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第二章 死がふたりを分かつとも

第6話 待っていた

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 レナはアルベルトに恋している。
 若く健康で美しく、皇妃として申し分ない教養も品性も備えている。

 アルベルトも一日も早く世継ぎをもうけ、帝国の治世の維持を図らなければならない立場だ。

 このまま子供ができなければ、アルベルトの後継者争いが表面化しかねない。
 玉座の後継者争いは、国力を弱める要因にもなる。
 そんなことぐらい、アルベルトも重々わかっているはずだ。


 それならレナが番となり、アルベルトの子供を産み、オメガからアルファに格上げされて後宮に迎え入れられる。それが誰にとっても最良の選択だ。

 ただ、その選択肢に自分が入る余地はない。


 それでいいのかと聞かれても、どう答えろと言うんだと、サリオンは胸の中で逆にレナに問い返す。

 いいも悪いも何もない。
 奴隷身分の自分達は、それぞれの責務を公娼で、務める以外に何もできない。
 それだけの話にすぎないはずだ。

 それなのに、こんな時だけ、どうしてレナはむし返そうとするのだろう。


 仇の国の皇帝に、焦がれるレナを無闇に責めたりしたくない。
 レナにはレナの人生があるのだと、必死に自分に言い聞かせようとしているのに。

 誰にとっても、それが一番いいことなのだと考えようとしているのに。

 凪の水面にレナが小石を投げ入れて、わざわざ波紋を作り出す。

 

 毅然として顔を上げ、歩みを進めるサリオンは、どうしてレナもアルベルトも、自分をこんなに気にするのかと、苛立った。

 最愛の番を最悪の形で奪われて、オメガでありながら子供も産めない身体になった、奴隷の身分だ。
 本来なら、レナのような最高位の昼三や、テオクウィントス帝国皇帝のアルベルトにとって、自分なんぞは『もの言う動物』。

 人ですらないはずだ。

 
 だが、サリオン自身は、それでいいと思っている。
 永遠に失われた最愛の人を忍んで生きて、いつかは天に召される日が来ることを、祈って生きたいだけなのだ。


 サリオンはレナにもアルベルトにも、何も望んでいなかった。

 ただひとつ、最後までオメガの自分をかばって死んだ、誇り高い番への貞操と忠誠だけを叶えさせてくれたなら、それだけで感謝できるのに。


 貧民窟の裏通りにでも、臆することなく足を運ぶ大胆さ。
 庶民のベータ階級が集つどうような食堂にも、度々訪れる気さくさで、国民から絶大な支持と人気を得ている彼だが、饗宴の間でのアルベルトは、別人のように物静かで哲学的だ。


 高く丸く盛り上がった天井には、極彩色で描かれた神々が舞っている。
 漆喰壁や円柱に刻まれた、繊細な彫刻にほどこされた金箔装飾。

 高価な白大理石の床に置かれた、金の燭台のロウソクや、ランプの灯かりが、華麗な調度品の数々を仄暗く照らしている。

 大理石の暖炉の上にも、金や銀の燭台や青銅製の獅子などの、豪華なオブジェ。
 銀細工の大香炉。
 暖炉の側には、大理石の女神の彫像。

 花台は背の高い物から低い物まで部屋中に置かれ、陶器の壺に大振りに活けられた花々が、華やぎと安らぎを添えている。


 中庭に面した壁には等間隔で、高い窓も設けられ、饗宴の間に通された客は、高価なガラス越しに樹影や夜空を眺めてくつろぐこともできるという、まさに皇帝が饗宴を催す間としてふさわしい意匠いしょう、隅々にまで凝らされた一室だ。

「失礼致します、陛下。レナ様を、お連れ致しました」

 サリオンが両開きのドアをノックしてから、恭しく頭を下げる。そしてレナを先に入れた後、サリオン自身も中に入ってドアを閉めた。


「やっと来たか。今夜はレナにフラれたのかと、ハラハラした」

 館内で最も豪華な宴席の間の中央に、三人掛け用の長椅子が一脚だけ用意され、その前に楕円形のテーブルが置かれていた。

 この、背もたれも肘掛けもない、寝台のような長椅子にクッションを敷き詰めて、左半身を下にして左肘をつき、上半身を起こして寝そべり、右手でグラスを持ったり、料理を直に摘んだりする。

 それが、上流階級の食事の上品な作法なのだ。

 アルベルトも長椅子に左肘をついて横たわり、右手にワイングラスを持ったまま、艶然として微笑んだ。


「とんでもないことでございます。レナ様は、今宵もアルベルト様にお目にかかれるとあって、お仕度も、いつにも増して念入りにされ、恐れ多いことに陛下をお待たせ致しました。誠に申し訳なく存じます」

 サリオンはレナの左手を握って掲げつつ、アルベルトが横臥おうがする長椅子の端に座らせた。

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