たましいの救済を求めて

手塚エマ

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第六章 警告

第十話 私は勝てない

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 勝手に受付女性を引き合いに出し、勝ち負けを競っても、嫉妬以外の何ものでもない。
 床に落とした携帯は、画面が下になっている。
 麻子はローテーブルに置かれたティッシュを数枚抜き取り、涙を拭いたりはなをかむ。

 私は臨床心理士であり、科学者だ。
 真相真理を追及するのが、生業なりわいだ。

 麻子はおもむろに立ち上がり、携帯に向かい、手を伸ばしたり引っ込めたりをくり返したのち、持ち上げた。
 すると、今度は「えっ?」という、驚愕の声が喉を突く。

 携帯が熱いのだ。

 恐怖ではなく、熱さで思わず手を離し、携帯はソファに転がった。
 しかし麻子は、ひったくる。
 発火でもしたら火事になる。
 反射的に取り上げたそれを、ソファの背もたれに掛けた服で包み込む。

 熱で穴が空いたとしても、普段着のスウェットだ。

 冬物のスウェット越しにも熱が伝わる。麻子は腰が抜けたようになり、すとんとソファに座り込む。
 携帯の熱が冷めていくのを肌で感じる。

 こんなにヒートしたなのら、内部の破損は免れない。
 テレビのバラエティ番組内の爆笑や、若手芸人のボケや突っ込み、そんなものが苛立たしくなり、リモコンで電源を切ったあと、ローテーブルに投げつける。わざとのように、乱暴に。

 そうしてソファーに身をゆだね、放心していた間に素手で触れても可能になった。
 背もたれから体を起こし、麻子は真っ黒な液晶画面の携帯の電源を押すなど、無駄な抵抗を試みる。
 羽藤柚季の着信履歴を何としてでも証明したい。

 だが、それは初めから無駄な抵抗。

 抵抗しても、無駄なのだ。
 私は勝てない。

 麻子は携帯をソファの傍らに力なく置く。
 
 私がこんな目にまで合うのは、臨床心理士なんてするからか。
 羽藤は私の手には負えない。解離性多重人格障害のカウンセリングの経験が通用しない。
 こんな事例は過去にない。

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