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第五章 皇帝の寵姫として

第8話 面倒くさい

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 アルベルトに宥めすかされるようにして、サリオンはようやくナイフとフォークを手にして眺める。
 どの料理も好物ばかりだ。

「俺が好きなものばかり、用意してくれた気持ちはわかるけど。まさか毎日これじゃ、ないだろうな?」

 公娼の廻しの奴隷だった時には、決して文句も言えなかった食事だが、雰囲気に呑まれて思わず本心を口にした。

「もちろんだとも。お前の好みはわかっているから、それに合う食事を考えるのも楽しみだ」
「……って、あんたが何を出すのか考えるのか?」
「当然だろう。この王宮では、お前のことは俺がいちばんわかっている」
「それは、そうかもしれないけれど……」

 半ば呆れ、半ば諦め半分で、サリオンは語尾を消えいらせた。
 アルベルトは公務のように、ふたりで何を食べるのか、三度三度考える気でいるらしい。

 けれども、それは気まぐれだ。
 勢いに任せて、つい言ってしまっただけのこと。

 サリオンは、誰かがこうすると公言しても、信じない。
 注がれた赤ワインにも手を伸ばす。
 最初はそうでも、段々面倒くさくなるに決まっている。

 ユーリスに会うまでは、故国クルムの娼館で最高位だった自分が、どんな男に口説き落とされるかまでが勝負であり、娯楽のひとつとされていた。
 あれやこれやと尽くされても、人の心は物では釣れない。
 釣られた自分が後々みじめになるだけだ。

 サリオンは、にこりともせず鮮やかな黄色のオムレツにフォークを刺した。

「……えっ?」

 フォークで感じた柔らかさ。
 これは普通のオムレツなどではなさそうだ。
 卵の甘みと塩気が絶妙な塩梅だ。

「どうだ?」
「……美味い」
「そうか、良かった」

 唖然となったサリオンを酒の肴にするように見つめられ、サリオンは眉を寄せつつ咀嚼する。

「そんなに見るなよ。ただの飯だろ?」
「お前にとってはそうかもしれん」

 ふっと息を吐くようにして笑ったアルベルトは背後の下男を呼び寄せる。
 バイオリンやピアノの演奏も続いている。

「ワインはどうする? 軽めのものから、ずっしりとしたものまで用意をさせたが、軽食だから軽めにするか?」
「いや、俺はシャンパンでいい」

 半分以下に減ったフルートグラスはワイングラスに同じものが注がれるのかと思ったが、給仕の奴隷はそのグラスを下げてしまい、真新しいグラスが手元に置かれる。

「それならフルーティな甘さがあるシャンパンがいいのか、酸味が強く、きりっとした口当たりの方がいいのか、どうする?サリオン」
「……どっちでもいい」
「お前が飲むんだ。自分で決めろ」
「だったら最初のシャンパンがいい」
「ワインはどうする?」
「軽い感じで、酸味が効いたものがいい」

 何かを飲むたび食べるたび、こんなやり取りが続くのか。

 いろいろ飲ませてもらったり、食べさせてもらえるのは本心から嬉しく思うが、少しばかり面倒だ。

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