皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

第二章 死がふたりを分かつとも

第32話 ささやかな報復

「……俺のことはもういいから。大丈夫だからレナの所に戻ってくれ」

　サリオンは、顔をふいと背けて告げる。
　言おうとしていた礼の言葉は出なかった。自分でも思いがけなく突き放すような語気になる。

　まだ日付が変わったばかりの時間だ。
　南館では床入りどころか宴席すらも続ける客も多くいる。

　アルベルトは今夜も一晩レナを買い占めた。今から戻って床入りしても遅くはない。


　サリオンが投げた一言に、アルベルトが息を呑む気配がした。

　肩と背中に添えられた温かい掌が硬直し、傷ついたという、声にならない彼の声が聞こえた気がした。


「さっきは……、ありがとう。助けてくれて。……本当に」


　途切れ途切れに礼を言い、アルベルトの腕の中からすり抜ける。
　薄暗く、天井の高い廊下には、気まずい空気が滞留した。


　どうしてあんな言い方をしてしまうのか。

　ただ感謝だけして、レナの元に送り返せば良かったのにと、苦い後悔に胸を焼く。

　
　けれども今夜はアルベルトには、総花まで出してもらっている。
　少しでも楽しんで帰ってもらわなければ、助けてもらった者として、館で働く者としても、立つ瀬がない。　

　客をもてなす側の『廻し』の自分に、いつまでも客をかまけさせてはいけない立場だ。


　出会った当初は、オメガの『廻し』の奴隷にとってアルベルトは、故国から全てを略奪していった、侵略軍の指令官。
　気の置けない会話どころか、情を交わすことなんて、考えるだけでおぞましく、虫唾が走った。
　悪寒がした。
　動かし難い心の距離があったのだ。

　どんなに金を積まれても、言葉を尽くして恋われても、耳を貸さない。
　一線を画して袖にする。

　自分にとって、それがささやかな報復でもあったのに。