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第四章 逆転
第14話 夢にまで見た
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胸中で気勢をあげたサリオンを、アルベルトが凝視する。
互いの言葉に当惑し、息を凝らして見つめ合う。
瞠目したアルベルトの亜麻色の瞳が、可憐なまでに震えていた。
その彼が左手で、むんずとサリオンの右手を掴むなり、饗宴の間の扉の前で身をひるがえして、今来たばかりの廊下を決然として引き返す。
「ア……、アルベルト!」
猛然とした足取りのアルベルトに引っ張られ、サリオンは前のめりなる。
その声で我に返ったかのように、アルベルトの肩が揺れ、石造りの廊下を踏み鳴らすサンダルの音がピタリと止んだ。だが、握られた手はそのままだ。
アルファであり王族でもあるトガの袖には、金糸と赤の豪華な刺繍が袖口にほどこされている。
右肩から左の脇にかけて、何層にも折られた襞を、右腕の肘から手首で抱える彼は、自由になる左手で、奴隷のオメガの荒れた手を握り直した。
掌が合わさるように、しっかりと。
「俺はお前と帰る。王宮に」
「……えっ?」
「後宮に入ってくれると言うのなら、たった今から俺の皇妃だ。下男の廻しで働かせるなど、この俺が許さない」
アルベルトはサリオンに顔を寄せ、確固とした口調で言い切った。
そして、握り締めたサリオンの手を恭しく持ち上げて、その指先にキスをする。何かに誓いをたてるように目を閉じて。
「だ、……だけど、俺はまだ」
「サリオン。懐妊の兆きざしが見えてから、後宮から王宮に移らせるなどしたくない。お前は皇帝が住まう王宮で寝起きを共にし、朝の眩しい食卓を囲み、市政に赴く俺を見送れ。夕刻には戻る俺を出迎えて、晩餐を共にしたなら、共にベッドで……」
キスを降らせた指先を、まだ唇に当てたまま、切々と語るアルベルトの低い声に酔わされて、サリオンの目が濡れたように艶めいた。
レナと二人で後宮住まいになるはずが、いつのまにか待遇が、衣食住を共にする皇妃そのものになっている。
「それなら、レナは」
「レナには後宮から馬車で迎えに来させる。後宮で最も位の高いオメガとして、贅を尽くした部屋に住まわせ、どんな贅沢もさせてやる」
質問責めにされるのが煩わしいのか、眉根を寄せたアルベルトは今度こそ、問答無用とばかりにサリオンの手を引き、歩き出す。
今度は小柄なサリオンの歩幅に合わせているのがわかる。
視線を落としたサリオンは、繋がれた手と手が剥き出しになった状態に、はっと息を引き切った。
次の瞬間、掴まれた手を引き抜きかけたが、目を丸くしたアルベルトに、肩越しに訝しそうに見つめられ、小さくなって俯いた。
「……お、俺は、この公娼では」
「下男の廻しに触れるなと、まだ言うつもりか? 皇帝が皇妃と手を取り合って何が悪い」
肉感的な唇の端を横に引き上げ、伏し目になったアルベルトの眼差しに、鼓動を跳ね上げ、色白の頬に朱を注ぐ。
そうなのだろうか? 本当に。
これからは誰に咎めを受けることなく、こうしていられる。
目頭を熱くしたサリオンの頬を涙が伝い、瞬きするたび筋すじになる。
互いの言葉に当惑し、息を凝らして見つめ合う。
瞠目したアルベルトの亜麻色の瞳が、可憐なまでに震えていた。
その彼が左手で、むんずとサリオンの右手を掴むなり、饗宴の間の扉の前で身をひるがえして、今来たばかりの廊下を決然として引き返す。
「ア……、アルベルト!」
猛然とした足取りのアルベルトに引っ張られ、サリオンは前のめりなる。
その声で我に返ったかのように、アルベルトの肩が揺れ、石造りの廊下を踏み鳴らすサンダルの音がピタリと止んだ。だが、握られた手はそのままだ。
アルファであり王族でもあるトガの袖には、金糸と赤の豪華な刺繍が袖口にほどこされている。
右肩から左の脇にかけて、何層にも折られた襞を、右腕の肘から手首で抱える彼は、自由になる左手で、奴隷のオメガの荒れた手を握り直した。
掌が合わさるように、しっかりと。
「俺はお前と帰る。王宮に」
「……えっ?」
「後宮に入ってくれると言うのなら、たった今から俺の皇妃だ。下男の廻しで働かせるなど、この俺が許さない」
アルベルトはサリオンに顔を寄せ、確固とした口調で言い切った。
そして、握り締めたサリオンの手を恭しく持ち上げて、その指先にキスをする。何かに誓いをたてるように目を閉じて。
「だ、……だけど、俺はまだ」
「サリオン。懐妊の兆きざしが見えてから、後宮から王宮に移らせるなどしたくない。お前は皇帝が住まう王宮で寝起きを共にし、朝の眩しい食卓を囲み、市政に赴く俺を見送れ。夕刻には戻る俺を出迎えて、晩餐を共にしたなら、共にベッドで……」
キスを降らせた指先を、まだ唇に当てたまま、切々と語るアルベルトの低い声に酔わされて、サリオンの目が濡れたように艶めいた。
レナと二人で後宮住まいになるはずが、いつのまにか待遇が、衣食住を共にする皇妃そのものになっている。
「それなら、レナは」
「レナには後宮から馬車で迎えに来させる。後宮で最も位の高いオメガとして、贅を尽くした部屋に住まわせ、どんな贅沢もさせてやる」
質問責めにされるのが煩わしいのか、眉根を寄せたアルベルトは今度こそ、問答無用とばかりにサリオンの手を引き、歩き出す。
今度は小柄なサリオンの歩幅に合わせているのがわかる。
視線を落としたサリオンは、繋がれた手と手が剥き出しになった状態に、はっと息を引き切った。
次の瞬間、掴まれた手を引き抜きかけたが、目を丸くしたアルベルトに、肩越しに訝しそうに見つめられ、小さくなって俯いた。
「……お、俺は、この公娼では」
「下男の廻しに触れるなと、まだ言うつもりか? 皇帝が皇妃と手を取り合って何が悪い」
肉感的な唇の端を横に引き上げ、伏し目になったアルベルトの眼差しに、鼓動を跳ね上げ、色白の頬に朱を注ぐ。
そうなのだろうか? 本当に。
これからは誰に咎めを受けることなく、こうしていられる。
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