皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

手塚エマ

文字の大きさ
上 下
157 / 297
第三章 争奪戦

第68話 決戦の火蓋

しおりを挟む
 ここは公娼ではなく王宮だ。

 皇帝が命を下せば、奴隷のオメガが華麗な馬車で王宮の門を、くぐることまで許可される。
 王宮内ではアルファ階層の官職が、オメガに遜りもづる。
 案内もする。

 この国において、皇帝が出来ないことは何もない。


 出来ないことがあるとすれば、自ら設けた公娼という特異な館の中だけだ。

 その皇帝に謁見する。

 これまで自分が出会ってきた、どのアルベルトとも違う彼がここいる。
 サリオンは、大理石の列柱が張り出す、軒を支える階段の頂を仰ぎ見た。


 軒の奥から一人の男が早足で姿を現し、そので立ち止まる。

 トガを着た男達を数名従え、篝火に照らし出された男は威厳に満ち溢れ、まさしく神のようだった。

 王宮の正面へ先導してきた男達は、頂の数段手前で拝礼し、両脇に退いた。
 視界を隔てる者がいなくなり、サリオンは頂で待つ男を牽制するかのように睨み上げた。


 戦いの火蓋は切って落とされた。


 いつもなら彼の方から駆け下りて来ただろう。
 けれども今夜は動かない。奴隷のオメガが彼の元まで上って来るのを待っている。

 熱い目をして、そこにいる。

 サリオンは、頂の二段手前で立ち止まる。
 唇を固く引き結んだまま、長大な花崗岩かこうがんの階段で膝を折り、こうべを垂れて下知を待つ。

「どうした? 早く上がって来い」

 
 静まり返った大階段に、皇帝の勅令が反響した。
 じれったいと言いたげな口調も声音も、普段の彼のそれだった。
 それでも王宮では、皇帝の声掛けがあって初めて、同じ階まで上がることを許される。


「恐れ入ります。皇帝陛下」


 サリオンは厳粛な顔つきで立ち上がる。

 一段上がり、もう一段上がった時には、アルベルトは両腕を広げかけていた。
 サリオンが、トングに金と真珠の細やかな装飾が施されたサンダルを、階段の頂上に乗せかけた刹那、手首を掴まれ、引っ張られ、逞しい胸の中に抱き込まれた。

「サリオン……」

 
 サリオンの背が弓なりにしなるほどきつく抱きすくめ、アルベルトが声を消え入らせた。
 のうなじに頬を押し当てて、何かをじっと噛み締めるように黙っている。

 やっと、ここまで来てくれた。

 公娼でもなく貧民窟でも、ベータ階層の居住区でもない。

 自身が住まう王宮で、誰にも何にも干渉されずに逢瀬に耽溺たんできする。
 そんな歓喜をたぎらせた恋人の胸に抱かれても、サリオンは悲痛に眉を寄せるしかない。


 王宮への来訪に応じたのは、伝えるべき言葉があるからだ。

 それを反芻はんすうするたびに、左の胸が奥底で引き絞られていくかのように痛み出す。彼
 の背中に腕を回し、抱き返すことも躊躇われ、されるがままになっていた。


「どうした? 緊張しているのか?」


 何ひとつ反応を示さないサリオンに、アルベルトが怪訝そうな声を出す。
 サリオンの両肩に手をかけながら体を離したアルベルトが、気遣わしげに顔を覗き込んできた。


「いえ、……何でもありません。失礼致しました、陛下」
「俺の意を受け、この階段の頂まで上ったお前は、たった今、皇帝の客人という立場を得た。王宮内でも遠慮なく、言葉も態度も、いつものお前に戻ってくれ」


 肩を掴む両手に力を込め、言い聞かされたが、サリオンは軽く目を伏せ、やっとのことで「はい」と小声で頷いた。
 しかし、実際サリオンは圧倒されてしまっていた。

 今夜のアルベルトは、襟と袖に金糸の刺繍が施された緋色ひいろの鮮やかな貫頭衣に、地模様が織り込まれた絹のトガを優雅に纏い、金の腕輪や指輪もしている。

 また、何層にもひだを重ねたトガの襟元は、白蝶貝しろちょうがいの平面に、繊細な彫刻を施したカメオのブローチで留めていた。

「……あんたって、本当はいつもそんなに派手なんだな」

しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第2の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

処理中です...