皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

第六章 暴かれる

第6話 妃

「レナが……」

　レナであれば狂喜乱舞し、即答するに違いない。
　喜々として服を選び、宝石を選び、化粧をほどこし、奇跡のように美しい出で立ちを披露する。
　そして、劇場では皇妃の椅子にレナが座ることになる。

「お前にとって初めての公の場だ。俺の妃として民衆にも引き合わせる大きな公務だ。王宮に住まうお前と後宮に住まうレナとは格が違うが、民衆はそうは思わない。皇帝の隣にいるのが 妃きさきだ。それが何を意味するのかはわかってるだろう。それでも駄目か？」

　詰め寄られたサリオンは顔を伏せて押し黙る。

　キリスト教徒として同志が虐殺される場を高見の見物するなどできるはずがないことだ。
　かといって、公の場にレナが立つ機会が増えれば、公務をまっとうしない妃など、民衆からそっぽを向かれる。
　そしてそれは公務を拒む妃の一人も説得できないアルベルトへの評価に直結してしまう。

「……わかったよ」

　項垂れたままでサリオンは小さく答えた。

「俺は精一杯着飾って、あんたの隣に座っていればいいんだろう？」
「そういうことにはなるんだが」
「いいよ。わかった。だからレナを代役にするなんてやめてくれ」
「サリオン」

　弱りはてたといった顔つきで覗き込まれ、サリオンはふいと顔を背けて黙る。
　ああ、神よ。
　自分はこの先どんな罪を犯せば済むのだろうか。
　心の中で懺悔しながら、十字架を切る。

「ありがとう、サリオン。それじゃあ早速身支度にかかってくれ」

　アルベルトが青銅製のベルを鳴らすと、待ち構えてでもいたかのように衣装を掲げて持っているもの、宝石箱を下げているもの、化粧箱を胸の辺りで持つ者などが続々と入ってきた。

「貫頭衣は何色がいい？　俺はお前の白い肌を引き立てる薄紫なんかがいいと思うが」
「わかった。いいよ、薄紫で」
「お前にはごてごてした装飾品など必要はないんだが、公の場に出るために必要な権力と財力の証として捉えてくれ」

　アルベルトは色とりどりの貫頭衣から絹の光沢を放つ薄紫を手に取った。
　裾に雫型のダイヤのすだれを 垂下すいかしたそれに、同じくダイヤモンドの耳飾りを合わせてサリオンに差し出した。
　無駄もなく、品の良い装いだ。

「着替えてくれるか？」
「待っててくれ」

　サリオンはそれらを受け取り、寝室に入るとドアを閉じた。
　アルベルトが自ら選んでくれた服を着る嬉しさで、自然に口元がゆるんでくる。
　鏡に映して耳飾りをつけようとした時に、こんなことで浮かれる自分に不意に気がつき、戒める。
　これから自分は教徒が獣に食われる様を見物に行こうとしているのに。

「サリオン、まだか？」
「今、行く」

　焦れた声を出したアルベルトをあやすように答えたあと、寝室を出た。