たましいの救済を求めて

手塚エマ

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第十一章 崩壊

第六話 身代わり

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「……えっ……と、あの。ごめんなさい。痛み止めの処方箋は院長から書いて頂くことはできるけど。薬局が開いてないから薬をもらうことはできなかったわ。ごめんなさい。私……、慌ててしまって」
「先生でも、慌てるんだ」

 柚季は、クスっという失笑した。麻子は柚季を見上げた。それでも救急箱を床に置き、痛み止めの薬が入っていないかと、中身をさぐる。

「でも、って、どういう意味ですか?」
「図太いくせに、って意味だけど」

 ああ言えば、こう言う、減らず口を叩かれる。それでもなぜか、それを不快に感じない。むしろ親和性が高まった。麻子はわざと眉間に皺を寄せてやる。それが抗議だ。

「……あっ、あった。ロキソニン。良かった。入ってた」

 ほっとした声を出し、市販薬の痛み止めの小箱を出した。

「少し待っていて下さい。水を持って来ますから」

 ホーストコピーに鎮痛剤がいるのかどうかは、わからない。けれども柚季は痛いと言った。もし痛感があるのなら、薬で軽減してやりたい。

「すぐに戻って来ますから。絶対そこにいて下さい。絶対にですよ? わかってますよね?」
「逃げたら本気で怒るんだっけ」
「そうですよ!」
「マジ恐そう」

 と、肩越しに笑う。笑われたのだが、侮辱ではない。挑発でもない。
 救急箱を持って出ると、事務室に入り、給湯室で水を汲む。救急箱は自分のデスクに、ひとまず置いた。点けっぱなしにしていた電気を消してから、面接室に帰って来た。

 そこにいた柚季の後ろ姿。パイプ椅子に片腕を掛け、腰をずり落とす格好で両足を伸ばしている。だらしがないと思ったが、それが柚季だ。ほっとした。

「これ。痛み止めです。少し多めに渡しますけど、一回につき一錠です」

 テーブルに三日間分置いてから、まずは一錠飲めと言い、水を注いだグラスも添えた。柚季はそれを大人しく飲む。残りの錠薬はブルゾンのポケットに無言で収める。視線は床に落ちている。

 ようやく一息つけた麻子は、残りの面談時間が十五分足らずだと考える。
 治療に要した時間は面談の規定外にすべきかどうかで、思案する。

「先生。これは俺が転んで作った傷じゃないから」
 
 と、ぼそりと告げられ、麻子は顔を振り向ける。柚季は変わらず視線を伏せたままだった。

「羽藤の体が傷つくと、俺の体に傷がつく。俺は痛みを感じるけれど、羽藤は痛みを感じない。俺が身代わりだからだよ」

 打ち明けられた実情に、麻子は理解が追いつかない。
 確かに羽藤に、無痛症だと言われていた。

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