皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

手塚エマ

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第三章 争奪戦

話89話 最終通告

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 サリオンは背中を丸めて凍りつく。

 レナに対する表と裏の感情に、左右の腕を引っ張られ、どうしていいのかわからない。

 一途なレナの恋情が、アルベルトに届くまで、支えるつもりだったのに。今まで一度も番つがいに出会ったことがない不憫なレナの幸せを、見届けたかったはずなのに。

 この期に及んで止めさせたくなり、荒れる自分が顔を出す。
 絶対嫌だと泣きわめく、金切り声が頭の中で反響する。

 サリオンは、唖然と虚空を見つめていた。

 
 自分もレナもクルムの娼館で最初から、昼三だった訳じゃない。
 客も取れない幼少時。

 犬に食わせる餌同様の残飯を、分け合いながら生き延びてきた弟でもあり、見知らぬ男に身体を凌辱されるという、仕事の辛苦に共に涙した戦友だ。

 そんなレナとアルベルトの二人の窮地を救うには、こうするしかない。

 けれども決意の裏側から、レナへの優越感と嫉妬が同時に沁み出して、黒い もやと化している。


「サリオン」

 
 背後で尖った声がした。

 ほんの一瞬、弾かれたように頭を上げたが、振り向けなかった。
 彼の思いをはね返すだけの信念が、砂で出来た搭のようになっていた。

 サンダルの大きな靴音が、真後ろで止む。彼が纏まとうう香油の匂いが濃くなった。
 固唾かたずを呑んだサリオンに、触れることなくアルベルトが問う。

「それでもお前は自分と寝たいと言うのなら、レナとも寝ろと言い続ける気か?」

 
 これが最後の審判だとでも言いたげな詰問だ。

 臥台の上の明るい色のクッションやカーテンや、家族の温もりやくつろぎを演出した応接の間に、死のような静寂が訪れる。

 出窓の外で一陣の風が吹き渡り、木立の葉擦れの音がした。


「俺には、あんたの子供を宿せる自信がない」

 伏し目になったサリオンは、力なく項垂れる。

「それはまだ心のどこかで、お前の番をなぶり殺しにした国の皇帝だという意識が残っているからか?」

 
 やりきれなさを剥き出しにするアルベルトは、語調を強めて言い募る。
 けれども無言を貫いた。

 ユーリスを奪い、自分やレナを奴隷にした、仇の国の皇帝だという憎しみは、和らぎつつある。
 罪の意識は、むしろそちらに傾いて、今は亡き番に対する 呵責かしゃくの念が渦を巻く。


 けれども自分はきっとアルベルトの子を宿せないという確信は、そこから派生していない。

 自分はレナにも打ち明けられない、秘密を隠し持っている。
 ましてやアルベルトには口が裂けても言えない秘密が、必ず彼を拒むだろう。

 わかっているから うなずかなかった。びょうという夜風が再び梢こずえを揺らした。

 庭に面した窓枠が、微かに音を立てていた。

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