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第四章 逆転
第28話 振り返る場所は、はるか遠くに
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「さあ、帰ろう」
自身のトガのドレープで、包み込むようにしてサリオンを促す声音が既に甘かった。
この場から連れ帰る高揚を、隠そうともしていない。
だから余計に気恥ずかしい。
公娼の大ホールに、大階段に、二階の廊下の手摺りから身を乗り出す群集に、どんな顔を晒せばいいのかわからない。
今、レナがどんな思いでいるのかを考えれば、引き結んだ唇が折り曲がる。
けれども甘美に囁かれるたび、サリオンの唇が花開く。
形のいい白い歯を覗かせる唇は官能的に紅く色づき、群集を魅了する。
そんなサリオンを誰の目からも隠したい。見惚れていいのは自分だけ。
アルベルトは敵の陣でも見据えるように、尖った目をして威嚇する。
ただ、サリオンは玄関近くでひしめく人からミハエルを見出すと、かろうじて顔を上げ、無言のうちに会釈した。
不安しかないこの先の王宮で、彼に再会できるよう、祈るように彼を見た。
「足元に気をつけろ」
門前に横づけされた馬車に先に乗り込んだアルベルトが身を屈め、サリオンに手を伸べた。
踏み台は御者が恭しくランプで照らしている。
側面の鉄の手摺りを掴んで上れば転倒などするはずもない。にも関わらず、自分の手を取れ、頼れと言う。
「……ありがとう」
サリオンは消え入りそうな小声で礼を述べ、差し伸べられた掌に手を重ね、力強く握られる。
ぐいと中に引き入れられ、クッションの効いた座席に誘なわれた。
広々とした四人掛けの座席の後部に二人で並び、隙間なく体を密着させ合い、温もりを確かめ合う。
程なく御者に扉を閉じられ、御者台に戻った男が二頭の馬に鞭をくれ、馬車が静かに動き出す。車輪が軋む音を立て、規則正しい馬の蹄鉄の音がする。
皇帝を乗せた馬車の前後左右に、鉄の鎧で身を固めた衛兵が付く。
物々しい行幸の一員となったサリオンは、思わず窓辺に身を寄せて、ガラスの窓に手をついた。
レナ。
俺はお前を愛していた。
二人でここに連れて来られたその夜から、レナは客を取らされた。
奴隷のオメガは感情もなければ意思もない。ベータやアルファに快感だけをもたらす玩具にされたお前を心から愛していた。偽善者でもいい。裏切り者でも咎人でもいい。誰に何と言われても、俺はお前を愛していた。
髙い塀に囲われた、堅牢な城塞にも似た公娼が見る間に遠退く。長かった夜が明け、王宮を頂く連峰が黄金色の輝きを放っている。
野飼いの鶏鳴が暁を報せている。
自身のトガのドレープで、包み込むようにしてサリオンを促す声音が既に甘かった。
この場から連れ帰る高揚を、隠そうともしていない。
だから余計に気恥ずかしい。
公娼の大ホールに、大階段に、二階の廊下の手摺りから身を乗り出す群集に、どんな顔を晒せばいいのかわからない。
今、レナがどんな思いでいるのかを考えれば、引き結んだ唇が折り曲がる。
けれども甘美に囁かれるたび、サリオンの唇が花開く。
形のいい白い歯を覗かせる唇は官能的に紅く色づき、群集を魅了する。
そんなサリオンを誰の目からも隠したい。見惚れていいのは自分だけ。
アルベルトは敵の陣でも見据えるように、尖った目をして威嚇する。
ただ、サリオンは玄関近くでひしめく人からミハエルを見出すと、かろうじて顔を上げ、無言のうちに会釈した。
不安しかないこの先の王宮で、彼に再会できるよう、祈るように彼を見た。
「足元に気をつけろ」
門前に横づけされた馬車に先に乗り込んだアルベルトが身を屈め、サリオンに手を伸べた。
踏み台は御者が恭しくランプで照らしている。
側面の鉄の手摺りを掴んで上れば転倒などするはずもない。にも関わらず、自分の手を取れ、頼れと言う。
「……ありがとう」
サリオンは消え入りそうな小声で礼を述べ、差し伸べられた掌に手を重ね、力強く握られる。
ぐいと中に引き入れられ、クッションの効いた座席に誘なわれた。
広々とした四人掛けの座席の後部に二人で並び、隙間なく体を密着させ合い、温もりを確かめ合う。
程なく御者に扉を閉じられ、御者台に戻った男が二頭の馬に鞭をくれ、馬車が静かに動き出す。車輪が軋む音を立て、規則正しい馬の蹄鉄の音がする。
皇帝を乗せた馬車の前後左右に、鉄の鎧で身を固めた衛兵が付く。
物々しい行幸の一員となったサリオンは、思わず窓辺に身を寄せて、ガラスの窓に手をついた。
レナ。
俺はお前を愛していた。
二人でここに連れて来られたその夜から、レナは客を取らされた。
奴隷のオメガは感情もなければ意思もない。ベータやアルファに快感だけをもたらす玩具にされたお前を心から愛していた。偽善者でもいい。裏切り者でも咎人でもいい。誰に何と言われても、俺はお前を愛していた。
髙い塀に囲われた、堅牢な城塞にも似た公娼が見る間に遠退く。長かった夜が明け、王宮を頂く連峰が黄金色の輝きを放っている。
野飼いの鶏鳴が暁を報せている。
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