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第四章 逆転
第25話 ふたりでひとり
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「ただ、レナは、後宮に入るかどうかは、考えさせて欲しいと言っている」
「レナが?」
まさかとサリオンは瞠目した。
後宮に入れば、見ず知らずの男の慰み者に、ならずにいられる。
アルベルトは後宮では可能な限り、レナを優遇するだろう。
その提案を蹴るかもしれない含みを持たせた返答に、愕然として息を引き切るサリオンに、アルベルトが痛ましそうに眉根を寄せた。
サリオンは背中側でカーテンを握り締め、伏し目になり、視線は大理石の床へと滑り降り、長い睫毛を震わせた。
そうなのだ。
どうしてレナも一緒だと、決めてかかっていたのだろう。
サリオンは自分の傲慢さに気がついた。
王宮で、アルベルトの隣に並ぶ裏切り者を見せつけられるぐらいなら、見ず知らずの男達に嬲られる公娼に、留まる方がマシだと豪語されたも同然だ。
サリオンの大きな双眸から涙が溢れ落ち、床の上で弾け飛ぶ。
レナからアルベルトを略奪した、せめてもの償いに、レナを苦界から救いたい。
そんな 驕慢な意気込みは、見事なまでに 一蹴され、サリオンは思い知らされた。
ふたりは道を分かつのだ。
「サリオン」
大股でアルベルトが歩み寄る。
アルベルトはその長い腕を差し出して胸を開き、悲嘆にくれる恋人を、抱き締めようとしてくれる。
そんな彼をサリオンは、首を振って制御した。
「……サリオン」
サンダルの 音が不意に止み、かすれた当惑の声を聞く。
「今は……、触らないでくれ」
サリオンはしゃくりあげ、涙で言葉を詰まらせる。
これは彼の胸で流すべき涙ではない。自分が一人で背負うもの。
レナの落胆。
レナの失意。
打ち沈み、打ち据えられて湧き起こる 恩讐も、怒りの 焔も、何もかも。
「レナは不思議なぐらいに落ち着いて、俺の話を聞いていた」
アルベルトは掌でサリオンの髪を撫でるようにして呟いた。
開け放たれた高い窓が、舟の櫂をこぐかのような音を立てている。
「レナは……。掌を返されることに、どこかで慣れてしまっている」
深みのある低声が、ぽつりと床に落とされる。
サリオンは、アルベルトとふたりで雫となった言葉のシミを見つめていた。
「これは……。レナに期待をさせた俺の罪だ」
共犯者。
アルベルトは罪の痛みを分かち持とうとしてくれる。
この彼の力強さ、雄々しさを、レナはどれほど渇望していたことだろう。
片手で顔を覆ったサリオンは嗚咽する。
さようなら。
どこまでも、どこまでも、共に歩くと思っていた。
どこまでも。
俺の半身。俺の分身。
でも、だからこそ、こうなった。
ふたりでひとりだったから。
サリオンが泣き濡れた顔を上げるまで、アルベルトはそこにいた。
一体どのぐらいこうしていたのかわからない。
夜のしじま。
決して急かさず、踏み込むことなく彼はいた。
アルベルトを見るサリオンの眦から、熱い涙が一筋流れる。夜風で冷えた頬を涙が温める。
これが恋。
恐れも躊躇も迷いも糾弾すらも押し流す激流だ。
「レナが?」
まさかとサリオンは瞠目した。
後宮に入れば、見ず知らずの男の慰み者に、ならずにいられる。
アルベルトは後宮では可能な限り、レナを優遇するだろう。
その提案を蹴るかもしれない含みを持たせた返答に、愕然として息を引き切るサリオンに、アルベルトが痛ましそうに眉根を寄せた。
サリオンは背中側でカーテンを握り締め、伏し目になり、視線は大理石の床へと滑り降り、長い睫毛を震わせた。
そうなのだ。
どうしてレナも一緒だと、決めてかかっていたのだろう。
サリオンは自分の傲慢さに気がついた。
王宮で、アルベルトの隣に並ぶ裏切り者を見せつけられるぐらいなら、見ず知らずの男達に嬲られる公娼に、留まる方がマシだと豪語されたも同然だ。
サリオンの大きな双眸から涙が溢れ落ち、床の上で弾け飛ぶ。
レナからアルベルトを略奪した、せめてもの償いに、レナを苦界から救いたい。
そんな 驕慢な意気込みは、見事なまでに 一蹴され、サリオンは思い知らされた。
ふたりは道を分かつのだ。
「サリオン」
大股でアルベルトが歩み寄る。
アルベルトはその長い腕を差し出して胸を開き、悲嘆にくれる恋人を、抱き締めようとしてくれる。
そんな彼をサリオンは、首を振って制御した。
「……サリオン」
サンダルの 音が不意に止み、かすれた当惑の声を聞く。
「今は……、触らないでくれ」
サリオンはしゃくりあげ、涙で言葉を詰まらせる。
これは彼の胸で流すべき涙ではない。自分が一人で背負うもの。
レナの落胆。
レナの失意。
打ち沈み、打ち据えられて湧き起こる 恩讐も、怒りの 焔も、何もかも。
「レナは不思議なぐらいに落ち着いて、俺の話を聞いていた」
アルベルトは掌でサリオンの髪を撫でるようにして呟いた。
開け放たれた高い窓が、舟の櫂をこぐかのような音を立てている。
「レナは……。掌を返されることに、どこかで慣れてしまっている」
深みのある低声が、ぽつりと床に落とされる。
サリオンは、アルベルトとふたりで雫となった言葉のシミを見つめていた。
「これは……。レナに期待をさせた俺の罪だ」
共犯者。
アルベルトは罪の痛みを分かち持とうとしてくれる。
この彼の力強さ、雄々しさを、レナはどれほど渇望していたことだろう。
片手で顔を覆ったサリオンは嗚咽する。
さようなら。
どこまでも、どこまでも、共に歩くと思っていた。
どこまでも。
俺の半身。俺の分身。
でも、だからこそ、こうなった。
ふたりでひとりだったから。
サリオンが泣き濡れた顔を上げるまで、アルベルトはそこにいた。
一体どのぐらいこうしていたのかわからない。
夜のしじま。
決して急かさず、踏み込むことなく彼はいた。
アルベルトを見るサリオンの眦から、熱い涙が一筋流れる。夜風で冷えた頬を涙が温める。
これが恋。
恐れも躊躇も迷いも糾弾すらも押し流す激流だ。
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