皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

手塚エマ

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第二章 死がふたりを分かつとも

第4話 避妊薬

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「レナ」

 幾度目かの声かけで、ようやくレナも顔を上げ、虚ろな瞳を向けてきた。

「俺は、お前が本気で惚れれば惚れるほど、あいつの高笑いが聞こえるみたいで悔しいんだ」
「サリオン……」
「そんなにアルベルトに惚れてるんなら、お前があいつを骨抜きにしろ。そうして、あいつに勝ってやれ」

 
 鞭打つように告げながら、サリオンは眦を吊り上げる。

 オメガは生まれた時から、アルファやベータに隷属させられ、搾取され、使われるためだけに生きて死ぬ。
 しかし、レナには運命の歯車を逆転させ、ベータやアルファを手玉に取る、勝利者になって欲しかった。

 レナの、銀に近い薄灰色の瞳を射抜いたが、レナは否定も肯定もしなかった。
 伏し目がちに黙り込み、何かしら思うところがあるような顔つきだ。


「とにかく先に支度しよう」


 アルベルトを饗宴の間で待たせている。
 今ここでレナと口論している時間はない。サリオンは化粧箱から、眉墨やアイライナーや口紅など、化粧道具を取り出した。

 最初に下地として白粉をはたくところだが、くすみひとつない滑らかな白い肌には無用の長物。サリオンは最初に金髪の眉尻を、眉墨で少し書き足した。

 アイライナーは、神秘的な切れ長の双眸を強調し、色気が増すよう長く引く。
 そして、花弁のような唇に、美容クリームで艶を与え、あえて控え目な薄桃色の紅を用いる。
 唇の主張を抑えた方が、蠱惑的こわくてきなレナの目元が際立つのだ。

「じゃあ、宝石はどれがいい?」

 レナの化粧を済ませると、化粧道具を箱に収め、代わりに真鍮製の宝石箱を、レナの傍らで開いて見せる。
 中は綿入りの絹の布張りがされ、大粒の宝石が散りばめられた金の首飾りや、腕輪の数々、宝石付きの指輪や耳飾りも揃っている。

 けれどもレナは一瞥をくれたきり、「サリオンが選んでくれた物でいい」と、気のない返事を寄越してきた。

 宝飾品が好きなレナは、化粧はサリオンに任せても、身につける宝石は、時間をかけて選んでいる。
 それなのに、今夜に限って見ようともしていない。

 やはりまだ何か、腹の中では言いたいことがあるようだ。


「……わかった。それなら今夜はアルベルトに、総花そうばなもふるまってもらっているからな。耳飾りも胸飾りも腕輪も指輪も、いつもより派手にする」

 軽く溜息を吐いたあと、金の地金に、色とりどりの宝石が散りばめられた首飾り、薄灰色の瞳の色に良く映える、赤紫の大振りの、宝石付きの耳飾りを、粛々とレナに付けさせた。

 また、つや消しの金の腕輪を数個重ねて付けさせて、大小の宝石で大輪の薔薇をかたどった、指輪を薬指に通してやる。

 最後に、華奢なサンダルを履かせて肘掛け椅子から立ち上がらせると、サリオンは上から下まで素早く視線を走らせた。


「よし、完璧だ。お前ぐらい、テオクウィントス帝国皇帝の寵妃にふさわしい美形は、いない」


 輝くような金髪に、白い肌の胸元が透けて見える絹の衣。
 小鹿のように、すらりと伸びた長い手足。

 赤紫の耳飾りや、首飾りの煌めきが、特別な夜にふさわしい艶を放っている。


大引おおびけまでアルベルトが買い占めてるから、今日も避妊薬は要らないな?」


 念のために訊ねた途端、レナは頬を赤らめて、気恥しげにうつむいた。

 アルファの男娼は、上流階層の未婚の子弟の跡継ぎを、孕んで産むために集められた生きた道具だ。
 貧民窟の男娼達と同じように、アルファやベータを欲情させるフェロモンを、分泌させる経口薬を毎日服用しているが、避妊薬は用いない。

 公娼のオメガ達は、客として館を訪れる彼等の子供を産むことが責務だからだ。

 快楽の提供だけが、仕事ではない。


 オメガの男は、アルファやベータの子供を妊娠すると、受胎した日の二百日後に出産する。
 しかも射精された時刻から、数えて二百日後の同時刻に、破水が始まる正確さだ。

 そのため公娼では、どの男娼が何月何日の何時に誰と床入りし、何時に房事ぼうじを終えたのかまで、公文書として記録する。

 そうすれば、公娼の男娼が一日に何人の客を取ろうとも、出産した際、記録で日時をさかのぼって調べれば、どの客の子供であるかが判明する。


 けれどもレナは、アルベルト以外の子供は産まないと、固く心に誓っている。
 サリオンも、レナからアルベルトへの想いを打ち明けられたその時に、レナの決意も聞かされた。

 だからレナは、アルベルト以外の客を取らざるを得くなると、密かに避妊薬を呑んでいる。
 それを知っているのは二人だけ。
 公娼では用意されない避妊薬を、サリオンが、公娼の外で入手しなければならないからだ。


 生殖能力が著しく衰える奇病に侵された、テオクウィントス帝国のアルファやベータの男達は、たとえ射精に至っても、アルファの男を孕ませる、確率自体が低下している。

 そのうえ、オメガの方で直前に避妊薬を呑んでしまえば、妊娠する可能性は無に等しい。


 だが、今夜の相手がアルベルトなら、避妊薬は用いらない。
 サリオンは、宝石箱の二重底の中に隠された避妊薬を取り出すことなく、蓋を閉めて鍵をかけ、それを堅牢な金庫の中に収めると、南京錠なんきんじょうを取りつけた。

 これらの管理もレナ専属の下男として、サリオン自身が任っている。

 レナがアルベルト以外の客に対して避妊薬を使っていると、知られてしまう恐れもない。

「行くぞ、レナ」

 ドアへと向かいかけたその刹那、幼子が遠慮がちに問うように呟かれた。

「ほんとに、いいの? サリオンは」

 本当にという、含みを持たせたひと言が、弓矢のように飛んできて、背中から胸まで貫かれた。

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