言い訳ですなあ。逆に疑われはしませんか。白鳥は何か企んでいると」
「元気な子でも病気にならない訳ではない。逆に病弱な子であっても立派に元服した例はよく聞きます。病弱と表向き公言する策自体が果たして効果があるのやらも危ういですぞ」
「確かに、良い策とは思えませんな」
場が沈黙した。六郎左衛門が長久を見た。
「殿はどの様に思われますか」
長久が集まった家臣を見回した。
「そもそも、生まれてくる子が男子と決まった訳ではない」
六郎左衛門が怪訝な顔をした。
「無論です。ですから、男子であった場合の対策を協議している訳です」
「姫ならばなんら問題が無い訳だ。姫であるかも知れない」
「はい。かも知れません」
長久がニヤリとして布姫を見た。
「布、どうじゃ」
布姫が頷いた。
「私が姫を産んだことにすれば良いことでしょう」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

猿の内政官の息子 ~小田原征伐~
橋本洋一
歴史・時代
※猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~という作品の外伝です。猿の内政官の息子の続編です。全十話です。
猿の内政官の息子、雨竜秀晴はある日、豊臣家から出兵命令を受けた。出陣先は関東。惣無事令を破った北条家討伐のための戦である。秀晴はこの戦で父である雲之介を超えられると信じていた。その戦の中でいろいろな『親子』の関係を知る。これは『親子の絆』の物語であり、『固執からの解放』の物語である。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――
黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。
一般には武田勝頼と記されることが多い。
……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。
信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。
つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。
一介の後見人の立場でしかない。
織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。
……これは、そんな悲運の名将のお話である。
【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵
【注意】……武田贔屓のお話です。
所説あります。
あくまでも一つのお話としてお楽しみください。

聞こえる
戸沢一平
歴史・時代
葉山藩庶務役平士の鹿山猪四郎は、貧弱な体で容姿もさえないことから劣等感に苛まれていた。
ある日、猪四郎は馬に頭を蹴られたことをきっかけに、馬の言葉がわかるようになる。にわかに信じられないことだが、そのことで、間一髪、裏山の崩壊から厩の馬達を救うことになる。
更に、猪四郎に不思議なことが起こっているのがわかった。人が心に思ったことも聞こえるようになったのだ。この能力により、猪四郎は、次第に周囲から出来る者として認められていく。
自分は特別な存在になったとばかり、貪欲になった猪四郎は名を上げようと必死になっていく。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

直刀の誓い――戦国唐人軍記(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)
牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)倭寇が明の女性(にょしょう)を犯した末に生まれた子供たちが存在した……
彼らは家族や集落の子供たちから虐(しいた)げられる辛い暮らしを送っていた。だが、兵法者の師を得たことで彼らの運命は変わる――悪童を蹴散らし、大人さえも恐れないようになる。
そして、師の疾走と漂流してきた倭寇との出会いなどを経て、彼らは日の本を目指すことを決める。武の極みを目指す、直刀(チータオ)の誓いのもと。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる