皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

第五章 皇帝の寵姫として

第32話 皇妃の身支度

　サリオンは、まさかレナが着ていたように肌が透ける絹の貫頭衣じゃないだろうなと不穏に胸を騒がせた。
　だが、鏡台の椅子に掛けられたのは貴重な綿の貫頭衣。
　肌触りからからして最高級の綿は、トガをまとうことまでは許されないアルファの下級貴族に用いられている。　

　ただ、胸元にはダイヤの刺繍がほどこされ、腰紐には色とりどりの宝石がちりばめられている。
　膝丈の衣だけでなく、革のトングにもダイヤと真紅のルビーがついている。
　まるで自分が全身宝石になったかのようだ。

　サリオンは寝着の貫頭衣を脱ぐと、アルベルトの高揚そのものの衣に着替えて紐を結ぶ。
　そしてふと、気が付いた。
　着替えの手伝いをする側付きがいないこと。
　化粧道具がないことだ。

　高貴の人々は一人で着替えない。
　文字通り側にいて、脱いだ衣を受け取ったり、腰紐を結んだり、何らかの手を貸す彼らがいないのは、きっとアルベルトの嫉妬心からだ。
　自分以外の男に肌を晒させたくない。
　どうせ、そんなところだろう。

　しかし、化粧道具もないとは意外な気がした。
　公娼では下働きの廻しが化粧なんてする訳がなかったが、ここでも化粧は必要ないらしい。

　後宮にひしめくオメガの美少年は一日たりとも皇帝を迎える支度を欠かさない。
　下帯以外は身体の稜線がすべて透けて見える薄絹の貫頭衣。
　丈も椅子に座ると腿が丸見えになる。
　そして、化粧で自身の美貌を完璧に整える。
　それが彼らの仕事なのだから。

　サリオンは鏡の前て立ちあがる。
　お前に化粧なんて必要ないと、肉感的な唇を横に引き、眦をとろけさせる男の顔が脳裏に浮かぶようだった。
　
　朝食を終え、着替えも済ませた。
　下男が用意した水差しを使いながら顔も洗い、下男が金髪を櫛けづる。
　どうやら「髪は自分でとかせ」という命令は忘れていたらしい。

　サリオンは鏡の前の椅子に腰をかけ、髪にブラシをかけられた。

　自分が公娼の下男から皇帝の寵姫へと磨かれる。