皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

第二章 死がふたりを分かつとも

第63話 関係ない

　そんなレナとは対照的に、自分は月に一度訪れる、七日間前後の発情期を抑制する経口薬を飲んでいる。
　子を宿せない下男のオメガが、フェロモンで来訪客を欲情させても意味がない。

　しかも公娼の客達は、劣情を催したところで、下男の奴隷に手は出せない。

　そのため、公娼の主人は男娼以外の奴隷には、抑制剤の服用を命じている。

　
　不妊の体のオメガは性奴隷の男娼ではなく、クルム国特有の娼館文化のしきたりに精通し、クルムという異国の文化を、この国に伝承する下男として、公娼に買われてきた奴隷。


　もっとも、サリオンは公娼の主人に命じられるまでもなく、抑制剤の服用を続けている。
　ユーリスを亡くした時点で、他の男と寝る気は一切なかったからだった。

　だからこそ、発情の抑制剤を服用し、フェロモンを発してもいないオメガの自分を、なぜアルファのアルベルトがこんなに追い回すのかがわからない。


　テオクウィントス帝国でも、こんな非常事態でさえなかったら、アルファはアルファとしか婚姻関係を結ばない。

　アルファがオメガを番にするのは、性欲の捌け口として使うため。
　自分の子供を産ませるためでもあるのだが、テオクウィントス帝国の法律上でも、生まれた子供はアルファの『所有物』とみなされる。

　結婚相手との間でもうけた『実子』ではなく『財産』だ。
　従って、オメガに産ませた子供は奴隷商人に売却し、金に替えることもできる。

　家畜のように育てて領地の労働力にすることも、自身の館で奴隷として召し使うことも許される。


　テオクウィントス帝国だけではなく、多くの近隣諸国では、オメガは『しゃべる家畜』だ。
　アルファは番のオメガも、そのオメガが産んだ子供も人間だとは思わない。



　サリオンは自分がもし正常に発情し、フェロモンを発しているのなら、アルベルトも本能的に発情し、自分をそんな『もの言う家畜』にしようとしていると思っただろう。
　その方が、むしろわかりやすかった。


　けれども自分は抑制剤を飲んでいる。
　アルベルトはオメガの発情期のフェロモンに、誘発されたアルファではない。

　それなら、鉄の貞操を誇る公娼の下男のオメガを陥落させる、真新しい遊びに夢中になっているのだろうと、踏んでいた。



　ましてや今この瞬間にも魂に宿るユーリスに、これからの人生を共に歩む新たな番が彼だと、アルベルトを連れては行けない。　

　ユーリスに対して、僅かにでも後ろめたさがあるうちは、本当の意味でアルベルトを愛したことにはならないだろう。
　ユーリスを失くした心の傷が癒えたことにも、ならないはずだ。



　サリオンは弾かれたように立ち上がる。
　ほとんど手つかずだった料理が盛られた銀盆を、ベッドからテーブルの上に置き直す。

　続けざまにランプを吹き消し、着替えもせずにベッドの中にもぐり込む。薄手の上掛けを頭まで被り、手足を折り曲げ、小さくなる。