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第七章 畑中陽子
第七話 万引き犯
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クライアントの個人情報、およびカルテは厳重に管理されている。
非常勤であったとしても、言うまでもないほどの守秘義務だ。
畑中がデスクを拭いたぐらいで、 漏洩するはずがないのだが、彼女にデスクに触れられるのは、恐いと思ってしまっている。
依存症のひとつでもある窃盗癖。
ギャンブル依存系統だ。
ほんの数秒間のスリルを味わいたいがために、目の色を変え、くり返す。
麻子がこれまで面談してきたギャンブル依存症のクライアントが放つ空気感。
それを畑中からも感じるのだ。
「あっ……!」
その時、ふいに可憐な声を放った彼女が、非常勤のカウンセラーのデスクに積まれた本やファイルを床に落としてしまっていた。拭き掃除をしていたのだが、手か肘が当たってしまったニュアンスだ。
「すみません。手が当たっちゃって」
「あー、その先生は、何でもデスクに積んじゃうからね」
デスクの隅に寄せられた、書類や本や講演会のちらしなど、雑多に積まれたそれを床にぶちまけたのだが、三谷は特に 咎めない。
畑中は「すみません」をくり返しながら床に屈み、それらを拾い集めている。
スーパーなどでも、陳列棚の前でよろめき、体が当たり、偶然散乱させてしまった風を装い、その中からひとつかふたつを、くすねる手口。
麻子は自分の机まわりを乾拭きする手を、思わず止めてじっと見る。
まるで万引きGメンだ。
特にこれといった声かけをせず、麻子は親切心を醸しつつ、まだ床に残る書類を数枚拾って一瞥したが、大丈夫。 落ちたのは、何かの症例に関する論文のコピーらしきもの。
大丈夫だと安堵したのは、英語で書かれていたからだ。
「すみません」
「いえ、大丈夫ですよ」
恐縮している畑中に、麻子は笑顔で手渡した。それを受け取り、畑中はバラバラになった紙の束の角々を、デスクの上でトントンと叩き、揃えるのみに留まった。
ページ数を気にする素振りは見せずにいた。
この場では、それが正解だ。
畑中は束と書籍を整えて、デスクに戻すと、「こっちも終わりました」と、事務員に報告をする。
通いの彼等のデスク周りの拭き掃除は、彼女に一任されていたようだ。
「長澤先生も、そろそろ終わりそうですか?」
年末大掃除の指揮を取る事務員に訊ねられ、「はい」と軽く頷いた。
今日は全員、午前中のみの出勤だ。
そろそろ正午も近かった。
割り振られた場所の清掃が済んだ畑中も麻子も三谷も、更衣室で私服に着替える。
非常勤であったとしても、言うまでもないほどの守秘義務だ。
畑中がデスクを拭いたぐらいで、 漏洩するはずがないのだが、彼女にデスクに触れられるのは、恐いと思ってしまっている。
依存症のひとつでもある窃盗癖。
ギャンブル依存系統だ。
ほんの数秒間のスリルを味わいたいがために、目の色を変え、くり返す。
麻子がこれまで面談してきたギャンブル依存症のクライアントが放つ空気感。
それを畑中からも感じるのだ。
「あっ……!」
その時、ふいに可憐な声を放った彼女が、非常勤のカウンセラーのデスクに積まれた本やファイルを床に落としてしまっていた。拭き掃除をしていたのだが、手か肘が当たってしまったニュアンスだ。
「すみません。手が当たっちゃって」
「あー、その先生は、何でもデスクに積んじゃうからね」
デスクの隅に寄せられた、書類や本や講演会のちらしなど、雑多に積まれたそれを床にぶちまけたのだが、三谷は特に 咎めない。
畑中は「すみません」をくり返しながら床に屈み、それらを拾い集めている。
スーパーなどでも、陳列棚の前でよろめき、体が当たり、偶然散乱させてしまった風を装い、その中からひとつかふたつを、くすねる手口。
麻子は自分の机まわりを乾拭きする手を、思わず止めてじっと見る。
まるで万引きGメンだ。
特にこれといった声かけをせず、麻子は親切心を醸しつつ、まだ床に残る書類を数枚拾って一瞥したが、大丈夫。 落ちたのは、何かの症例に関する論文のコピーらしきもの。
大丈夫だと安堵したのは、英語で書かれていたからだ。
「すみません」
「いえ、大丈夫ですよ」
恐縮している畑中に、麻子は笑顔で手渡した。それを受け取り、畑中はバラバラになった紙の束の角々を、デスクの上でトントンと叩き、揃えるのみに留まった。
ページ数を気にする素振りは見せずにいた。
この場では、それが正解だ。
畑中は束と書籍を整えて、デスクに戻すと、「こっちも終わりました」と、事務員に報告をする。
通いの彼等のデスク周りの拭き掃除は、彼女に一任されていたようだ。
「長澤先生も、そろそろ終わりそうですか?」
年末大掃除の指揮を取る事務員に訊ねられ、「はい」と軽く頷いた。
今日は全員、午前中のみの出勤だ。
そろそろ正午も近かった。
割り振られた場所の清掃が済んだ畑中も麻子も三谷も、更衣室で私服に着替える。
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