皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

手塚エマ

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第二章 死がふたりを分かつとも

第27話 番の遺言

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 ダビデは本気だ。

 他の客の宴席の間に乱入し、余興と称して客や楽士や曲芸師、客にはべる男娼への見世物として、強姦しようとしていると、察した途端に血の気が引いた。
 視界が急に霞んだように白くなり、手足に力が入らない。


 アルファやベータを発情させるフェロモンの、抑制剤を服用しているオメガの自分に、ダビデはそそられたりなど、していない。売り物ではない、廻しのオメガを犯して嬲ってやることで、公娼での禁忌も打破できる優越感が得たいのだ。


 慌てて追従してきた護衛兵も、ダビデを手燭で先導し、前後左右を警護するだけ。
 見世物として犯されようとしている奴隷のオメガを、誰も彼も、見ているようで見ていない。

 薄暗い廊下を一団となって邁進まいしんしながら、ダビデだけが異様に血走らせた目を向けてきた。
 ほとんど意識を失いかけ、木偶でくのようになっている、獲物を見る目は人間ではない。

 猛獣だ。


 それぞれの饗宴の間の、重厚な両開きの扉が、廊下の片側に並ぶ一角に近づくにつれ、公衆の面前で裸にされて、犯されながら嘲笑される自分の姿が、脳裏にまざまざと描き出され、膝から下の力がほとんど抜けていた。

 そんな恥辱に最後まで耐えられるとは思えない。

 それこそ亡きユーリスにも、顔向けできなくなってしまう。サリオンは遠退く意識の片隅で死を覚悟した。


 隙を見て、ダビデの腰の鞘に収められた長剣を奪い取り、自らの喉を突く。
 そうして愛する番の元へと逝くしかない。


 ユーリスには今わのきわで、生きろと言われた。

 彼は両手を縄で縛られて、馬に繋がれ、ぼろ雑巾のようになるまで引き回されても、自分の番を案じ続けた。王族の誇りを手離さなかった。

 サリオンは帝国の軍人に拘束され、死にゆく番を看取らされ、軍人達の笑い声を聞かされ続けた。


 それでもユーリスはサリオンだけを見つめて叫んだ。

 何があっても、決して自分で命を絶つな。
 私の仇を討とうとするな。
 神がお前を召されるまで生きて、生きて、生き抜けと、告げられた。


 それを遺言として胸に抱き、その言葉だけをよすがにしながら生きてきた。

 けれども惰弱だじゃくな自分は、真心そのものの遺言も、果たせそうにないらしい。

 自身の最期の身の処し方を決断し、腹をくくったサリオンが、漫然と前を向いたその先に、長身の男が黒影となって立っていた。

 貫頭衣の上に右肩から左脇にかけて、何層もの優雅なドレープを描くトガをまとう、その男。


 彼は饗宴の間がある南館に続いている、廊下の中央で立ち塞がり、鞘から抜いた長剣を下げている。
 廊下の漆喰壁に取りつけられた青銅製の燭台の、真紅のほむらの揺らめきが、鏡面のように映り込み、長剣を不気味に閃かせている。

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