皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

第三章 争奪戦

第10話 高望み

　テオクウィントス帝国皇帝の番として享受できる処遇を鑑かんがみれば、クリストファーとの生活自体は、慎ましやかになるだろう。

　それでもアルファで中流貴族の番として慈しまれ、何不自由なく暮らすことができるのに。

　大国を統治し、勇猛果敢ゆうもうかかんで美丈夫な皇帝からの寵愛を独占したい一心で、のたうち回り、懊悩する。

　はたしてそれがレナにとって、最善で最良の選択肢なのか。

　胸に湧き出た僅かな疑念が、黒い雫に変化した。

　サリオンの心の深部にぽつりと落ちた迷いの雫は、たちまちのうちに波紋になる。


　クリストファーとの生活は、凡庸ぼんようそのものになるだろう。
　たとえそうでも、レナには心安らかでいて欲しい。
　何よりレナの悲嘆を見ることが、日に日に辛くなっている。

　アルベルトにつきまとわれる自分こそ、レナの夢の成就を阻む障害でしかないことが、後ろ暗くて忍びない。


「……わかった」

　応じたレナが気怠げに肘で体を起こした後、長椅子を下りて立ち上がる。
　表情は冴えないままだが、男娼に課せられた仕事をこれからこなす諦めが、ひそめられた眉の辺りに浮かんでいる。


「レナ。避妊薬はどうする？」

　サリオンは努めてさりげなく問いかけた。

　もしも「要らない」と答えたら、レナはアルベルトの番になり、彼の子だけを産むという、固い決意を放棄した意味になる。

　避妊薬を用いずに、クリストファーと床入りすれば、彼の子供を宿す可能性は高くなる。

　たとえレナがアルベルトに恋焦がれても、発情期にアルファやβベータと交われば、オメガの体は彼等の子供を受胎するようにできている。

　二人が相思相愛だったなら、番にもなれるのだが、レナの心は動かせない。
　もしもクリストファーがレナの想いも承諾し、そこまで高望みさえしなければ、レナが産んでくれた子を、抱くことができるだろう。