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第三章 争奪戦

第92話 侵略者の眼で

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「……えっ?」

 顔を上げたサリオンは絶句した。

 見上げた彼は、ロウソクに斜に照らし出された魔物か何かのようだった。
 男らしい精悍な顔は、一切の表情を削ぎ落している。

 自分を見下ろす薄い茶色の綺麗な瞳は、ガラスのように冷ややかだ。

「俺が……、一緒に? 見届ける……?」

 呟いたのは、言われた言葉が頭にも心の中にも入って来ないからだった。

 さっきから、何を要求されているのかがわからなくなり、瞬きだけをくり返す。

 アルベルトから顔を背けたサリオンは、再び 臥台がだいに手をついた。
 最初に唇が震え出し、歯の音がカチカチなっていた。

 どのみち子供を孕むことができない無能な体と引き換えに、レナと世継ぎをもうけて欲しいだけなのに。
 取り引きは単純だったはずなのに。

 自分は安直だったのだ。

 軍事力で隣国を壊滅させ、着々と領土拡大を遂行するテオクウィントス帝国の皇帝を、理解し切れていなかった。

 
 レナを抱く条件として突きつけられた要請は、公娼では『売り物』にならない奴隷のオメガにも関わらず、発情を鎮める薬を飲まないこと。

 発情したなら王宮まで行き、発情期の七日の内、最低三日は生活を共にする。

 もちろんアルベルトには身体を求められるだろう。
 発情期でも避妊薬を用いれば、身籠る恐れは回避できるかもしれない。

 しかし一緒に住むなら、監視の目もつく。

 皇帝を警護している側近達の目を盗み、密かに飲んだりできるのか? 

 
 何より最後に出された条件が頭の中で渦を巻き、鼓動が胸を打ちつける。臥台についた手と腕で体を支えていなければ、くずおれそうになっていた。

「……正気か? あんた」

 
 サリオンは花模様のクッションを握り締め、かろうじて声を絞り出す。

 レナが他の昼三男娼の追随を許さないほど、高値で売られる理由のひとつは、類まれなる美貌だからだけではない。
  ねやでの恥技や奉仕の妙こそ、レナの価値。
 そのレナと、まぐわう自分を見ろと言う。

 サリオンは額に汗を拭き出させ、肩で息をし始める。

 これはアルベルトを極限にまで怒らせた、自分に対する罰なのか。それならいっそ好きなだけ鞭で打って欲しかった。

「俺は本気だ。お前がそれを拒否するのなら、この契約は不履行だ」


 毒のある尖った声音で返されて、項垂れたサリオンが瞠目する。
 言葉の刃で背中から一突きにされたかのようだ。

 サリオンは放心したまま目を向けた。いっそ全てを無に帰すための無理難題だと思いたい。

 けれどもロウソクの火を背にした長身の恋人は、 禍々まがまがしい黒影と化している。微動だにせず自分を見ている。

 酔いが醒めたというような、冷徹な目で。
 侵略者の目で。

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