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第三章 争奪戦
第29話 皇帝の指導
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考えれば考えるほど、悪い方の予感ばかり膨らんだ。
アルベルトの精悍な面差しを、思い浮かべて顔を歪めた。
サリオンの脳裏で、亜麻色の瞳を少年のように輝かせながら、アルベルトも、じっとこちらを見つめている。
はにかんだような微笑みが、肉感的な唇から失われる。
次には踵を返した広い背中が、濃い霧に紛れるように薄れて行く。
そして、やがて見えなくなる。
藁拭きのベッドから、むくりと起き上がったサリオンは、震えかける口元を片手で押さえて制御した。
それは妄想ではなく、実感を伴う現実味を帯びていた。
と、その時、部屋のドアがノックされ、思わず悲鳴をあげかけた。
「サリオン様。入っても、よろしいですか?」
また何か騒動でも起きたのか。弛緩していた手足が強張った。
「はい、どうぞ」
返事をしながらベッドから下りた。既に臨戦態勢だ。
唇を硬く引き結び、肩をいからせ、大股でドアへと歩み寄る。
すると、ドアが穏やかに押し開けられ、下男の少年が木製の盆を片手に乗せて入って来た。
「お夕食を、お持ちしました」
気持ちの上では前のめりになっていたサリオンは、毒気を抜かれて面食らう。
言われてみれば夜営業が始まってからというもの、館中を駆け回り、空腹を感じる暇すらなかった気がした。
特に今夜はアルベルトが来館しないとわかっていたから、尚更だ。
「ありがとう」
「今日も一日、お疲れ様でした」
「まだ、このあとイアコブ様を迎えに上がらないといけないけどな」
ねぎらってくれる下男と軽口を交わし、サリオンは差し出された盆を受け取った。
しかし、すぐに異変に気がついた。
盆の中の木製の平皿や、深鉢の数が多いのだ。
今までなら朝、昼、晩の三食とも、雑穀混じりのパサついたパンか麦粥、豆と野菜屑を煮たスープと、水で薄めたワインが定番だ。
日によってチーズの切れ端、炭火焼きした小魚が添えられる時もあれば、何もつかない時もある。
大方、客達が饗宴で食べ残した残飯の有無による。
それなのに、今夜の主食は饗宴で供されるような白パンだ。
スープには豆だけでなく、キャベツやポロネギやカブが煮込まれ、深鉢一杯に盛られている。
サリオンは、まず定番の料理の質の、唐突な向上に戸惑った。
定番だけでなく、大小の平皿には豚肉の串焼きや茹でた小海老、デザートとしての新鮮なザクロやリンゴまで乗っている。
「……これは」
「今日から公娼で働く者の食事を改善するよう、皇帝陛下からのお達しがあったんです。今朝早く、宮廷から使者が来て、うちの旦那様に直々にご命令なさったと、伺いました。厨房は、下男の分まで食材を仕入れてなかったので、朝と昼は間に合わなかったみたいです」
「皇帝陛下が……?」
サリオンは声を上擦らせた。
皇帝陛下と耳にした瞬間から、鼓動がどんどん速くなる。
心臓がバクバク脈打ち、胸が苦しくなってくる。
少年の弾んだ声音で経緯を述べられ、そういうことかと理解はした。
かといって、目前に広がる光景に、まるで実感が伴わない。
ふわふわとした心持ちでサリオンは、受け取った盆に並べられた肉や魚介やデザートを、放心したまま眺めるしかない。
アルベルトの精悍な面差しを、思い浮かべて顔を歪めた。
サリオンの脳裏で、亜麻色の瞳を少年のように輝かせながら、アルベルトも、じっとこちらを見つめている。
はにかんだような微笑みが、肉感的な唇から失われる。
次には踵を返した広い背中が、濃い霧に紛れるように薄れて行く。
そして、やがて見えなくなる。
藁拭きのベッドから、むくりと起き上がったサリオンは、震えかける口元を片手で押さえて制御した。
それは妄想ではなく、実感を伴う現実味を帯びていた。
と、その時、部屋のドアがノックされ、思わず悲鳴をあげかけた。
「サリオン様。入っても、よろしいですか?」
また何か騒動でも起きたのか。弛緩していた手足が強張った。
「はい、どうぞ」
返事をしながらベッドから下りた。既に臨戦態勢だ。
唇を硬く引き結び、肩をいからせ、大股でドアへと歩み寄る。
すると、ドアが穏やかに押し開けられ、下男の少年が木製の盆を片手に乗せて入って来た。
「お夕食を、お持ちしました」
気持ちの上では前のめりになっていたサリオンは、毒気を抜かれて面食らう。
言われてみれば夜営業が始まってからというもの、館中を駆け回り、空腹を感じる暇すらなかった気がした。
特に今夜はアルベルトが来館しないとわかっていたから、尚更だ。
「ありがとう」
「今日も一日、お疲れ様でした」
「まだ、このあとイアコブ様を迎えに上がらないといけないけどな」
ねぎらってくれる下男と軽口を交わし、サリオンは差し出された盆を受け取った。
しかし、すぐに異変に気がついた。
盆の中の木製の平皿や、深鉢の数が多いのだ。
今までなら朝、昼、晩の三食とも、雑穀混じりのパサついたパンか麦粥、豆と野菜屑を煮たスープと、水で薄めたワインが定番だ。
日によってチーズの切れ端、炭火焼きした小魚が添えられる時もあれば、何もつかない時もある。
大方、客達が饗宴で食べ残した残飯の有無による。
それなのに、今夜の主食は饗宴で供されるような白パンだ。
スープには豆だけでなく、キャベツやポロネギやカブが煮込まれ、深鉢一杯に盛られている。
サリオンは、まず定番の料理の質の、唐突な向上に戸惑った。
定番だけでなく、大小の平皿には豚肉の串焼きや茹でた小海老、デザートとしての新鮮なザクロやリンゴまで乗っている。
「……これは」
「今日から公娼で働く者の食事を改善するよう、皇帝陛下からのお達しがあったんです。今朝早く、宮廷から使者が来て、うちの旦那様に直々にご命令なさったと、伺いました。厨房は、下男の分まで食材を仕入れてなかったので、朝と昼は間に合わなかったみたいです」
「皇帝陛下が……?」
サリオンは声を上擦らせた。
皇帝陛下と耳にした瞬間から、鼓動がどんどん速くなる。
心臓がバクバク脈打ち、胸が苦しくなってくる。
少年の弾んだ声音で経緯を述べられ、そういうことかと理解はした。
かといって、目前に広がる光景に、まるで実感が伴わない。
ふわふわとした心持ちでサリオンは、受け取った盆に並べられた肉や魚介やデザートを、放心したまま眺めるしかない。
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