たましいの救済を求めて

手塚エマ

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第七章 畑中陽子

第一話 これからの話

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 畑中は眉根をあからさまにキュッと寄せて黙り込む。
 空盆を手に下げ、診察室を出て行った。

 事務員、受付のスタッフも、初来院のクライアントのインテークを行うこともあるせいか、畑中は妙な自負を抱いている。
 自分もクライアントを支えている、専門職の一人だという曲がった自負を。

 だから、駒井に門前払いをされたことにも、おそらく納得していない。
  そのくせ彼氏募集や結婚を、ちらつかせながら保身に走る。ひと言でいうのなら見栄っ張り。きっと結婚を期にして、寿退社をするのだろうと思っている。

「それで、これからの話なんだけど」

 駒井は粛々と麻子を応接セットへ誘《いざな》った。
 自分のお茶の茶卓を持ってローテーブルに移動させ、腰かける。麻子もそれに倣《なら》って駒井の前に座り直した。
 畑中の機嫌が悪かろうが良かろうが、我関せずの院長だ。

「長澤さんは、羽藤君のカウンセリングを続けるの?」
「えっ……?」
「担当を変えて欲しいなら、そうするよ?」

 麻子は昨夜、圭吾に言って欲しいと願った赦しを駒井に告げられて、返す言葉を失った。
 駒井は、あの目で射貫いてくる。冴えた刀のような眼で。

「あの……」

 麻子は困惑のあまりに声を震わせ、言いよどむ。膝丈のスーツのスカートを、無意識にぎゅっと握り込む。

「それは、私がやっぱり力不足……でという、意味ですか」
「いいや。長澤さんがどうしたいのかを知りたいだけだよ」

 間髪入れずに力不足は否定して、駒井は湯呑を持ち上げた。

「僕ねえ。お茶でもコーヒーでも、僕のマグカップで入れてって、いつも頼んでるんだけど」
「あの、いかにも景品って感じの、キャラ入りのですか?」
「うん。僕ねえ、カップは持ち手がないとダメなんだよ」
 
 もう既に冷めかけた湯呑を「まだ熱い」と言い、茶卓にした。猫舌ならぬ猫指だ。

「長澤さんなら自分の限界値がわかるはずだよ。僕はそれを信じている。だから、長澤さんには負担が大きすぎるなら、僕は院長として長澤さんを守らなきゃいけない立場だ」

 駒井は上体を前倒しにして、腿の腕に肘を立て、握った両手に顎を乗せた。
 静かな気迫をたたえた眼をして、麻子の返事を無言で促す。

「……今すぐに、どうこう言うつもりはないけれど」
「いいえ、私、続けます!」

 自分が放った大声に、麻子は自分で驚いた。考えるより先に言葉が、思いが、ほとばしる。

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