26 / 297
第二章 死がふたりを分かつとも
第2話 昼三男娼
しおりを挟む
テオクウィントス帝国の公娼は、正午から午後四時頃までの昼営業と、日没から日付をまたいだ午前二時の大引までの夜営業に分かれている。
けれどもレナを含め、最高位の四人の男娼『昼三』は、夜営業でしか客を取らない。
最高位の若く美しい男娼は、昼間には来館できない王族や貴族のために、取り置きされた跡継ぎ作りの道具だからだ。
クルム国にいた頃は、レナもサリオンも昼夜ともに客を取った。
とはいえ、昼営業では、一度の床入りで金貨三枚。
夜営業では金貨八枚もする最高位の男娼を、日も高いうちから買う客は、月に数えるほどしかいなかった。そんな客は大概アルファで、暇を持て余した色好みの隠居者か、ベータの豪商の放蕩息子だ。
つまり、昼営業には、ろくでもない客しか来館しない。
それでも金貨三枚もの大金を、彼等といえども月に何度も支払えない。
レナやサリオンを含め、『昼三』と呼ばれる最高位の男娼は、正午前後に起床して、夜営業が始まる日没までの時間は、ほとんど自由に過ごしていた。
ローマ帝国に匹敵する、領土と国力を誇るテオクウィントス帝国でも、真昼間から娼館に来るような客の数も客層も、小国クルムと大差はない。
しかし、たとえ大金を積まれても、昼三の希少なアルファを、隠居や無頼者の慰み者にさせるつもりはないらしい。
テオクウィントス帝国の公娼は皇帝を筆頭に、あくまで王族やベータの上流階層の未婚の御曹司の跡継ぎを、牛か馬のようにオメガに産ませる目的で造られた。
それが国政の一環だという態勢が、如実に示された対応だ。
そして、その分、階級の高い男娼達に課せられた期待の圧は重くて大きい。
取り分け、皇帝アルベルトの種を一日でも早く誰かが宿し、皇太子を産むよう、公娼の主人はもとより、国中で圧をかけている。
アルベルトが、宮殿の後宮に見向きもしなくなり、公娼にしか通わなくなってからは尚更だ。
サリオンは、のしかかる重圧に苦しめられるレナを身近で見ていると、やはり自分達は人間ではなく、子供を産ませる道具なのだと思ってしまう。
日没も近くなった頃、サリオンは夜営業に備えるレナの身支度を手伝うために、レナの居室を訪れた。
「レナ、俺だ。入ってもいいか?」
ドアをノックすると、すぐに中からレナの朗らかな声が聞こえ、サリオンはドアを押し開けた。
公娼での最高位にあたる昼三の男娼は、日中の生活空間でもある広い居室と、客を迎える寝所の二部屋を持っている。
どちらの部屋も床は磨き抜かれた総大理石だ。
また、居室の白い漆喰壁に描かれた色彩豊かな神話の女神を、窓から射し込む西日が眩く照らしている。
胸元や下帯が透けて見える、薄絹の貫頭衣を纏まとったレナは、待ちかねていたかのようにサリオンの元に駆けつけた。
寝間着や普段着の貫頭衣は膝丈なのだが、客を迎える際に用いる衣は、細くて白い太腿が剥き出しだ。
襟周りや裾や腰帯には、金や銀糸で、豪華な刺繍も施されている。
男の情欲を駆り立てる衣に着替えたレナの大きな目元と、ふっくらとした唇を、化粧で更に引き立たせ、首飾りや腕輪や指輪をつけさせ、客の元に送り出すのも、レナ専属の下男の仕事のうちだった。
「今夜も日没から大引まで、お前をアルベルトが買い占めた」
「本当に?」
「ああ、今日はダビデ提督も来館して、お前を買いたがって譲らないから、アルベルトと見番で揉めて、ヒヤヒヤしたけど。最後はアルベルトが総花を、派手にはずんで、ダビデ提督をねじ伏せた」
アルベルトの武勇伝を伝える口調が無意識に弾んでいた。
娼館の表玄関から、中庭に面した回廊を少し進んだ右側に、見番が出入り口に立つ広間がある。
そこには、まだ客の指名がつかない男娼達が控えている。
来館者は、その広間の廊下に面した窓から、控えの間にいる男娼達の品定めをする。
広間のあちこちで読書をしたり、カード遊びに興じたり、談笑している美少年や美青年を眺め回し、好みの男娼が見つかれば、出入り口で待機している見番に指名する。
客が付いた男娼は、見番に広間から連れ出され、そのまま館内の指定の部屋へと消えていく。
けれどもレナのように位の高い男娼は、控えの間にいることはない。
自分の居室で指名を待っている。
そして、そんな昼三を目当てにして来た客達は、表玄関に程近い、控えの間のドア口に立つ見番に意を告げる。
そして、見番から下男へと指令が渡り、レナを筆頭とする昼三の高級男娼の居室に指名が告げられる。
今夜は、ほとんど同時刻にアルベルトとダビデ提督が鉢合わせ、二人ともレナを指名したため、揉めに揉めた。
しかし揉めたというより、ダビデが一方的にアルベルトに噛みついたと言った方が近かった。
少なくともサリオンの目には、そう見えた。
けれどもレナを含め、最高位の四人の男娼『昼三』は、夜営業でしか客を取らない。
最高位の若く美しい男娼は、昼間には来館できない王族や貴族のために、取り置きされた跡継ぎ作りの道具だからだ。
クルム国にいた頃は、レナもサリオンも昼夜ともに客を取った。
とはいえ、昼営業では、一度の床入りで金貨三枚。
夜営業では金貨八枚もする最高位の男娼を、日も高いうちから買う客は、月に数えるほどしかいなかった。そんな客は大概アルファで、暇を持て余した色好みの隠居者か、ベータの豪商の放蕩息子だ。
つまり、昼営業には、ろくでもない客しか来館しない。
それでも金貨三枚もの大金を、彼等といえども月に何度も支払えない。
レナやサリオンを含め、『昼三』と呼ばれる最高位の男娼は、正午前後に起床して、夜営業が始まる日没までの時間は、ほとんど自由に過ごしていた。
ローマ帝国に匹敵する、領土と国力を誇るテオクウィントス帝国でも、真昼間から娼館に来るような客の数も客層も、小国クルムと大差はない。
しかし、たとえ大金を積まれても、昼三の希少なアルファを、隠居や無頼者の慰み者にさせるつもりはないらしい。
テオクウィントス帝国の公娼は皇帝を筆頭に、あくまで王族やベータの上流階層の未婚の御曹司の跡継ぎを、牛か馬のようにオメガに産ませる目的で造られた。
それが国政の一環だという態勢が、如実に示された対応だ。
そして、その分、階級の高い男娼達に課せられた期待の圧は重くて大きい。
取り分け、皇帝アルベルトの種を一日でも早く誰かが宿し、皇太子を産むよう、公娼の主人はもとより、国中で圧をかけている。
アルベルトが、宮殿の後宮に見向きもしなくなり、公娼にしか通わなくなってからは尚更だ。
サリオンは、のしかかる重圧に苦しめられるレナを身近で見ていると、やはり自分達は人間ではなく、子供を産ませる道具なのだと思ってしまう。
日没も近くなった頃、サリオンは夜営業に備えるレナの身支度を手伝うために、レナの居室を訪れた。
「レナ、俺だ。入ってもいいか?」
ドアをノックすると、すぐに中からレナの朗らかな声が聞こえ、サリオンはドアを押し開けた。
公娼での最高位にあたる昼三の男娼は、日中の生活空間でもある広い居室と、客を迎える寝所の二部屋を持っている。
どちらの部屋も床は磨き抜かれた総大理石だ。
また、居室の白い漆喰壁に描かれた色彩豊かな神話の女神を、窓から射し込む西日が眩く照らしている。
胸元や下帯が透けて見える、薄絹の貫頭衣を纏まとったレナは、待ちかねていたかのようにサリオンの元に駆けつけた。
寝間着や普段着の貫頭衣は膝丈なのだが、客を迎える際に用いる衣は、細くて白い太腿が剥き出しだ。
襟周りや裾や腰帯には、金や銀糸で、豪華な刺繍も施されている。
男の情欲を駆り立てる衣に着替えたレナの大きな目元と、ふっくらとした唇を、化粧で更に引き立たせ、首飾りや腕輪や指輪をつけさせ、客の元に送り出すのも、レナ専属の下男の仕事のうちだった。
「今夜も日没から大引まで、お前をアルベルトが買い占めた」
「本当に?」
「ああ、今日はダビデ提督も来館して、お前を買いたがって譲らないから、アルベルトと見番で揉めて、ヒヤヒヤしたけど。最後はアルベルトが総花を、派手にはずんで、ダビデ提督をねじ伏せた」
アルベルトの武勇伝を伝える口調が無意識に弾んでいた。
娼館の表玄関から、中庭に面した回廊を少し進んだ右側に、見番が出入り口に立つ広間がある。
そこには、まだ客の指名がつかない男娼達が控えている。
来館者は、その広間の廊下に面した窓から、控えの間にいる男娼達の品定めをする。
広間のあちこちで読書をしたり、カード遊びに興じたり、談笑している美少年や美青年を眺め回し、好みの男娼が見つかれば、出入り口で待機している見番に指名する。
客が付いた男娼は、見番に広間から連れ出され、そのまま館内の指定の部屋へと消えていく。
けれどもレナのように位の高い男娼は、控えの間にいることはない。
自分の居室で指名を待っている。
そして、そんな昼三を目当てにして来た客達は、表玄関に程近い、控えの間のドア口に立つ見番に意を告げる。
そして、見番から下男へと指令が渡り、レナを筆頭とする昼三の高級男娼の居室に指名が告げられる。
今夜は、ほとんど同時刻にアルベルトとダビデ提督が鉢合わせ、二人ともレナを指名したため、揉めに揉めた。
しかし揉めたというより、ダビデが一方的にアルベルトに噛みついたと言った方が近かった。
少なくともサリオンの目には、そう見えた。
0
お気に入りに追加
338
あなたにおすすめの小説

国王の嫁って意外と面倒ですね。
榎本 ぬこ
BL
一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。
愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。
他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。

被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。
かとらり。
BL
セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。
オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。
それは……重度の被虐趣味だ。
虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。
だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?
そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。
ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…

お世話したいαしか勝たん!
沙耶
BL
神崎斗真はオメガである。総合病院でオメガ科の医師として働くうちに、ヒートが悪化。次のヒートは抑制剤無しで迎えなさいと言われてしまった。
悩んでいるときに相談に乗ってくれたα、立花優翔が、「俺と一緒にヒートを過ごさない?」と言ってくれた…?
優しい彼に乗せられて一緒に過ごすことになったけど、彼はΩをお世話したい系αだった?!
※完結設定にしていますが、番外編を突如として投稿することがございます。ご了承ください。

花婿候補は冴えないαでした
いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
頑張って番を見つけるから友達でいさせてね
貴志葵
BL
大学生の優斗は二十歳を迎えてもまだαでもβでもΩでもない「未分化」のままだった。
しかし、ある日突然Ωと診断されてしまう。
ショックを受けつつも、Ωが平穏な生活を送るにはαと番うのが良いという情報を頼りに、優斗は番を探すことにする。
──番、と聞いて真っ先に思い浮かんだのは親友でαの霧矢だが、彼はΩが苦手で、好みのタイプは美人な女性α。うん、俺と真逆のタイプですね。
合コンや街コンなど色々試してみるが、男のΩには悲しいくらいに需要が無かった。しかも、長い間未分化だった優斗はΩ特有の儚げな可憐さもない……。
Ωになってしまった優斗を何かと気にかけてくれる霧矢と今まで通り『普通の友達』で居る為にも「早くαを探さなきゃ」と優斗は焦っていた。
【塩対応だけど受にはお砂糖多めのイケメンα大学生×ロマンチストで純情なそこそこ顔のΩ大学生】
※攻は過去に複数の女性と関係を持っています
※受が攻以外の男性と軽い性的接触をするシーンがあります(本番無し・合意)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる