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第四章 逆転

第1話 皇帝の来館

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 その日の夜の公娼は、数日振りの皇帝の来館に沸いていた。

 夕方になって王宮の使者から届けられた巻き紙に、相方の指名はレナだと書かれていたことも、館の主人を喜ばせた。

 巻き紙を主人に渡したサリオンに、

「陛下はレナをお見捨てになられた訳ではなかったんだ」

 と、喜色を浮かべ、今夜は念入りに支度をするよう言いつける。

「このぐらい間が開いた後の方が、男の方も盛さかりやすい。皇帝といえども陛下も男だ。レナをとびきり磨いてやれ」
「……はい」
「提督の御子を身籠ったオメガと、皇帝の御子を身ごもったオメガとでは格が違う。何としてでも公娼うちから皇太子を輩出したい。王宮の後宮から懐妊の報せが届かないうちに、だ。この国では第一子が皇太子になるんだからな」


 その栄誉に一役買った者として、皇帝から何らかの報酬が得られると、期待している顔つきだ。
 浮かれる主人を後にして、サリオンはレナの居室に移動する。

 俯き加減で唇を固く引き結び、大理石の階段を駆け上る。

 そのサンダルの靴音が尖っている。既に苛立ちをはらんでいる。
 そんな自分に自分で舌打ちしたい気分になる。

 
 皇帝を今まで通りに歓待し、豪勢な饗宴の席でレナをはべらせ、夜が更けたらレナの居室に二人で向かう。
 そして、アルベルトがレナの寝所に初めて足を踏み入れる。

 しかも、その場に自分も居合わせる。

 レナと睦むアルベルトを、この目で見届けなければならないのだ。


「レナ」

 居室のドアをノックして引き開ける。
 すると、蜂蜜と数種の香草を混ぜた濃艶な芳香が、出入り口まで漂った。

 肌理の細かいレナの肌に光沢を添えるため、先ほど廻しの自分が調合した乳白色のクリームが、銀の器に盛られたままになっている。

 それを『舐める』前提で、男の劣情を昂ぶらせ、興奮を持続させる作用が強い香草を練り込んだ。

 これを今からレナの全身に塗りつける。

 そのあと素肌が透けて見えるほど、薄い生地の貫頭衣を着せかけて、繊細な刺繍がほどこされた腰紐を結んでやり、手足の爪の手入れをする。

 
 レナは今夜に限って衣装も宝石も化粧も爪を染める染料の色までも、自分で選ぶと言い出した。
 そのため、レナの要望通りに、支度を手伝うのみとなる。

 普段着の麻の貫頭衣姿のまま、レナは長椅子に浅く腰をかけ、手前の楕円のテーブルに、ありったけの宝石を並べている。
 これ等の首飾りや耳飾り、指輪や腕輪はアルベルトの不在時に、レナの気を僅かでも引きたい一心で、常客が貢いだ品々だ。

「どれにしようか迷ってるんだ。陛下は煌々しいのはお好みじゃないけれど、いつもと違った感じにしたいんだ。だって今夜は……」

 レナは金の指輪を摘み上げ、はにかんだ。
 滑らかな白い頬や目元がほんのり上気する。

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