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第六章 暴かれる

第5話 身代わり

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 イエスはたとえ教えに背いても、自身の成したいことを成さない罪でもって人を罰する。

 サリオンはミハエルの言葉を繰り返し思い返した。
 既に日は落ち、庭園にも夜のしじまが下りていた。

 帰ろうと、胸の中で一人ごちるとハッとなる。

 ここに連れられてきてから半月にもならないのに、あの部屋が帰る家になっている。
 アルベルトとともに食事をする。
 遠征先での風変りな慣習や食べ物や飲み物でもって楽しませてくれている。

 自分が笑えば、アルベルトも満たされたような笑顔になる。

 この関係を信者としての背徳だと思わなくてもいい。
 ミハエルの言葉はサリオンの信念を根底から覆すものだった。

 それでもどうしても思いは自責の念に傾いた。

「そうだ、サリオン」

 夕食を済ませ、クルミなどの木の実や干した杏、葡萄を摘まみにして、食後のワインをたしなんでいたアルベルトが、顔を歪めて切り出した。

「実は明日。正午にキリスト教信者の処刑が大円形劇場で断行される」
「えっ……?」 

 ワインは呑まず、干した果物だけを食べていたサリオンは声色を変えて目を上げた。

「剣一本だけで飢えたライオンと戦わせる。民人はそれを見物に来る。皇妃として俺と一緒にお前もそれを見届けなければならないが」

 慎重に言葉を紡いだアルベルトをサリオンは一括した。

「嫌だ」
「サリオン」
「俺は人が食いちぎられる処刑を娯楽になんてできない」

 サリオンは取りつく島もないほどきっはりと言い放つ。

「体調が優れないとか適当に何とか言って欠席扱いにしてくれよ」
「サリオン。これは皇妃としての義務なんだ。いつかは同席することになる」
「それじゃあ、今すぐ俺を王宮から追い出してくれ」
「サリオン。お前がそういう人間だということは重々承知しているつもりだ。だが、玉座に上った人間には権威を象徴する義務がある」
「信者を虐殺することが、皇帝としての皇妃としての権威の象徴でもあるなら余計に嫌だ」

 プイと横を向きながら、サリオンは華奢な足を組み、腕組みもした。

「どうしても嫌か?」
「どうしても嫌だ」
「それなら後宮でいちばん高い位についているレナを同席させることになる」

 苦渋の決断を迫られたようにアルベルトの顔がくしゃりと歪む。
 アルベルトは息を大きく吸ったあと、吐き出しながら肩を落とした。

「レナの役目は皇妃の責務の身代わりでもある」

 それでも嫌かと、アルベルトの目がサリオンに訴える。

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