178 / 297
第三章 争奪戦
話89話 最終通告
しおりを挟む
サリオンは背中を丸めて凍りつく。
レナに対する表と裏の感情に、左右の腕を引っ張られ、どうしていいのかわからない。
一途なレナの恋情が、アルベルトに届くまで、支えるつもりだったのに。今まで一度も番つがいに出会ったことがない不憫なレナの幸せを、見届けたかったはずなのに。
この期に及んで止めさせたくなり、荒れる自分が顔を出す。
絶対嫌だと泣きわめく、金切り声が頭の中で反響する。
サリオンは、唖然と虚空を見つめていた。
自分もレナもクルムの娼館で最初から、昼三だった訳じゃない。
客も取れない幼少時。
犬に食わせる餌同様の残飯を、分け合いながら生き延びてきた弟でもあり、見知らぬ男に身体を凌辱されるという、仕事の辛苦に共に涙した戦友だ。
そんなレナとアルベルトの二人の窮地を救うには、こうするしかない。
けれども決意の裏側から、レナへの優越感と嫉妬が同時に沁み出して、黒い 靄と化している。
「サリオン」
背後で尖った声がした。
ほんの一瞬、弾かれたように頭を上げたが、振り向けなかった。
彼の思いをはね返すだけの信念が、砂で出来た搭のようになっていた。
サンダルの大きな靴音が、真後ろで止む。彼が纏まとうう香油の匂いが濃くなった。
固唾かたずを呑んだサリオンに、触れることなくアルベルトが問う。
「それでもお前は自分と寝たいと言うのなら、レナとも寝ろと言い続ける気か?」
これが最後の審判だとでも言いたげな詰問だ。
臥台の上の明るい色のクッションやカーテンや、家族の温もりやくつろぎを演出した応接の間に、死のような静寂が訪れる。
出窓の外で一陣の風が吹き渡り、木立の葉擦れの音がした。
「俺には、あんたの子供を宿せる自信がない」
伏し目になったサリオンは、力なく項垂れる。
「それはまだ心のどこかで、お前の番をなぶり殺しにした国の皇帝だという意識が残っているからか?」
やりきれなさを剥き出しにするアルベルトは、語調を強めて言い募る。
けれども無言を貫いた。
ユーリスを奪い、自分やレナを奴隷にした、仇の国の皇帝だという憎しみは、和らぎつつある。
罪の意識は、むしろそちらに傾いて、今は亡き番に対する 呵責の念が渦を巻く。
けれども自分はきっとアルベルトの子を宿せないという確信は、そこから派生していない。
自分はレナにも打ち明けられない、秘密を隠し持っている。
ましてやアルベルトには口が裂けても言えない秘密が、必ず彼を拒むだろう。
わかっているから 頷かなかった。びょうという夜風が再び梢こずえを揺らした。
庭に面した窓枠が、微かに音を立てていた。
レナに対する表と裏の感情に、左右の腕を引っ張られ、どうしていいのかわからない。
一途なレナの恋情が、アルベルトに届くまで、支えるつもりだったのに。今まで一度も番つがいに出会ったことがない不憫なレナの幸せを、見届けたかったはずなのに。
この期に及んで止めさせたくなり、荒れる自分が顔を出す。
絶対嫌だと泣きわめく、金切り声が頭の中で反響する。
サリオンは、唖然と虚空を見つめていた。
自分もレナもクルムの娼館で最初から、昼三だった訳じゃない。
客も取れない幼少時。
犬に食わせる餌同様の残飯を、分け合いながら生き延びてきた弟でもあり、見知らぬ男に身体を凌辱されるという、仕事の辛苦に共に涙した戦友だ。
そんなレナとアルベルトの二人の窮地を救うには、こうするしかない。
けれども決意の裏側から、レナへの優越感と嫉妬が同時に沁み出して、黒い 靄と化している。
「サリオン」
背後で尖った声がした。
ほんの一瞬、弾かれたように頭を上げたが、振り向けなかった。
彼の思いをはね返すだけの信念が、砂で出来た搭のようになっていた。
サンダルの大きな靴音が、真後ろで止む。彼が纏まとうう香油の匂いが濃くなった。
固唾かたずを呑んだサリオンに、触れることなくアルベルトが問う。
「それでもお前は自分と寝たいと言うのなら、レナとも寝ろと言い続ける気か?」
これが最後の審判だとでも言いたげな詰問だ。
臥台の上の明るい色のクッションやカーテンや、家族の温もりやくつろぎを演出した応接の間に、死のような静寂が訪れる。
出窓の外で一陣の風が吹き渡り、木立の葉擦れの音がした。
「俺には、あんたの子供を宿せる自信がない」
伏し目になったサリオンは、力なく項垂れる。
「それはまだ心のどこかで、お前の番をなぶり殺しにした国の皇帝だという意識が残っているからか?」
やりきれなさを剥き出しにするアルベルトは、語調を強めて言い募る。
けれども無言を貫いた。
ユーリスを奪い、自分やレナを奴隷にした、仇の国の皇帝だという憎しみは、和らぎつつある。
罪の意識は、むしろそちらに傾いて、今は亡き番に対する 呵責の念が渦を巻く。
けれども自分はきっとアルベルトの子を宿せないという確信は、そこから派生していない。
自分はレナにも打ち明けられない、秘密を隠し持っている。
ましてやアルベルトには口が裂けても言えない秘密が、必ず彼を拒むだろう。
わかっているから 頷かなかった。びょうという夜風が再び梢こずえを揺らした。
庭に面した窓枠が、微かに音を立てていた。
0
お気に入りに追加
352
あなたにおすすめの小説

真面目な部下に開発されました
佐久間たけのこ
BL
社会人BL、年下攻め。甘め。完結までは毎日更新。
※お仕事の描写など、厳密には正しくない箇所もございます。フィクションとしてお楽しみいただける方のみ読まれることをお勧めします。
救急隊で働く高槻隼人は、真面目だが人と打ち解けない部下、長尾旭を気にかけていた。
日頃の努力の甲斐あって、隼人には心を開きかけている様子の長尾。
ある日の飲み会帰り、隼人を部屋まで送った長尾は、いきなり隼人に「好きです」と告白してくる。

お世話したいαしか勝たん!
沙耶
BL
神崎斗真はオメガである。総合病院でオメガ科の医師として働くうちに、ヒートが悪化。次のヒートは抑制剤無しで迎えなさいと言われてしまった。
悩んでいるときに相談に乗ってくれたα、立花優翔が、「俺と一緒にヒートを過ごさない?」と言ってくれた…?
優しい彼に乗せられて一緒に過ごすことになったけど、彼はΩをお世話したい系αだった?!
※完結設定にしていますが、番外編を突如として投稿することがございます。ご了承ください。

国王の嫁って意外と面倒ですね。
榎本 ぬこ
BL
一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。
愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。
他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。



牛獣人の僕のお乳で育った子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
ほじにほじほじ
BL
牛獣人のモノアの一族は代々牛乳売りの仕事を生業としてきた。
牛乳には2種類ある、家畜の牛から出る牛乳と牛獣人から出る牛乳だ。
牛獣人の女性は一定の年齢になると自らの意思てお乳を出すことが出来る。
そして、僕たち家族普段は家畜の牛の牛乳を売っているが母と姉達の牛乳は濃厚で喉越しや舌触りが良いお貴族様に高値で売っていた。
ある日僕たち一家を呼んだお貴族様のご子息様がお乳を呑まないと相談を受けたのが全ての始まりー
母や姉達の牛乳を詰めた哺乳瓶を与えてみても、母や姉達のお乳を直接与えてみても飲んでくれない赤子。
そんな時ふと赤子と目が合うと僕を見て何かを訴えてくるー
「え?僕のお乳が飲みたいの?」
「僕はまだ子供でしかも男だからでないよ。」
「え?何言ってるの姉さん達!僕のお乳に牛乳を垂らして飲ませてみろだなんて!そんなの上手くいくわけ…え、飲んでるよ?え?」
そんなこんなで、お乳を呑まない赤子が飲んだ噂は広がり他のお貴族様達にもうちの子がお乳を飲んでくれないの!と言う相談を受けて、他のほとんどの子は母や姉達のお乳で飲んでくれる子だったけど何故か数人には僕のお乳がお気に召したようでー
昔お乳をあたえた子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
「僕はお乳を貸しただけで牛乳は母さんと姉さん達のなのに!どうしてこうなった!?」
*
総受けで、固定カプを決めるかはまだまだ不明です。
いいね♡やお気に入り登録☆をしてくださいますと励みになります(><)
誤字脱字、言葉使いが変な所がありましたら脳内変換して頂けますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる