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第四章 逆転
第11話 抱き合えない
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「寝所持ちのミハエル様は、何かと俺を気にかけて……」
「お前を気にかけてる奴が、泣かせるのか?」
怒りの矛先を変えられて、サリオンは喉が詰まったようになる。
ミハエルの優しさに触れ、不意に零れた涙をそっと、拭った時から見られていたのか。
気炎を吐くアルベルトの怒りは治まらない。
かといって、涙の理由を本人に聞かせる事はできないと、サリオンは瞳を激しく震わせた。
すると、頭の上で、クスリと笑う声がした。
「ご心配には及びません。慈悲深い彼は、私の悲惨な過去の話を聞きながら、涙してくれただけでございます」
作り話で助け舟を出してくれたミハエルが、階段を数段下りると振り返り、アルベルトに深々とお辞儀じきした。
「それでは、私はこれで失礼致します」
芝居がかった声音で告げると、まだアルベルトに抱かれたままのサリオンに顔を近づけ、囁いた。
「……相変わらず愛されてるな。俺が心配することもなかったか?」
アルベルトは剣呑な空気をまとったまま、サリオンをからかったミハエルから、体をよじってサリオンを反対側へと遠ざける。
まるで自分以外の男とは会話すら許さない。
指一本触れさせないとでも言いたげに。
肩越しに 艶然とした微笑みを寄越したミハエルは、大階段を快活に駆け下りる。
その後ろ姿が大ホールを抜け、回廊に入って消えるまで、アルベルトの視線はミハエルを追いかけ、頑なにサリオンを抱いていた。
これは俺のものだから、誰にもやらない、触らせないと駄々をこね、闇雲に喚いて主張する、意固地な子供のようだった。
アルベルトのトガのドレープにくるまれて、サリオンの鼓動は刻一刻と速まった。
このままずっと頬に胸を押し当てて、抱き締められていられたら。
アルベルトの体温、腕の力、厚い胸板、香油の匂い。
彼のすべてを享受する、権利があるのは自分だけだと言えたなら。
「お離しください。私は下男の廻しです」
顔を伏せたサリオンは、渾身の力で腕を突っ張り、アルベルトから逃れ出る。
公娼では『売り物』のオメガ以外に手出しをしない規約がある。
往来の激しい大ホールの階段で、抱き合うことなど許されない。
アルベルトは不承不承な顔つきで離れはしたが、沈黙したまま右手を強く握られた。
サリオンは息を凝らしてアルベルトの目を凝視した。
迫るような勢いで見つめ返してくる男。
玄関ホールに背中を向けて立っているアルベルト本人と、幾重にも折られたトガのドレープが死角になり、その手は見咎められない計算づくでの威嚇でもあり、懇願でもある。
そうすることで訴えたいのは何なのか。
示したいのは何なのか。
サリオンは腑抜けのように突っ立って、されるがままになっていた。
アルベルトが来館しない一縷の望みも、あえなく断たれた現実に、体も心もつぶされて、彼を見上げる意思すら湧かない。
握られた手を握り返しもしなかった。
夜営業が始まるやいなや、来館をしたアルベルトは、レナと過ごす一夜を少しでも長く取るために、こんなに早く来たのではという疑念が黒い霧になり、胸をじわじわ塗りつぶす。
「お前を気にかけてる奴が、泣かせるのか?」
怒りの矛先を変えられて、サリオンは喉が詰まったようになる。
ミハエルの優しさに触れ、不意に零れた涙をそっと、拭った時から見られていたのか。
気炎を吐くアルベルトの怒りは治まらない。
かといって、涙の理由を本人に聞かせる事はできないと、サリオンは瞳を激しく震わせた。
すると、頭の上で、クスリと笑う声がした。
「ご心配には及びません。慈悲深い彼は、私の悲惨な過去の話を聞きながら、涙してくれただけでございます」
作り話で助け舟を出してくれたミハエルが、階段を数段下りると振り返り、アルベルトに深々とお辞儀じきした。
「それでは、私はこれで失礼致します」
芝居がかった声音で告げると、まだアルベルトに抱かれたままのサリオンに顔を近づけ、囁いた。
「……相変わらず愛されてるな。俺が心配することもなかったか?」
アルベルトは剣呑な空気をまとったまま、サリオンをからかったミハエルから、体をよじってサリオンを反対側へと遠ざける。
まるで自分以外の男とは会話すら許さない。
指一本触れさせないとでも言いたげに。
肩越しに 艶然とした微笑みを寄越したミハエルは、大階段を快活に駆け下りる。
その後ろ姿が大ホールを抜け、回廊に入って消えるまで、アルベルトの視線はミハエルを追いかけ、頑なにサリオンを抱いていた。
これは俺のものだから、誰にもやらない、触らせないと駄々をこね、闇雲に喚いて主張する、意固地な子供のようだった。
アルベルトのトガのドレープにくるまれて、サリオンの鼓動は刻一刻と速まった。
このままずっと頬に胸を押し当てて、抱き締められていられたら。
アルベルトの体温、腕の力、厚い胸板、香油の匂い。
彼のすべてを享受する、権利があるのは自分だけだと言えたなら。
「お離しください。私は下男の廻しです」
顔を伏せたサリオンは、渾身の力で腕を突っ張り、アルベルトから逃れ出る。
公娼では『売り物』のオメガ以外に手出しをしない規約がある。
往来の激しい大ホールの階段で、抱き合うことなど許されない。
アルベルトは不承不承な顔つきで離れはしたが、沈黙したまま右手を強く握られた。
サリオンは息を凝らしてアルベルトの目を凝視した。
迫るような勢いで見つめ返してくる男。
玄関ホールに背中を向けて立っているアルベルト本人と、幾重にも折られたトガのドレープが死角になり、その手は見咎められない計算づくでの威嚇でもあり、懇願でもある。
そうすることで訴えたいのは何なのか。
示したいのは何なのか。
サリオンは腑抜けのように突っ立って、されるがままになっていた。
アルベルトが来館しない一縷の望みも、あえなく断たれた現実に、体も心もつぶされて、彼を見上げる意思すら湧かない。
握られた手を握り返しもしなかった。
夜営業が始まるやいなや、来館をしたアルベルトは、レナと過ごす一夜を少しでも長く取るために、こんなに早く来たのではという疑念が黒い霧になり、胸をじわじわ塗りつぶす。
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