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第十章 ラスボス
第二話 叔母の若木の証言
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「羽藤柚季さん。第一面接室に入って下さい」
夜の十九時から六十分、叔母が面接の予約をしたのだが、本人が来院した。
麻子が開けたドアから入る時、軽い会釈をしてから着席する。
姿勢の良い羽藤の背筋が丸かった。麻子も定位置に腰かける。
「それでは二十時までです。始めましょう」
麻子は組んだ手をテーブルに置く。
主人格の彼に会うのは、三週間ぶりになる。
先週の面談では、叔母の若木が財布から紙幣を抜き取る甥に深く傷つき、どうするべきかで悩んでいた。
彼女の中の甥の心像は崩落した。
ここで言葉にしたことで、彼女は御しがたい現実を受け止めた。
何かの間違いだと、自分が勘違いしていると、思いたくても思えないところまで来て、吐き出した。
非の打ちどころがないような甥の窃盗に向き合った若木は、何らかの行動に出たのか。
それとも現状を静観するに留まったかについては、わからない。
確証はないけれど、項垂れる羽藤を見る限り、叔母と何かあったようにしか思えない。
「僕、この間、僕が面談を休んだ日に、帰ってきた叔母の財布からお金盗んでるだろうって、言われて……」
五分ほど経過したのち、か細い声で途切れ途切れに打ち明ける。
実直で裏表のない若木のことだ。
不正を不正のままに出来るはずがないことは、わかっていた。
「でも、僕。そんなこと、してません」
テーブルの下で両膝をぎゅっと握る気配がした。そびやかした肩が冤罪だと訴える。
「だけど、本当はしたのかどうなのか、わかりません。してないと思っているだけで、記憶がないうちに、してるのかもしれなくて」
「最近も、記憶をなくすことがありますか?」
「……あります」
「話せる範囲で構いませんので、例えば、どういった」
「いつもの時間に登校したのに、学校にいないから。担任から叔母の携帯に連絡があったんです。叔母がGPSで僕の居場所をたどったら、僕。知らない男の人と一緒に寝てたんです。すごいチャイムを鳴らされて、目が覚めて。そしたら二人とも裸でベッドに……いたんです」
答えた羽藤の下唇が震え出す。
堪えきれない涙が、頬に幾筋も流れ落ち、洟をすすり、右手の拳を口元に押し当てる。麻子は席を立ち、壁際のスチール棚から、ティッシュボックスを持ち帰る。
「良かったら、使って下さい」
「……ありがとうございます」
羽藤は右手でティッシュを引き抜いた。少しの間、無防備になった羽藤の人差し指に、過食して吐く摂食障害者特有の吐きダコがあるのが見えた。
一度、洟をかむ。そしてまた、右手で三、四枚取り、涙を拭く。
麻子は羽藤の手の動きに視線を据えつつ、黙っていた。
けれども今は、それに触れるべき時じゃない。
夜の十九時から六十分、叔母が面接の予約をしたのだが、本人が来院した。
麻子が開けたドアから入る時、軽い会釈をしてから着席する。
姿勢の良い羽藤の背筋が丸かった。麻子も定位置に腰かける。
「それでは二十時までです。始めましょう」
麻子は組んだ手をテーブルに置く。
主人格の彼に会うのは、三週間ぶりになる。
先週の面談では、叔母の若木が財布から紙幣を抜き取る甥に深く傷つき、どうするべきかで悩んでいた。
彼女の中の甥の心像は崩落した。
ここで言葉にしたことで、彼女は御しがたい現実を受け止めた。
何かの間違いだと、自分が勘違いしていると、思いたくても思えないところまで来て、吐き出した。
非の打ちどころがないような甥の窃盗に向き合った若木は、何らかの行動に出たのか。
それとも現状を静観するに留まったかについては、わからない。
確証はないけれど、項垂れる羽藤を見る限り、叔母と何かあったようにしか思えない。
「僕、この間、僕が面談を休んだ日に、帰ってきた叔母の財布からお金盗んでるだろうって、言われて……」
五分ほど経過したのち、か細い声で途切れ途切れに打ち明ける。
実直で裏表のない若木のことだ。
不正を不正のままに出来るはずがないことは、わかっていた。
「でも、僕。そんなこと、してません」
テーブルの下で両膝をぎゅっと握る気配がした。そびやかした肩が冤罪だと訴える。
「だけど、本当はしたのかどうなのか、わかりません。してないと思っているだけで、記憶がないうちに、してるのかもしれなくて」
「最近も、記憶をなくすことがありますか?」
「……あります」
「話せる範囲で構いませんので、例えば、どういった」
「いつもの時間に登校したのに、学校にいないから。担任から叔母の携帯に連絡があったんです。叔母がGPSで僕の居場所をたどったら、僕。知らない男の人と一緒に寝てたんです。すごいチャイムを鳴らされて、目が覚めて。そしたら二人とも裸でベッドに……いたんです」
答えた羽藤の下唇が震え出す。
堪えきれない涙が、頬に幾筋も流れ落ち、洟をすすり、右手の拳を口元に押し当てる。麻子は席を立ち、壁際のスチール棚から、ティッシュボックスを持ち帰る。
「良かったら、使って下さい」
「……ありがとうございます」
羽藤は右手でティッシュを引き抜いた。少しの間、無防備になった羽藤の人差し指に、過食して吐く摂食障害者特有の吐きダコがあるのが見えた。
一度、洟をかむ。そしてまた、右手で三、四枚取り、涙を拭く。
麻子は羽藤の手の動きに視線を据えつつ、黙っていた。
けれども今は、それに触れるべき時じゃない。
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