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第四章 逆転
第30話 こんな男をどうしたら
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テオクウィントス帝国皇帝と、その寵姫として迎え入れられる二人を乗せた馬車と、馬車の四方を囲む騎馬兵は、いつしかβの居住区の大通りにまで達していた。
アルファの居住区とは比べものにはならないが、道の石畳もそれなりに整備されている。
眩しい朝日は街そのものを揺り起こし、住民の目を開かせる。
大八車を引いた男が、物々しい皇帝の馬車の一行を避け、通りの端へと寄っている。
建て増しを繰り返した末に傾いた高層住宅、城塞のように高々とした土塀に囲まれた一軒家が混在する街。
サリオンは外倒しの窓を押し開けた。
「お前は馬車に乗ると、いつもそうだ。子供のように外の景色ばかり見る」
アルベルトの胸の中で身じろいで、窓枠に貼りつくサリオンの背後でぼやいている。
つれない奴だと嘆いている。
思わず肩越しに振り向くと、渋い顔で笑っていた。
「あんたの顔なんて見飽きてる」
「俺は一日中でもお前を見つめていられるのに、か?」
唇の片側の端を引き上げて、悪態をつくサリオンに、いつものように自嘲で応える恋人だ。
清涼な朝の空気が頭の中の混濁を、払拭しながら吹き抜ける。
朝霧も晴れ、戸建の家々の煙突から湯煙がたつ。
煙にのって運ばれた野菜を煮込んだスープの香りが鼻孔をくすぐる。思い返せば自分もアルベルトも、昨夜から何も口にしていない。
「腹が減ったな」
アルベルトがクッションを鋲留にした背もたれに、体を預けて訴える。
おどけるように掌を腹の辺りに当てている。
結局こうして何度でも、振り向かされてしまうのだ。
「王宮に着いたら飯を食おう」
「……うん」
「何がいい? 蒸し牡蠣か? 生ハムか? オリーブの実と山羊のチーズの盛り合わせ。どれもクルミ入りのパンにも良く合う。ああ、そうだ。干したプラムも用意しよう」
次から次へとアルベルトはサリオンの好物ばかりを夢見るような目をして語る。
夢見るような顔をして。
こんな男をどうしたら、拒み続けていられるのだろう。
今ですら、泉のように湧き上がる愛しさと同等のやるせなさとで、つぶされそうになっているのに、約束している半年も。
たとえどんなに愛しても、アルベルトの子を宿すことなど許されないのに。
どうしたら。
アルファの居住区とは比べものにはならないが、道の石畳もそれなりに整備されている。
眩しい朝日は街そのものを揺り起こし、住民の目を開かせる。
大八車を引いた男が、物々しい皇帝の馬車の一行を避け、通りの端へと寄っている。
建て増しを繰り返した末に傾いた高層住宅、城塞のように高々とした土塀に囲まれた一軒家が混在する街。
サリオンは外倒しの窓を押し開けた。
「お前は馬車に乗ると、いつもそうだ。子供のように外の景色ばかり見る」
アルベルトの胸の中で身じろいで、窓枠に貼りつくサリオンの背後でぼやいている。
つれない奴だと嘆いている。
思わず肩越しに振り向くと、渋い顔で笑っていた。
「あんたの顔なんて見飽きてる」
「俺は一日中でもお前を見つめていられるのに、か?」
唇の片側の端を引き上げて、悪態をつくサリオンに、いつものように自嘲で応える恋人だ。
清涼な朝の空気が頭の中の混濁を、払拭しながら吹き抜ける。
朝霧も晴れ、戸建の家々の煙突から湯煙がたつ。
煙にのって運ばれた野菜を煮込んだスープの香りが鼻孔をくすぐる。思い返せば自分もアルベルトも、昨夜から何も口にしていない。
「腹が減ったな」
アルベルトがクッションを鋲留にした背もたれに、体を預けて訴える。
おどけるように掌を腹の辺りに当てている。
結局こうして何度でも、振り向かされてしまうのだ。
「王宮に着いたら飯を食おう」
「……うん」
「何がいい? 蒸し牡蠣か? 生ハムか? オリーブの実と山羊のチーズの盛り合わせ。どれもクルミ入りのパンにも良く合う。ああ、そうだ。干したプラムも用意しよう」
次から次へとアルベルトはサリオンの好物ばかりを夢見るような目をして語る。
夢見るような顔をして。
こんな男をどうしたら、拒み続けていられるのだろう。
今ですら、泉のように湧き上がる愛しさと同等のやるせなさとで、つぶされそうになっているのに、約束している半年も。
たとえどんなに愛しても、アルベルトの子を宿すことなど許されないのに。
どうしたら。
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