たましいの救済を求めて

手塚エマ

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第三章 シンクロニシティ

第七話 キーパーソン

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「私、最初この子には『時々記憶がなくなるみたいで怖いから、病院に行きたい』って言われたんですよ」
 
 面接室の中央に置かれたテーブルに向かい、出入り口を背にして座る羽藤の叔母が、困惑と焦燥を隠せない口調で麻子に告げた。
 麻子は彼女の右斜め上の対角の位置に、羽藤は彼女の左隣に俯きがちに座っている。
 インテークの際、羽藤が死因を濁らせた、実母の妹。

 キーパーソンだ。
 
 だが、羽藤の叔母は、羽藤の血縁者であることを疑わせるほど似ていない。

 三十代前半で中肉中背。
 エラの張ったゴツゴツした顔に、黒髪のおかっぱ頭。フレームの細い、銀縁の眼鏡をかけている。
 化粧は控えめ。眉を整え、ベージュのリップで唇に艶を与えているのみだ。
 
 ただ、色白で肌理きめ細やかな美しい肌は、羽藤と同じく清潔感があり、知性的な印象だ。
 クリーム色のアンサンブルニットはカシミヤだろう。
 アクセサリーは一粒ダイヤのピアスのみ。

 背筋が真っすぐに伸びていて、品の良い佇まいや所作は、羽藤に通じるものがある。
 
 そして、彼女はテレビドラマや映画では、主役を演じる美人女優をいびり倒すお局OL、結婚できない売れ残り、噂やゴシップ好きの底意地の悪いママ友など演じさせたら、右に出る者はいないといわれる個性派女優だ。

 テレビドラマはほとんど観ない麻子でさえも、『鷲田聡子わしださとこ』の芸名と顔だけは知っていた。

 その鷲田聡子が実の叔母だったのかと、麻子は内心驚いた。
 
 だからといって、ここにいるのは『鷲田聡子』ではなく、彼女の本名だという若木美和わかぎみわ
 面接室では女優だろうが政治家だろうが、肩書きは、ただの職業だ。

「だから、私も本当に驚いちゃって。時々記憶がなくなるって、どういうことよって、この子にも聞いたんですけど」
 
 若木は左隣に座る甥に一瞥をくれ、感極まって泣き出した彼女は右手に握ったハンカチで、鼻の下を押さえている。
 羽藤はといえば、伏し目がちに、ずっと口をつぐんでいる。
 できれば羽藤と話がしたいと思いつつ、気が高ぶった若木の弾丸トークは止まらない。

「そうしたら、もう、十歳ぐらいから、ずっとそうだったって言うじゃないですか。脳に腫瘍があったりすると、そうなることもあるって聞いて、急いで病院連れてったんです。だけど、CTスキャンでもレントゲンでも何にも問題なかったんです。だったら、心療内科に受診したらどうかって、脳神経科の先生に勧めて頂いて……」
 
 言われた通り、若木は十代の青少年の診療も行う心療内科を探し始めた。
 すると、羽藤自身が『ネットで見たら、このクリニックが評判いいって書いてあった』と、若木に告げてきたそうだ。

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