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第二章 死がふたりを分かつとも
第14話 不実な二人
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サリオンは、床に落とした燭台を拾い上げた。
火の消えたロウソクに、廊下の柱に備えつけられた燭台の火を移し、銀の手燭に突き立てた。
アルベルトは、こちらの反応を見るためだけに、レナを嬲って喘がせた。サリオンは、まんまと策に嵌められた自分に腹を立てつつ、卑劣なアルベルトにも憤慨した。
本気で自分に恋をしているレナを道具にしただけだ。非情な男だ。
娼館内では客とはいえ、愛想笑いもしたくない。
「恐れながら、前を失礼致します」
饗宴の間のドアを開け、アルベルトを先導しながら二階のレナの居室に向かう間も、サリオンは怒りを沈黙に込めていた。
長く続くモザイクタイルの仄暗い廊下を、手燭で照らして、ただ歩く。
ロウソクの火が、斜めに傾かしいで揺れていた。
サリオンの後に続くアルベルトも黙っている。
無言だったが、大股でタイルを蹴っている、アルベルトの革サンダルの靴音が、答えようとはしなかったサリオンを、責め立てるように荒々しかった。
それなのに、今からレナを抱きに行くのだ。
お前を諦められなくなる。
たった今、切なげに訴えておきながら、総花をふるまってまで手に入れたオメガの寝所へ案内させる、アルベルトの本心も神経もわからない。わかりたいとも思わない。
サリオンは握った手燭を背後の男に投げつけて、罵声の限りを尽くしてわめいて逃げたい衝動を、必死に堪えて先導する。
堪えなければ、咎めは自分を下男に使っている、主人のレナにも及んでしまうからだった。
本館二階の角部屋にある、レナの居室の前に着いた時には、サリオンの肩も首も岩のように固まって、ずしりと体が重かった。ドアをノックする前に、胸一杯に息を吸い込み、ゆっくり息を吐き出した。
「レナ様、失礼致します」
大きく息を吐き切って、サリオンはドアをノックした。
「陛下は今夜の宴席を取り止めになられました。急ぎ、ご案内申し上げた次第でございます」
凛とした声を廊下に響かせた、その直後、ドアの向こう側から慌ただしい足音が迫って来た。
程なくドアが開かれて、レナの着替えの手伝いを、していたらしい幼い下男が、皇帝アルベルトを目の前にして硬直した。
それはアルベルトへに対する人々の、本来あるべき反応だ。
膝丈の貫頭衣を着た男児の背後に、レナも見える。
「陛下!」
レナは持っていた青銅製の手鏡を、コンソールテーブルに伏せて置き、歓喜の声を張り上げた。
着替えも化粧直しも、既に済ませていたのだろう。
饗宴の間に戻る前に、最後に鏡で確認していたようだった。
貫頭衣は肌が透けて見える薄絹だ。
襟回りや腰帯にも、金糸や銀糸で繊細な刺繍がほどこされていて華やかだ。丈の短い裾から伸びた色白のすらりとした長い足は、清潔な色香を醸している。
煌めくような金髪に卵型の小さな顔。
宴席を取りやめてまで来てくれた想い人を迎えたレナは、くすみのない乳白色の頬を薔薇色に染め上げ、瞳も熱い情欲に潤んでいる。
ただ今夜、饗宴の間に行く前に、サリオンがレナにしてやった化粧が少し、変わっていた。
薄桃色の口紅が真紅に変えられ、香油も塗られ、扇情的に濡れている。
耳飾りも指輪も、レナが好むダイヤモンドだ。
レナが意図して変えたかどうかはわからなかったが、サリオンはレナに対して訳もなく無性に苛立った。
アルベルトの劣情をさらに煽って絡み取り、ベッドの中まで引きずり込もうとするような、明白すぎる策略が、妙に癇に障るのだ。
それがレナの素直さであり、その素直さこそが美点なのだと、わかっているのに、胸の中がざわついた。
火の消えたロウソクに、廊下の柱に備えつけられた燭台の火を移し、銀の手燭に突き立てた。
アルベルトは、こちらの反応を見るためだけに、レナを嬲って喘がせた。サリオンは、まんまと策に嵌められた自分に腹を立てつつ、卑劣なアルベルトにも憤慨した。
本気で自分に恋をしているレナを道具にしただけだ。非情な男だ。
娼館内では客とはいえ、愛想笑いもしたくない。
「恐れながら、前を失礼致します」
饗宴の間のドアを開け、アルベルトを先導しながら二階のレナの居室に向かう間も、サリオンは怒りを沈黙に込めていた。
長く続くモザイクタイルの仄暗い廊下を、手燭で照らして、ただ歩く。
ロウソクの火が、斜めに傾かしいで揺れていた。
サリオンの後に続くアルベルトも黙っている。
無言だったが、大股でタイルを蹴っている、アルベルトの革サンダルの靴音が、答えようとはしなかったサリオンを、責め立てるように荒々しかった。
それなのに、今からレナを抱きに行くのだ。
お前を諦められなくなる。
たった今、切なげに訴えておきながら、総花をふるまってまで手に入れたオメガの寝所へ案内させる、アルベルトの本心も神経もわからない。わかりたいとも思わない。
サリオンは握った手燭を背後の男に投げつけて、罵声の限りを尽くしてわめいて逃げたい衝動を、必死に堪えて先導する。
堪えなければ、咎めは自分を下男に使っている、主人のレナにも及んでしまうからだった。
本館二階の角部屋にある、レナの居室の前に着いた時には、サリオンの肩も首も岩のように固まって、ずしりと体が重かった。ドアをノックする前に、胸一杯に息を吸い込み、ゆっくり息を吐き出した。
「レナ様、失礼致します」
大きく息を吐き切って、サリオンはドアをノックした。
「陛下は今夜の宴席を取り止めになられました。急ぎ、ご案内申し上げた次第でございます」
凛とした声を廊下に響かせた、その直後、ドアの向こう側から慌ただしい足音が迫って来た。
程なくドアが開かれて、レナの着替えの手伝いを、していたらしい幼い下男が、皇帝アルベルトを目の前にして硬直した。
それはアルベルトへに対する人々の、本来あるべき反応だ。
膝丈の貫頭衣を着た男児の背後に、レナも見える。
「陛下!」
レナは持っていた青銅製の手鏡を、コンソールテーブルに伏せて置き、歓喜の声を張り上げた。
着替えも化粧直しも、既に済ませていたのだろう。
饗宴の間に戻る前に、最後に鏡で確認していたようだった。
貫頭衣は肌が透けて見える薄絹だ。
襟回りや腰帯にも、金糸や銀糸で繊細な刺繍がほどこされていて華やかだ。丈の短い裾から伸びた色白のすらりとした長い足は、清潔な色香を醸している。
煌めくような金髪に卵型の小さな顔。
宴席を取りやめてまで来てくれた想い人を迎えたレナは、くすみのない乳白色の頬を薔薇色に染め上げ、瞳も熱い情欲に潤んでいる。
ただ今夜、饗宴の間に行く前に、サリオンがレナにしてやった化粧が少し、変わっていた。
薄桃色の口紅が真紅に変えられ、香油も塗られ、扇情的に濡れている。
耳飾りも指輪も、レナが好むダイヤモンドだ。
レナが意図して変えたかどうかはわからなかったが、サリオンはレナに対して訳もなく無性に苛立った。
アルベルトの劣情をさらに煽って絡み取り、ベッドの中まで引きずり込もうとするような、明白すぎる策略が、妙に癇に障るのだ。
それがレナの素直さであり、その素直さこそが美点なのだと、わかっているのに、胸の中がざわついた。
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