皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

第三章 争奪戦

第58話 帝位争い

　サリオンは正面玄関の大ホールから、中庭に面した回廊を直進した。
　柱回廊の右側に、客からの男娼達が指名を待つ控えの間がある。

　既に部屋の小窓には、中を覗く客達が群れていた。

　部屋の出入り口に駐在する見番役の所まで、サリオンは矢のように駆けつけた。


「レナの指名は？　もうあったのか？」

　
　指名されていたのなら、レナは饗宴の間に出向いてしまっているかもしれない。

　と、なると、レナが床入りを済ませるまで、二人きりでの話ができない。
　サリオンは矢継ぎ早に訊いたあと、激しく咳き込み、見番役から顔を背けた。

　吹き出した汗がこめかみを流れ、貫頭衣の胸元に滴った。

「レナ様なら今夜は、まだだ。だけど、さっき旦那様が皇帝陛下は今夜は御来館されないから、レナ様にも客をどんどん取らせろ、みたいに息巻いてだぞ？」

　
　むせ返るサリオンに見番役が身を寄せた。

「……お前、さっき正面玄関の真ん前で、陛下と抱き合ってたらしいじゃないか」

　と、からかうようにサリオンの腕を肘で突く。


「それは……っ」
「見たって客が、俺にも他の客にも喚き散らして興奮するから、客達も指名どころじゃなくなって。皆、そち群がっちまって、誰も売り物を見やしない。さっさと指名をさせて、相方と南館まで送り出すのに苦労した」

　見番役は、やれやれといった顔つきで、肩をすくめて首を振る。


「あのサリオンが、とうとう陛下に陥落したって、帝国の一大事みたいに大袈裟に騒ぎやがって、こっちは迷惑したけどな。考えてみれば、アルファの貴族にとっては、急転直下の国難みたいなもんだから。ダビデ提督に御子ができたと思ったら、今度は陛下がお前に御子を産ませるかもしれないんだろ？　せっかく提督も陛下を出し抜いた気でいただろうに、お前が陛下の番になって子を産めば、御世継の誕生だ。掴みかけた皇帝の座も皇太子殿下に、かっさらわれちまう訳だからな。皇位争いに、火が点いたみたいな騒ぎになるのも当然か」