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第三章 争奪戦
第87話 レナの悲願
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サリオンはじっと抱き締められたまま、虚ろな目をして切り出した。
「あんたがそれで気が済むのなら、好きなだけ俺と寝たらいい。それでも駄目だと納得して……、わかってくれたなら、それでいい。だけど俺と寝るなら、同じ数だけ公娼でレナを抱いてくれ。レナは必ずあんたの子供を宿してくれる。そうすればレナは元最高位の昼三として、後宮に迎え入てもらえるんだろ……?」
「……サリオン、お前」
アルベルトは当惑したように身じろいだ。
サリオンは唇を横に引くようにして薄く笑い、ごく淡々と通告する。
「同じ昼三の出のオリバーが、ダビデの子供を産んだとしても、ダビデの皇位継承権は第二位だ。二人の間に生まれた子供の継承権は四位に留まる。レナが産んだ子供が継承権の一位になり、ダビデは更に三位に下る。それが国にとって一番望ましい形だと、あんたはわかっているはずだ」
後宮でひしめく 数多の若く美しいオメガ達から抜きん出るには、子を産む以外に公娼の昼三だった過去がレナの武器になる。
サリオンは、レナを昼三のままで後宮入りを果たさせたかった。
自分を抱いて気が済んで、執着から解き放たれたアルベルトが、後宮で皇帝を待つオメガ達にも手を出さないとは言い切れない。
そんな時こそ、レナの過去がレナの地位を、 盤石なものにしてくれる。
皇太子を産み、なおかつ元最高位の昼三だったレナこそが、第一皇妃になれるだろう。
サリオンは練り上げた策に、束の間、浸り切っていた。
すると、突然肩を鷲掴みにされ、アルベルトの胸の中から追いやられた。
「どうしてお前は話をレナに擦りかえる? 今は俺とお前の話をしている。レナは関係ないはずだ!」
噛みつくように咎められ、サリオンは首をすくめて凍りつく。
「レナはお前が思っているより、ずっと大人だ。自分の意思を持っている。お前はまるで、朝から晩まで自分が世話をしなければ、生きてはいけないかのようにレナを下に見ているが、それはお前の思い上がりだ。いい加減に目を覚ませ!」
語気を荒げたアルベルトは噛みつかんばかりの顔つきで、薄絹をまとうサリオンの胸の辺りを指で突く。
レナの身の処し方を案じるだけに留まらず、レナを擁護し、憤る。
鼓動が激しく胸を打ちつけ、よろめくように退いた。
「……そうじゃない」
かろうじて声を絞り出し、か細い声で否定した。
サリオンは、アルベルトの目を直視できずに顔を伏せつつ言い足した。
「そうじゃなくて……、俺はただ……」
ただ何を言おうとしたのだろう。
アルベルトのために出来ること。レナのために出来ること。
それをしようとしている自分より、レナの方が大人だと、言外に告げられた衝撃で、頭の中が白くなる。
アルベルトには、レナの方が地に足のついた年長者に見えているのだ。
「レナが公娼から奴隷市場に売り払われるというのなら、位を剥奪されるその前に、昼三の最高位のまま後宮入りをさせてやる。後宮では誰よりもレナを優遇する。その上で、もしもレナが自分の 番を見つけたら、後見人には俺がなる。テオクウィントス帝国の皇帝が、盛大に祝宴を張ってやる。何ならレナと番のための離宮も建てる。お前が心底安心して、俺の子供を宿して産んでくれるなら、何でもする」
言葉尻を奪うように畳みかけられ、サリオンは、ますます口が重くなる。
アルベルトから思いがけなく見下げられ、打ちすえられたサリオンは、どうしてレナへの処遇ばかりを口にするのか、わかった気がした。
ふとした拍子に垣間見られるレナへの情愛。
自分を説得するために、処遇が過剰になればなるほど疑わしくなる。
それは、オメガのレナに固執する、アルファの欲情の鱗片なのではないかと、胸の奥底が、どす黒い霧に侵食され、重く苦しく、やるせなくする。
応接の間を見渡せば、演奏を止めた楽士や、柱のように突っ立った下男が息を潜めている。
彼等は壁に描かれたフラスコ画であり、人ではない。
だから、ここで何を聞いても何を見ても微動だにせず、ただそこにいるだけだ。サリオンは、いつしか自分も彼等の一部と化した気がした。
話は単純だったはずなのに。
アルベルトが公娼に来て、レナとの間に子供をもうける。
皇太子を産んだレナは皇妃として王宮に迎え入れられ、レナとアルベルトは家族になる。
それで良かったはずなのに。
「あんたの方こそ、そこまでレナに入れ込む自分に気づいていないだろ」
「あんたがそれで気が済むのなら、好きなだけ俺と寝たらいい。それでも駄目だと納得して……、わかってくれたなら、それでいい。だけど俺と寝るなら、同じ数だけ公娼でレナを抱いてくれ。レナは必ずあんたの子供を宿してくれる。そうすればレナは元最高位の昼三として、後宮に迎え入てもらえるんだろ……?」
「……サリオン、お前」
アルベルトは当惑したように身じろいだ。
サリオンは唇を横に引くようにして薄く笑い、ごく淡々と通告する。
「同じ昼三の出のオリバーが、ダビデの子供を産んだとしても、ダビデの皇位継承権は第二位だ。二人の間に生まれた子供の継承権は四位に留まる。レナが産んだ子供が継承権の一位になり、ダビデは更に三位に下る。それが国にとって一番望ましい形だと、あんたはわかっているはずだ」
後宮でひしめく 数多の若く美しいオメガ達から抜きん出るには、子を産む以外に公娼の昼三だった過去がレナの武器になる。
サリオンは、レナを昼三のままで後宮入りを果たさせたかった。
自分を抱いて気が済んで、執着から解き放たれたアルベルトが、後宮で皇帝を待つオメガ達にも手を出さないとは言い切れない。
そんな時こそ、レナの過去がレナの地位を、 盤石なものにしてくれる。
皇太子を産み、なおかつ元最高位の昼三だったレナこそが、第一皇妃になれるだろう。
サリオンは練り上げた策に、束の間、浸り切っていた。
すると、突然肩を鷲掴みにされ、アルベルトの胸の中から追いやられた。
「どうしてお前は話をレナに擦りかえる? 今は俺とお前の話をしている。レナは関係ないはずだ!」
噛みつくように咎められ、サリオンは首をすくめて凍りつく。
「レナはお前が思っているより、ずっと大人だ。自分の意思を持っている。お前はまるで、朝から晩まで自分が世話をしなければ、生きてはいけないかのようにレナを下に見ているが、それはお前の思い上がりだ。いい加減に目を覚ませ!」
語気を荒げたアルベルトは噛みつかんばかりの顔つきで、薄絹をまとうサリオンの胸の辺りを指で突く。
レナの身の処し方を案じるだけに留まらず、レナを擁護し、憤る。
鼓動が激しく胸を打ちつけ、よろめくように退いた。
「……そうじゃない」
かろうじて声を絞り出し、か細い声で否定した。
サリオンは、アルベルトの目を直視できずに顔を伏せつつ言い足した。
「そうじゃなくて……、俺はただ……」
ただ何を言おうとしたのだろう。
アルベルトのために出来ること。レナのために出来ること。
それをしようとしている自分より、レナの方が大人だと、言外に告げられた衝撃で、頭の中が白くなる。
アルベルトには、レナの方が地に足のついた年長者に見えているのだ。
「レナが公娼から奴隷市場に売り払われるというのなら、位を剥奪されるその前に、昼三の最高位のまま後宮入りをさせてやる。後宮では誰よりもレナを優遇する。その上で、もしもレナが自分の 番を見つけたら、後見人には俺がなる。テオクウィントス帝国の皇帝が、盛大に祝宴を張ってやる。何ならレナと番のための離宮も建てる。お前が心底安心して、俺の子供を宿して産んでくれるなら、何でもする」
言葉尻を奪うように畳みかけられ、サリオンは、ますます口が重くなる。
アルベルトから思いがけなく見下げられ、打ちすえられたサリオンは、どうしてレナへの処遇ばかりを口にするのか、わかった気がした。
ふとした拍子に垣間見られるレナへの情愛。
自分を説得するために、処遇が過剰になればなるほど疑わしくなる。
それは、オメガのレナに固執する、アルファの欲情の鱗片なのではないかと、胸の奥底が、どす黒い霧に侵食され、重く苦しく、やるせなくする。
応接の間を見渡せば、演奏を止めた楽士や、柱のように突っ立った下男が息を潜めている。
彼等は壁に描かれたフラスコ画であり、人ではない。
だから、ここで何を聞いても何を見ても微動だにせず、ただそこにいるだけだ。サリオンは、いつしか自分も彼等の一部と化した気がした。
話は単純だったはずなのに。
アルベルトが公娼に来て、レナとの間に子供をもうける。
皇太子を産んだレナは皇妃として王宮に迎え入れられ、レナとアルベルトは家族になる。
それで良かったはずなのに。
「あんたの方こそ、そこまでレナに入れ込む自分に気づいていないだろ」
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