43 / 297
第二章 死がふたりを分かつとも
第19話 何とかする
しおりを挟む
「この時間なら饗宴も済んでいて、提督は寝所持ちと床入りしているはずだろう? 相方は誰なんだ」
「はい。それが……」
黒髪のオメガの男児を、サリオンは肩越しに振り返る。
追いついて来た男児は答えようとするのだが、走って来たため、息が切れ、返事ができないようだった。
サリオンは玄関前の大ホールから、二階へ続く大階段に上る前に立ち止まる。
二階には、男娼達が客を取る各部屋が並んでいる。
その二階から、悲鳴や罵声や、物が割れる不穏な音が、断続的に聞こえていた。
「今夜のダビデ提督の御相手は、ミハエル様です」
男児はしばらく自分の膝に手をついて、肩で息をしていたが、顔を上げつつ応答した。
「……ミハエル様か」
相方の男娼が寝所持ちのミハエルだと知り、ますます頭が痛くなる。
「ミハエル様は……、宴席までは提督に、はべっておられたんですが……」
「どうせ、ミハエル様は、提督と部屋に移って床入りになられる前に、逃げたんだろう?」
渋面を浮かべたサリオンは、人差し指で下唇を撫でで言う。
公娼には『昼三』と『寝所持ち』の男娼は、たとえ客に買われても、その客が気に食わなければ、床入りを拒否することが許される。
それがクルム国では、慣習とされていた。
客の方も、金を払って買ったはずの男娼に『フラれる』場合もあることを、承知の上で買っている。
男娼も必ず宴席までは同席する。
しかし、その客の宴席での振る舞いが、垢抜けなくて面白味がなく、粗暴であったりした場合、男娼は自分の居室の寝所まで客を案内しておいて、「少し、お待ち頂けますか?」などと言い置いて居室を出る。
客をベッドに残したまま、その客が退室しなければならない時刻になるまで、男娼はわざと戻らない。
それでも客は、床入りした時と同額の、 揚げ代という正規の金を支払う規約だ。
たとえ待ちぼうけを食らっても、それが規約である以上、客は従わなければならなかった。
公娼では、それを男娼に『フラれる』と言い、宴席の後、男娼とつつがなく床入りし、性交できれば『モテた』と言う。
そのため、客は買った男娼に『モテよう』と、宴席では精一杯に見栄を張る。
好みの相方を喜ばせる、高価な料理を頼んだり、存分にワインもふるまう。
文学好きの男娼を買った時には、他国から連行された、博識の奴隷を宴に呼び、楽士が奏でる竪琴に合わせ、相方を称える 詩歌を朗々と唄わせる。
また逆に、男娼が賑やかに騒ぎたければ、公娼に常駐している曲芸師を呼び、人間離れした軽業を披露させたり、道化師に、下世話な 滑稽噺をさせて男娼を楽しませる。
床入り前の宴席は、男娼も愛想を振りまくが、客も必死にもてなすのだ。
でなければ、いくら金を払っても、フラれてしまうからだった。
テオクウィントス帝国の娼館では、男娼が客と寝ないなどという不条理は、存在しない。
そのテオクウィントス帝国での不条理が、公然とクルム国の高級娼館では、まかり通っていた。
高級娼館が上流階級の男達の娯楽になるのは、性欲の発散という、本来の目的以上に買った男娼に、モテるかフラれてしまうかの、緊張感を味わうことができるからだ。
男を見る目が肥えている高級男娼にモテたとしたら、男としての格も優越感も倍増する。
万が一フラれても、ごねたりせずに正規の料金を払って帰る。
それが美学とされていた。
クルム国の上流階級の男達はそうやって、高級娼館ならではの遊びを楽しんだ。
テオクウィントス帝国唯一の公娼でも、その慣習を継いでいる。
国家が娯楽施設として設立した公娼なのだから、公娼に来た客は、フラれる可能性があることも納得の上で、 位の高い男娼達を買っている。
「ミハエル様にフラれた腹いせに暴れてるのか? 二階でダビデ提督は」
サリオンはオメガの男児に苦々しく問いかけた。
男児がおずおず頷くと、サリオンは鋭い舌打ちを響かせる。
「……仮にも皇帝の従弟だろうが。みっともない。だからフラれるんだよ。気がつけよ」
ミハエルは最高位ではないものの、人一倍気位が高く、勝気でもある。
宴席での客の態度が気に入らなければ、提督だろうが皇帝だろうが、お構いなしにフルだろう。
そういった、芯の通ったミハエルに好感は持っている。
だが、こうなることは、ミハエルも予測していたはずだった。
激昂した提督のご機嫌取りを強いられるのは、下働きの廻しの自分だ。それなりに根の張る、寝所持ち男娼のミハエルではない。
「どういたしましょう、サリオン様」
男児は涙目になり、怯え切って震えている。
「何とかする」
「はい。それが……」
黒髪のオメガの男児を、サリオンは肩越しに振り返る。
追いついて来た男児は答えようとするのだが、走って来たため、息が切れ、返事ができないようだった。
サリオンは玄関前の大ホールから、二階へ続く大階段に上る前に立ち止まる。
二階には、男娼達が客を取る各部屋が並んでいる。
その二階から、悲鳴や罵声や、物が割れる不穏な音が、断続的に聞こえていた。
「今夜のダビデ提督の御相手は、ミハエル様です」
男児はしばらく自分の膝に手をついて、肩で息をしていたが、顔を上げつつ応答した。
「……ミハエル様か」
相方の男娼が寝所持ちのミハエルだと知り、ますます頭が痛くなる。
「ミハエル様は……、宴席までは提督に、はべっておられたんですが……」
「どうせ、ミハエル様は、提督と部屋に移って床入りになられる前に、逃げたんだろう?」
渋面を浮かべたサリオンは、人差し指で下唇を撫でで言う。
公娼には『昼三』と『寝所持ち』の男娼は、たとえ客に買われても、その客が気に食わなければ、床入りを拒否することが許される。
それがクルム国では、慣習とされていた。
客の方も、金を払って買ったはずの男娼に『フラれる』場合もあることを、承知の上で買っている。
男娼も必ず宴席までは同席する。
しかし、その客の宴席での振る舞いが、垢抜けなくて面白味がなく、粗暴であったりした場合、男娼は自分の居室の寝所まで客を案内しておいて、「少し、お待ち頂けますか?」などと言い置いて居室を出る。
客をベッドに残したまま、その客が退室しなければならない時刻になるまで、男娼はわざと戻らない。
それでも客は、床入りした時と同額の、 揚げ代という正規の金を支払う規約だ。
たとえ待ちぼうけを食らっても、それが規約である以上、客は従わなければならなかった。
公娼では、それを男娼に『フラれる』と言い、宴席の後、男娼とつつがなく床入りし、性交できれば『モテた』と言う。
そのため、客は買った男娼に『モテよう』と、宴席では精一杯に見栄を張る。
好みの相方を喜ばせる、高価な料理を頼んだり、存分にワインもふるまう。
文学好きの男娼を買った時には、他国から連行された、博識の奴隷を宴に呼び、楽士が奏でる竪琴に合わせ、相方を称える 詩歌を朗々と唄わせる。
また逆に、男娼が賑やかに騒ぎたければ、公娼に常駐している曲芸師を呼び、人間離れした軽業を披露させたり、道化師に、下世話な 滑稽噺をさせて男娼を楽しませる。
床入り前の宴席は、男娼も愛想を振りまくが、客も必死にもてなすのだ。
でなければ、いくら金を払っても、フラれてしまうからだった。
テオクウィントス帝国の娼館では、男娼が客と寝ないなどという不条理は、存在しない。
そのテオクウィントス帝国での不条理が、公然とクルム国の高級娼館では、まかり通っていた。
高級娼館が上流階級の男達の娯楽になるのは、性欲の発散という、本来の目的以上に買った男娼に、モテるかフラれてしまうかの、緊張感を味わうことができるからだ。
男を見る目が肥えている高級男娼にモテたとしたら、男としての格も優越感も倍増する。
万が一フラれても、ごねたりせずに正規の料金を払って帰る。
それが美学とされていた。
クルム国の上流階級の男達はそうやって、高級娼館ならではの遊びを楽しんだ。
テオクウィントス帝国唯一の公娼でも、その慣習を継いでいる。
国家が娯楽施設として設立した公娼なのだから、公娼に来た客は、フラれる可能性があることも納得の上で、 位の高い男娼達を買っている。
「ミハエル様にフラれた腹いせに暴れてるのか? 二階でダビデ提督は」
サリオンはオメガの男児に苦々しく問いかけた。
男児がおずおず頷くと、サリオンは鋭い舌打ちを響かせる。
「……仮にも皇帝の従弟だろうが。みっともない。だからフラれるんだよ。気がつけよ」
ミハエルは最高位ではないものの、人一倍気位が高く、勝気でもある。
宴席での客の態度が気に入らなければ、提督だろうが皇帝だろうが、お構いなしにフルだろう。
そういった、芯の通ったミハエルに好感は持っている。
だが、こうなることは、ミハエルも予測していたはずだった。
激昂した提督のご機嫌取りを強いられるのは、下働きの廻しの自分だ。それなりに根の張る、寝所持ち男娼のミハエルではない。
「どういたしましょう、サリオン様」
男児は涙目になり、怯え切って震えている。
「何とかする」
0
お気に入りに追加
331
あなたにおすすめの小説
俺の番が変態で狂愛過ぎる
moca
BL
御曹司鬼畜ドSなα × 容姿平凡なツンデレ無意識ドMΩの鬼畜狂愛甘々調教オメガバースストーリー!!
ほぼエロです!!気をつけてください!!
※鬼畜・お漏らし・SM・首絞め・緊縛・拘束・寸止め・尿道責め・あなる責め・玩具・浣腸・スカ表現…等有かも!!
※オメガバース作品です!苦手な方ご注意下さい⚠️
初執筆なので、誤字脱字が多々だったり、色々話がおかしかったりと変かもしれません(><)温かい目で見守ってください◀
βの僕、激強αのせいでΩにされた話
ずー子
BL
オメガバース。BL。主人公君はβ→Ω。
αに言い寄られるがβなので相手にせず、Ωの優等生に片想いをしている。それがαにバレて色々あってΩになっちゃう話です。
β(Ω)視点→α視点。アレな感じですが、ちゃんとラブラブエッチです。
他の小説サイトにも登録してます。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【オメガの疑似体験ができる媚薬】を飲んだら、好きだったアルファに抱き潰された
亜沙美多郎
BL
ベータの友人が「オメガの疑似体験が出来る媚薬」をくれた。彼女に使えと言って渡されたが、郁人が想いを寄せているのはアルファの同僚・隼瀬だった。
隼瀬はオメガが大好き。モテモテの彼は絶えずオメガの恋人がいた。
『ベータはベータと』そんな暗黙のルールがある世間で、誰にも言えるはずもなく気持ちをひた隠しにしてきた。
ならばせめて隼瀬に抱かれるのを想像しながら、恋人気分を味わいたい。
社宅で一人になれる夜を狙い、郁人は自分で媚薬を飲む。
本物のオメガになれた気がするほど、気持ちいい。媚薬の効果もあり自慰行為に夢中になっていると、あろう事か隼瀬が部屋に入ってきた。
郁人の霰も無い姿を見た隼瀬は、擬似オメガのフェロモンに当てられ、郁人を抱く……。
前編、中編、後編に分けて投稿します。
全編Rー18です。
アルファポリスBLランキング4位。
ムーンライトノベルズ BL日間、総合、短編1位。
BL週間総合3位、短編1位。月間短編4位。
pixiv ブクマ数2600突破しました。
各サイトでの応援、ありがとうございます。
馬鹿な彼氏を持った日には
榎本 ぬこ
BL
αだった元彼の修也は、Ωという社会的地位の低い俺、津島 零を放って浮気した挙句、子供が生まれるので別れて欲しいと言ってきた…のが、数年前。
また再会するなんて思わなかったけど、相手は俺を好きだと言い出して…。
オメガバース設定です。
苦手な方はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる