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第二章 死がふたりを分かつとも
第18話 まるで皇妃にかしづくように
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夜も更け、客を取った男娼達は床入りしている時刻だった。
公娼の表玄関のランプも消され、館の窓という窓も、 鎧戸で固く塞がれ、しんと静まり返っている。
馬車は公娼の裏口の前に横づけにされ、停止した。
皇帝が乗り降りする時は、御者が扉を開け閉めするのだが、下車をするのは奴隷のオメガ。
御者の男は、当然のように御者台にかけたまま、馬の 手綱手綱を離さない。馬車に同乗している護衛の兵士も、彫像か何かのように微動だにしなかった。
つまり、下りたいのなら自分で戸を開け、勝手に下りろと言いたいのだ。
サリオンは冷笑しながら座席から下り、馬車の扉の内ノブに手を伸ばす。すると、アルベルトがサリオンより僅かに先にノブを握って押し開けた。
「アルベルト?」
サリオンは小首を傾げて問いかけた。
営業を終えた公娼が、表玄関を閉じてしまう『 大引』時刻は過ぎている。
大引の後は、その日の正午から始まる昼営業まで、客は出入りを許されない。
アルベルトは先に馬車を無言で下りたが、終業後の娼館に、何の用があるのだろう。
サリオンは眉をひそめて前屈みになり、自分で馬車から下りかけた。
すると、先に下りたアルベルトに手を伸ばされて右手を取られ、 恭しく馬車からゆっくり下ろされた。
「段差があるぞ? 足元に気をつけろ」
周囲は御者席の脇に取りつけられたランプが、石畳みの路地を仄暗く照らしているだけ。
横づけにされたとはいえ、箱型の馬車の昇降階段、そして路面との段差もかなりある。
馬車に慣れない奴隷のオメガが、下りる間際に転倒したりしないよう、手を貸すつもりだったらしい。まるで皇妃にかしずくように。
「今夜は迷惑をかけて、すまなかった」
間近に迫った亜麻色の瞳が、許しを請うかのように揺れていた。
そんな瞳で射抜かれて、どぎまぎせずにはいられない。
サリオンは、ふいと顔を背けることしかできずにいた。許すとも、許さないとも答えられない。
応えない。
「今日の公務を終えたら、今夜また来る。いつもの広間で饗宴の支度をするよう、館の主人に伝えてくれ」
「はぁ?」
アルベルトの言葉尻を奪うようにして、サリオンは語尾を跳ね上げた。
「今日も来るのか? これで一体何日目だ? ほとんど毎晩じゃないのかよ」
公娼の表玄関のランプも消され、館の窓という窓も、 鎧戸で固く塞がれ、しんと静まり返っている。
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御者の男は、当然のように御者台にかけたまま、馬の 手綱手綱を離さない。馬車に同乗している護衛の兵士も、彫像か何かのように微動だにしなかった。
つまり、下りたいのなら自分で戸を開け、勝手に下りろと言いたいのだ。
サリオンは冷笑しながら座席から下り、馬車の扉の内ノブに手を伸ばす。すると、アルベルトがサリオンより僅かに先にノブを握って押し開けた。
「アルベルト?」
サリオンは小首を傾げて問いかけた。
営業を終えた公娼が、表玄関を閉じてしまう『 大引』時刻は過ぎている。
大引の後は、その日の正午から始まる昼営業まで、客は出入りを許されない。
アルベルトは先に馬車を無言で下りたが、終業後の娼館に、何の用があるのだろう。
サリオンは眉をひそめて前屈みになり、自分で馬車から下りかけた。
すると、先に下りたアルベルトに手を伸ばされて右手を取られ、 恭しく馬車からゆっくり下ろされた。
「段差があるぞ? 足元に気をつけろ」
周囲は御者席の脇に取りつけられたランプが、石畳みの路地を仄暗く照らしているだけ。
横づけにされたとはいえ、箱型の馬車の昇降階段、そして路面との段差もかなりある。
馬車に慣れない奴隷のオメガが、下りる間際に転倒したりしないよう、手を貸すつもりだったらしい。まるで皇妃にかしずくように。
「今夜は迷惑をかけて、すまなかった」
間近に迫った亜麻色の瞳が、許しを請うかのように揺れていた。
そんな瞳で射抜かれて、どぎまぎせずにはいられない。
サリオンは、ふいと顔を背けることしかできずにいた。許すとも、許さないとも答えられない。
応えない。
「今日の公務を終えたら、今夜また来る。いつもの広間で饗宴の支度をするよう、館の主人に伝えてくれ」
「はぁ?」
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「今日も来るのか? これで一体何日目だ? ほとんど毎晩じゃないのかよ」
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