たましいの救済を求めて

手塚エマ

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第九章 私はやめない

第二話 どうやって

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 羽藤の叔母のカウンセリングが終了すると、若木は駒井の診察を受け、精神安定剤を処方され、次回の羽藤の予約を入れてから帰って行く。

 次のクライアントの面談のため、事務室と面接室を行き来していた麻子は、正面玄関のドアを押し開ける若木の後ろ姿を見送った。

 いつのまにか財布から一万円札が抜き取られてしまっている。
 どんなに注意をしていてもと言い、不思議がる、若木に麻子は表現しがたいシンパシーを感じていた。
 私もそうだと、同調しそうになりかけた。
 
 去年、圭吾の整体院で施術を受けていた間、バッグから財布を抜き取られ、ビールやスナック菓子など買い物をされ、財布を元に戻された。
 その夜、整体院は内側から鍵がかけられ、中には二人しかいなかった。

 若木は甥の柚季の仕業だと、思っている。
 麻子も羽藤柚季が関与したと、思っている。

 問題は、どうやって。
 肌身離さず持っていた財布の中から、どうやって。
 施錠された院内から財布だけをどうやって。

「 南野尚美みなみのなおみさん。第三面接室にお入り下さい」

 午前中二回目の面談に、集中しようと気持ちを入れ替え、待合室で呼びかける。
 すると、小学生が「はい」と言って手を挙げるような応答の「はい」が響き渡り、俯いた者も目をあげた。

 手書きのカルテを持った麻子に先導されて、南野がついて来る。
 相変わらず、ちょこまかとした小走りだ。
 五十代手前でも、小柄な彼女はリスのように愛らしい。

 数か月前に、二十代頃不倫をしていた既婚者から、二十年ぶりに連絡があり、関係が復活したことで、カウンセリングを終了させたはずだった。
 けれどもドラマのような再会は、一か月足らずで 破綻はたんした。

 再会を果たしてからは、毎晩のように逢瀬を重ねた。
 けれどもそれは、男が本社から関東圏に出向していた、一か月間だけだった。

 出向期間が終了するなり、男からの連絡は立ち消えた。
 つまり南野は現地妻。男は本妻が待つ北陸地方に戻ったきりだ。
 
 南野に会うためだけに東京にまでは出向かない。

 いいように使われたという自覚を彼女は持っている。
 問題は、男を欲情させられなくなる女になっていくことだ。
 そちらの自覚が南野を、狂ったように脅かす。

「前回は、ラインが既読にならない話でしたっけ」

 南野は、出入口に背中を向けて着席している。その斜め右方向に麻子は座る。
 南野も若木と同じく、息つく間もなく六十分間しゃべり続ける。
 麻子は傾聴するだけだ。

 捨てられ女が、ここにもいた。

 どうしてカウンセリングは、似た状況のクライアントを連れて来るのか。
 重ねてくるのか。

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