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第二章 死がふたりを分かつとも

第2話 昼三男娼

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 テオクウィントス帝国の公娼は、正午から午後四時頃までの昼営業と、日没から日付をまたいだ午前二時の大引までの夜営業に分かれている。
 
 けれどもレナを含め、最高位の四人の男娼『昼三ひるさん』は、夜営業でしか客を取らない。
 最高位の若く美しい男娼は、昼間には来館できない王族や貴族のために、取り置きされた跡継ぎ作りの道具だからだ。


 クルム国にいた頃は、レナもサリオンも昼夜ともに客を取った。

 とはいえ、昼営業では、一度の床入りで金貨三枚。

 夜営業では金貨八枚もする最高位の男娼を、日も高いうちから買う客は、月に数えるほどしかいなかった。そんな客は大概アルファで、暇を持て余した色好みの隠居者いんきょしゃか、ベータの豪商の放蕩息子だ。
 つまり、昼営業には、ろくでもない客しか来館しない。
 

 それでも金貨三枚もの大金を、彼等といえども月に何度も支払えない。

 レナやサリオンを含め、『昼三』と呼ばれる最高位の男娼は、正午前後に起床して、夜営業が始まる日没までの時間は、ほとんど自由に過ごしていた。



 ローマ帝国に匹敵する、領土と国力を誇るテオクウィントス帝国でも、真昼間から娼館に来るような客の数も客層も、小国クルムと大差はない。

 しかし、たとえ大金を積まれても、昼三の希少なアルファを、隠居や無頼者の慰み者にさせるつもりはないらしい。
 テオクウィントス帝国の公娼は皇帝を筆頭に、あくまで王族やベータの上流階層の未婚の御曹司の跡継ぎを、牛か馬のようにオメガに産ませる目的で造られた。

 それが国政の一環だという態勢が、如実に示された対応だ。

 そして、その分、階級の高い男娼達に課せられた期待の圧は重くて大きい。

 取り分け、皇帝アルベルトの種を一日でも早く誰かが宿し、皇太子を産むよう、公娼の主人はもとより、国中で圧をかけている。


 アルベルトが、宮殿の後宮に見向きもしなくなり、公娼にしか通わなくなってからは尚更だ。

 サリオンは、のしかかる重圧に苦しめられるレナを身近で見ていると、やはり自分達は人間ではなく、子供を産ませる道具なのだと思ってしまう。


 日没も近くなった頃、サリオンは夜営業に備えるレナの身支度を手伝うために、レナの居室を訪れた。

「レナ、俺だ。入ってもいいか?」

 ドアをノックすると、すぐに中からレナの朗らかな声が聞こえ、サリオンはドアを押し開けた。

 公娼での最高位にあたる昼三の男娼は、日中の生活空間でもある広い居室と、客を迎える寝所の二部屋を持っている。
 どちらの部屋も床は磨き抜かれた総大理石だ。
 また、居室の白い漆喰壁しっくいかべに描かれた色彩豊かな神話の女神を、窓から射し込む西日が眩く照らしている。

 胸元や下帯が透けて見える、薄絹の貫頭衣かんとういを纏まとったレナは、待ちかねていたかのようにサリオンの元に駆けつけた。

 寝間着や普段着の貫頭衣は膝丈なのだが、客を迎える際に用いる衣は、細くて白い太腿が剥き出しだ。
 襟周りや裾や腰帯には、金や銀糸で、豪華な刺繍も施されている。

 
 男の情欲を駆り立てる衣に着替えたレナの大きな目元と、ふっくらとした唇を、化粧で更に引き立たせ、首飾りや腕輪や指輪をつけさせ、客の元に送り出すのも、レナ専属の下男の仕事のうちだった。


「今夜も日没から大引まで、お前をアルベルトが買い占めた」
「本当に?」
「ああ、今日はダビデ提督も来館して、お前を買いたがって譲らないから、アルベルトと見番けんばんで揉めて、ヒヤヒヤしたけど。最後はアルベルトが総花そうばなを、派手にはずんで、ダビデ提督をねじ伏せた」

 アルベルトの武勇伝を伝える口調が無意識に弾んでいた。


 娼館の表玄関から、中庭に面した回廊を少し進んだ右側に、見番が出入り口に立つ広間がある。
 そこには、まだ客の指名がつかない男娼達が控えている。
 来館者は、その広間の廊下に面した窓から、控えの間にいる男娼達の品定めをする。


 広間のあちこちで読書をしたり、カード遊びに興じたり、談笑している美少年や美青年を眺め回し、好みの男娼が見つかれば、出入り口で待機している見番に指名する。

 客が付いた男娼は、見番に広間から連れ出され、そのまま館内の指定の部屋へと消えていく。


 けれどもレナのように位の高い男娼は、控えの間にいることはない。
 自分の居室で指名を待っている。
 そして、そんな昼三を目当てにして来た客達は、表玄関に程近い、控えの間のドア口に立つ見番に意を告げる。

 そして、見番から下男へと指令が渡り、レナを筆頭とする昼三の高級男娼の居室に指名が告げられる。


 今夜は、ほとんど同時刻にアルベルトとダビデ提督が鉢合わせ、二人ともレナを指名したため、揉めに揉めた。
 しかし揉めたというより、ダビデが一方的にアルベルトに噛みついたと言った方が近かった。
 少なくともサリオンの目には、そう見えた。

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