皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

手塚エマ

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第五章 皇帝の寵姫として

第11話 胸躍る

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 拍子抜けしたサリオンは、ローブの襞を幾重にも重ねて腕にかけながら、部屋を出ていくアルベルトを呼び止めかけた。
 けれど、自分は避妊薬を飲まなくても、ヒートは来ない。
 ユーリスを愛し続けている限り、生涯来ないと思っていた。

 ではもし、このまま避妊薬も飲まずにいたのなら、オメガとしてのヒートが生じるのか。
 ヒートになったらアルベルトを受け入れて、受胎できるのか。
 逆にヒートが来なければ、アルベルトを深く傷つけてしまうだろう。

 いくら気持ちが動いても、自分の体はアルベルトを拒み続けているのだと。
 
「サリオン様。湯あみにご案内申し上げます」

 アルベルトに言いつけられた下男に傍らに寄り添われ、ようやく踏み出した。

 廊下は左右の柱の燭台が赤々と灯されて、手燭を持つ必要がないほどだ。
 
「サリオン様専用の湯あみ場は地下にあります」
「俺の専用?」
「もちろんでございます。陛下には陛下専用の湯あみ場がございます」

 僅かに皮肉めいたもの言いだ。
 不敬に近い微笑を顔に張りつけた下男の視線を、サリオンは知っている。

 嫉妬。妬み。 そねみ。

 なぜこんな貧相でちっぽけなオメガに、宮殿を案内しなければならないのか。
 彼は名前も聞かれない下男だとしても、王宮で皇帝に仕える自負がある。

 だから相手にしなかった。

 これといった会話もなく、先導されるがままに石段を下りていく。
 さほど深くない場所に階段は続いていた。
 
「こちらが湯あみでございます」

 下男に両開き扉を開かれた。
 途端にむっとした蒸気に正面から襲われた。

 湯気で全容は見えないが、いくつもの柱で支えられた浴槽がそこにある。
 大小のいくつもの湯舟と蒸気風呂、石作りの垢擦り台。ガラス戸の向こうにも広大な湯舟が見える。

「脱衣場はこちらです。湯あみの間に私どもが着替えをご用意いたします。体を拭く布も置いてございますからお使いくださいませ」

 内湯のガラス戸に手のひらを向けられて、思わず覗き込む。
 脱衣所には棚がいつくかある。
 汚れ物を入れる籐籠や、着替えを入れた籐籠が棚にある。
 あとは体を拭う布が数枚重ねてある。

「それでは湯あみが済み次第、あちらのベルでお呼びください。寝室にお連れ申し上げます」

 下男を呼び出す金箔張りのベルは反対側の出入り口付近の棚に置かれていた。
 これからは毎日、この風呂を使うのだ。

「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」

 と、最後に慇懃に一礼して、案内の下男が階段へ戻っていった。
 サリオンは下帯姿になるのも、もどかしいほど興奮していた。
 湯あみは大好きだ。
 アルベルトに話をしたかどうかは不鮮明だが、この広大な風呂場を独り占めしてくつろげる。
 考えただけで胸が弾んだ。

 脱衣所で貫頭衣を脱ぎ去り、湯舟に飛び込んだ。
 ここでは誰にも命令されない。
 自分の意思を通すことが許される。

 大小の風呂は浅いか深いかの差だった。浅い風呂から入って体を馴染ませ、深い風呂に入って体を温め、外に出てのぼせを覚ます。外の湯舟には半分寝た形になれる木の椅子も置かれていた。
 
 こんな湯舟なら、延々入っていられるが、垢すり台に視線を何度も戻される。

 アルベルトはしばらく寝所を共にする気はないようだが、擦っておくべきかどうかを思案する。
 まるで彼に奉仕するように。

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